Let's go swimming!


 水着売り場には何人もの客が訪れており、自分の好みに合う水着を選んでいた。ダンテと紫乃もその中の一人である。
 いざ売り場へ足を踏み入れようとしたダンテであったが、紫乃の隣にいる見知った女性達を一瞥した。

「俺は紫乃と二人で行きたいのに、なーんでお前らもいるんだよ……」

 ダンテは二人の女性をねめつけた。
 すると、長い金髪の相棒と、短い黒髪の腐れ縁の同業者は、悪びれる様子もなく言い返す。

「あら、いいじゃない。私達もたまには息抜きしたいのよ。ねえ、レディ?」

「そうそう。ここ最近ずっと仕事が続いてるから、ちょっと遊びたくて」

 トリッシュとレディは顔を見合わせると、逆にダンテを強く見つめ返した。すると、軽い睨み合いの狭間にいる紫乃が申し訳なさそうにダンテを上目遣いで見上げる。

「私がうっかり話しちゃったの……ごめんなさい」

 トリッシュが旅先から帰ってきたのは、ちょうど昨日の夕方のこと。食事の準備をしてダンテの起床を待っていた紫乃は、トリッシュが話す旅先での出来事に耳を傾けていた。
 いろいろなことがあったが、中でも一番多かったのは、カフェなどで軽食を取ったり、次は何処に向かおうか地図を眺めていると、毎回若い男から声をかけられたこと。同性の紫乃が羨むほどの美貌で、その上露出の多い服装を着ているのだ。男が群がるには充分すぎる条件が揃っている。
 ずっと話を聞いていた紫乃だったが、事務所の方でも何か面白いことはなかったのかとトリッシュに訊かれた時、紫乃はうっかり話してしまったのだ。明日水着を買うためにショッピングへ、明後日ダンテと二人で海へ遊びに行くのだ、と。

 それからのトリッシュの行動は早かった。すぐにレディへ電話をかけると、明後日の予定を聞きだしたのだ。
 レディは明日の夜から明後日の夜明けまで仕事が入っていたが、予定を早めて仕事を終わらせると答えた。流石に徹夜明けで疲れているだろうから、と心配した紫乃が「また来週行けば良いんじゃ?」と提案したのだが、レディは大丈夫だと言った。
 そして今日、夜から仕事が入っているにもかかわらず、レディはダンテ達事務所の三人と合流した。

「……まあ、紫乃がいるからいいさ」

 しゅんとする紫乃を見たダンテはこれ以上腹を立てるわけにもいかず、彼女の頭を優しく撫でた。というよりも、最愛の女性に上目遣いで見上げられて機嫌を損ね続ける愚かな男はいない。

「その代わり、水着は俺が選ばせてもらうぜ」

 そう言うと、ダンテは意気揚々と女性用水着のコーナーへ向かった。

「あ、ダンテ!」

 このまま水着選びをダンテに任せてしまうと、とんでもないデザインを選ぶだろう。それを危惧した紫乃は、すぐに彼のあとを追った。

「トリッシュ、あなた紫乃に何て技教えたのよ」

 離れていく二人の背中を見つめたまま、レディが呆れて小さな溜息をついて隣のトリッシュを一瞥するが、トリッシュはけろりとした様子で笑った。
 レディの言う『技』というのは、紫乃がダンテに対して上目遣いで見上げたことだ。

「技だなんて立派なものじゃないわ。ただ今回のことで、あの子が怒られる姿を見たくないから」

 トリッシュは昨日、話が弾んでつい海水浴のことを漏らしてしまった紫乃に、ダンテが怒らないようにする方法を伝授したのだ。男をなだめたり、おねだりする時は上目遣いで見上げ、少し気弱な声音で喋れば良いのだ、と。
 あのダンテがうっかり話を漏らしただけで怒るとは思わないが、念のためだ。備えあれば憂いなし、というものである。

「……まあ、紫乃ならあの仕草を覚えても濫用しないだろうから別にいいんだけど」

「でしょ? そんなことより、私達も水着選ぶわよ」

 ふふんと得意気に胸を張ったトリッシュは、レディを連れてダンテ達の向かった売り場へ急いだ。

 女性用水着の種類は豊富だ。
 まず、大きく分類して二つ──トップとボトムが繋がっているワンピースタイプと、トップとボトムがそれぞれ独立しているツーピースタイプに分けられる。そして、その二分された水着の中で、さらに細分化される。

 ワンピースタイプでは次のものがある。
 前から見ればトップとボトムが繋がっているように見えるが、後ろのデザインがビキニのようなデザインのモノキニ。
 ボトム部分にスカートが付けられたAラインデザイン。
 二本のストラップだけで首からボトムまでが連続しているスリングショット。

 続いてツーピースタイプだ。
 タンクトップやキャミソール型のトップとボトムが組み合わさったタンキニ。
 布地面積の少ないビキニ。
 そのビキニを抑えた感じのデザインのセパレーツ。

 ツーピースはトップとボトムのデザインによりさらに細かく分類出来るのだが、何しろ数が多すぎる。それにダンテ達は水着関連の専門家ではないので、各自好みのデザインを選び始めた。

 しばらくしてダンテは数ある水着の中から最初に目を付けたのは、あろうことかスリングショットタイプだった。その名の通り、パチンコ(投石器)を連想させるデザインの水着だ。英語では『Sling Bikini』『Two Way(二枚布)』『Suspender Bikini』と呼ばれる。

「スリングの奴なんかが刺激的で良さそ──」

「太平洋と大西洋、どっちの大海原で泳ぎたい?」

 薄く微笑みながらも目が笑っていない紫乃がダンテの言葉を遮った。有無を言わさぬ圧倒的な威圧感は、普段の彼女からは想像出来ない。
 ダンテは冗談のつもりで言ってみたのだが、結果は聞いての通り。それ以上何も言わず、ダンテは言葉を飲み込むしかなかった。

「もう一度その頭ぶち抜いてあげましょうか?」

「どうせならマリアナ海溝に沈めましょうよ」

 いつの間にか紫乃の背後には、レディとトリッシュが並んで立ち、ダンテに睨みをきかせていた。まるで、いくら婚約者でも度の過ぎたセクハラ行為は許さないとでも言うかのように。

「じ……冗談だって!」

「ダンテ。あなたね、後先考えない発言は控えた方が身のためよ」

「せめて普通の水着を選んであげなさい」

 トリッシュは相棒としての忠告を、レディは友人としての助言をしたあと、彼女達は水着選びを再開した。

「まあ……露出はせめてビキニくらいまでなら」

 紫乃もダンテが本気ではないとわかっていたので、事を荒立てないように雰囲気を緩和させて苦笑すると、ダンテは水着選びを再開させた。
 その後、自分の水着を選び抜いた四人は、明日の海水浴に備えて帰宅した。

 * * *

 青く晴れ渡り、真っ白な雲が浮かぶ空。まさに真夏のレジャー日和となった週末、ダンテ、紫乃、トリッシュ、レディはビーチへと足を伸ばしていた。

「わあ、人がいっぱいね」

「週末だしな」

 泳いでいる人、ビーチタオルやベッドの上で寝転んで日焼けを楽しむ人、サーフボードやボディーボードを使って波を楽しんでいる人など。ビーチには様々な人間が悠々自適の時間を過ごしている。

「っていうか、どうして混雑する週末を選んだのよ?」

 腕を組んだレディが、やや鬱陶しそうにビーチを見渡した。曜日にとらわれる仕事ではないので、わざわざ週末を選ばず平日に行けるはずだ。そうすれば、人の少ないビーチでのんびり出来るのに。

「人が多い方が賑やかでいいじゃねぇか」

 何ともダンテらしい言葉だ、と紫乃達女性陣は納得した。

「それにしても紫乃、水着似合ってるぜ」

 ダンテは満足気に笑むと、紫乃を見つめる。
 昨日ショップで選びに選び抜かれた水着は、ダンテの希望に沿ってビキニとなった。
 紫乃は、水着売り場に行く前までは肌の露出が少ないワンピースタイプの水着が良かったのだが、他ならぬダンテの希望なのだ。着慣れないビキニは恥ずかしかったが、彼のお願いはなるべくかなえてあげたいと思い、今回ビキニを了承した。
 着用者の可愛らしさを向上させるために、バスト部分とボトムにはフリルがあしらわれている。

「ありがとう。でも、ビキニはトリッシュとレディの方が似合っていると思うわ」

 そう言って、紫乃は隣にいるトリッシュとレディを見やる。
 彼女らもやはりビキニではあるが、持ち前のスタイルの良さがさらに際立っている。おまけに顔立ちの整った美女だ。男であるダンテと離れてしまえば男が寄り付いてくるだろう。

「トリッシュとレディだけだと、何分で男の人が来るかなぁ」

「おいおいやめろよ。こいつらの本性知った男の方が可哀相に思えてくるから」

 美しく魅惑的な二人なら5分もしないうちにナンパされるだろうか、と紫乃が想像を膨らませる一方で、ダンテがその考えを否定する言葉を投げかけた。すると、今まで穏やかだったトリッシュとレディの表情から笑みが消えた。

「レディ、日光で焼くより、私が焼いてあげた方がいいかしら?」

「そうね。髪が燃え盛るくらいにお願い」

 二人は、視線だけで射殺せるくらいの睨みを利かせる。

「だから冗談だって! 落ち着けよ、目がマジになってるって!」

 ビーチに来てうかれているせいか、ダンテの軽口が普段より多くなっている。昨日も水着売り場でトリッシュから忠告されたのに、と紫乃は心の中で小さく苦笑した。

「まったく……じゃあ、あそこのストアでお水やビーチタオルとか買ってきてちょうだい」

 トリッシュとレディも、こんなに一般人ばかりの場所で流血沙汰を起こすつもりはない。大きく溜息をついて怒りを鎮めると、トリッシュはビーチのそばにある店舗を指差した。その店舗は、ビーチ用品はもちろん、飲食物、日用品、お土産品など、多種多様な商品が取り揃えられている。

「俺一人で?」

「ダンテがお金持ってるんだし、当然よ」

 トリッシュはダンテの首から提げられている丸いケースをちらりと見た。
 ビーチに来た時、ダンテは紫乃よりお金を渡されていた。現金そのままではなく、防水性の高い小ぶりのケースに長いストラップが付けられたマリンカプセルという物に入れて、である。
 人の多い観光地という場所は賑やかだが、反面スリといった犯罪も多発する。そのことを考慮した紫乃は、女性がお金を持つよりも男性が持っていた方が安全だと言い、今回ダンテに所持を任せたのだ。
 尤も、マリンカプセルに入れた額は多くはないので、万一盗まれたり紛失したりしても惜しくない金額なのだが。
 それでも紫乃が心配するのはわかっていたので、ダンテは快く今回の財布係を承諾したわけだ。

「ま、それもそうか。食い物は何がいい?」

 ストアの他にも、ホットドッグなどのスナックを売っている屋台がある。好みの食べ物があればと希望を訊いたわけだが、女性陣は皆一様にサンドイッチと答えた。

「OK。じゃ、三人は良さそうな場所確保しておいてくれ」

 そう言ってダンテはストアへ向かい、女性陣は混雑し始めたビーチで四人分のスペースが確保出来そうな場所を探すことにした。


 一旦ビーチを離れたダンテはストアに入った。
 ストアの品揃えについてトリッシュから話を聞いた紫乃によれば、この店舗は日本のコンビニエンスストアのように商品の種類が豊富らしい。確かに、目移りしてしまうほど数が多い。
 ダンテはストアの入り口に置いている買い物カゴを持ち、水の入ったペットボトル、サンドイッチ、ビーチタオルといった目当ての商品を入れていく。

「これでいいか……ん?」

 水やサンドイッチの数がちゃんとあるか確認して顔を上げてふと店内を見渡すと、帽子のコーナーが目に付いた。観光客の多い店舗なので、一概に帽子といってもその種類はいくつもある。
 中でも気になったのは、女性用のツバの広い麦わら帽子。作り物の花が飾りとして付けられたそれを、ダンテは一つ手に取った。

「……紫乃に買っていくか」

 彼女に似合うだろうなと思いながら、ダンテは麦わら帽子も買い物カゴに入れたあと、精算するためにレジへ向かった。


 屋台でホットドッグを買ってビーチへ戻り、あたりを見回して紫乃達を捜す。人が多くて、普通の人間ならば捜すのに一苦労だが、ダンテは気配を探れば良いのだ。
 いざ彼女らの気配を探ってみればすぐに見つかった。少し歩いていけば、少し広いスペースを確保している三人と合流した。

「いい場所見つけたな」

 広範囲に渡って木陰になったこの場所は、ストアとそれほど離れてはおらず、他の客とも近過ぎないほどよい距離感。木陰の下が見つからなかったらビーチパラソルの貸し出しにも行かなければいけないとダンテは思っていたが、その心配は杞憂に終わった。

「紫乃が見つけてくれたのよ」

 トリッシュが紫乃の頭を撫でる。

「でかしたぞ、紫乃。ほら、これやるよ」

 ダンテも功労者の紫乃を称えると、ストアで購入した麦わら帽子を紫乃の頭に被せた。

「わ、帽子……」

「やっぱり似合う」

 通気性の良い麦わら帽子は被っても涼しく、ツバの広いものだがとても軽い。ワンポイントとしての花も色鮮やかで華やかだ。

「ありがとう、ダンテ」

 それからビーチタオルを広げて敷き、その上に腰を下ろしてペットボトルとサンドイッチを広げると、四人は食事を始めた。

「ダンテはホットドッグにしたんだね」

 紫乃達女性陣はサンドイッチだが、ダンテだけはホットドッグだった。アメリカンサイズなので、紫乃から見れば大きい。

「食べてみるか?」

「いいの? じゃあ、ダンテも私のサンドイッチどうぞ」

 ダンテはホットドッグを、紫乃はサンドイッチを差し出し、各自一口かじる。

「美味しい……でも、ちょっと辛い」

 ホットドッグにはケチャップとマスタードがかけられているので、もちろんどちらも一緒に食べた。しかし、どうやら口に含んだのがケチャップよりもマスタードの割合が多かったようで、ツンとした辛味が紫乃の舌を刺激する。

「ははは! ほら、水飲め」

 涙を浮かべはしないが若干涙目になった紫乃に、ダンテは蓋を開けたペットボトルを手渡す。紫乃はそれを受け取り、水を飲んだ。

「はー……」

 受け取ったペットボトルのよく冷えた水は、舌に残った辛味を取り去ってくれた。

「紫乃は辛いのは苦手なの?」

 レディが小さく首を傾げる。

「うん……ピリ辛くらいなら大丈夫なんだけど」

「じゃ、唐辛子やハバネロなんて論外ってことね」

 そう言って苦笑するトリッシュの手元には、まだ未開封のサンドイッチが数個ある。ダンテに負けず劣らず、彼女もなかなかの量を食べる。それを知っていたので、ダンテもサンドイッチを多めに購入してきたのだ。

 四人は談笑しながら、木陰で青い海と白い砂浜を眺めて食事を済ませた。

「ちょっと泳いでくるけど、みんなは?」

 食後ということで四人はのんびり過ごしていたが、しばらく経つと紫乃が立ち上がった。

「紫乃が行くなら俺も」

 そう言ってダンテも立ち上がる。

「私はここでのんびりしてるわ」

「私も」

 一方、トリッシュとレディは借りてきたビーチチェアの上でゆったりと寛いでおり、ダンテと紫乃にいってらっしゃいと見送る。

「じゃあ、帽子お願い」

 濡れてはいけないと麦わら帽子はトリッシュに預けた紫乃は、ダンテと一緒に海へと向かった。

「泳ぐ時くらいは二人きりにさせてあげないとね」

「そうね。本来ならデートだし」

 遠ざかっていく二人を眺めるトリッシュとレディは小さく苦笑すると、再び休息に入った。

 * * *

 海は穏やかで、サーフボードやボディーボードでゆらゆら波を楽しんでいる人や、何も持たずに水中をゆったり泳いでいる人がいる。
 以前、街中で何度か見かけたことのあるイルカやシャチの形をしたフロートを買ってきたら良かったかなと思いつつ、紫乃は海へ入った。涼しい木陰から出ると、夏の日差しで少しばかり暑くなった肌が海水で冷やされていくのがわかる。

「気持ちいいね」

「ビーチでのんびりするのもいいが、海の中もいいもんだな」

 海面が紫乃の胸部あたりの高さになる場所まで歩くと、そのまま思いきって海の中に身体を沈めて少し泳いだ。海中も綺麗な青色で澄み渡り、海底の砂には水面から射し込んでくる光がきらきらと揺れ、二人の影も海底に映し出されている。
 近くにある岩場を目指してゆったりと泳ぐ紫乃を、ダンテが両腕でやんわりと捕らえたので、二人は海底に足を付けて立った。

「捕まえたぜ、人魚姫」

「まあ、随分積極的な王子様ね」

 ダンテがいつもの調子で紫乃のことを『人魚姫』と例えたので、紫乃も同じように童話になぞらえてダンテのことを『王子様』と例えた。

「こんなに愛らしい人魚姫なら、王子は海にも潜るのさ」

 気障な台詞も、ダンテが言えばかっこよく聞こえるから不思議なものだ。向き合っているので、少しばかり気恥ずかしくも感じるが、紫乃は楽しそうに笑った。

「それにしても、目の保養になるねぇ」

「何が?」

「谷間」

 恥ずかしげもなくあっさりと言ってのけたダンテは、それはとても嬉しそうに紫乃を見下ろしている。
 確かに今はビキニ姿で、胸には谷間が出来ている。上から見下ろした状態で、しかも海面が紫乃の胸の高さにあるので、余計胸の膨らみが際立って見えている。
 おまけに何故かダンテが密着してくる。

「王子様はそんなにいやらしくないの……って、ちょっと、ダンテ」

 いつものスケベ心で、密着により寄せ上がった胸を楽しんでいるのかとも思ったが、どうやら違うようだ。紫乃の背中に両腕を伸ばして何かをしている。

「……何してるのかな」

 ダンテの手元が、どうも背中の中心あたりでゴソゴソしていることに、紫乃は嫌な予感がしてダンテを見上げれば、

「ちょうど人がいないんだ、ちょっとくらいサービスしてくれよ」

 満面の笑みで返された。それはもう、太陽の光よりも眩しいくらい、とても楽しそうに。
 ダンテの言う通り、周囲には誰もいない。おまけに、紫乃のすぐ後ろは岩があり、ちょうどビーチから隠れる位置にいる。解放的な場所なのに、密室にいるかのような緊張を感じるのは何故だろう。

「だっ、駄目、絶対駄目!」

 慌ててダンテから離れようとしたが、時既に遅し。ダンテが手早く背中のホックをはずしてしまい、バスト部分の締め付け感がなくなった。
 企みが成功したと、ダンテはヒュウと口笛を吹く。

「このままはずしたら……」

「は、はずしちゃ駄目っ」

 どうして彼は突然意地悪をしてきたのだろうか、と紫乃は考えた。トリッシュやレディと一緒にいる間はいつもの調子だったのが、二人きりになった途端にこうだ。
 これはもしかして──

「……トリッシュに今日のこと話しちゃったから?」

 本来二人だけで来る予定が、トリッシュとレディが飛び入り参加したことをまだ不満に思っているのではないか。
 そう考えておそるおそる見上げると、ダンテはほんの少し眉を寄せていた。それだけで、自分の予想が当たっていたことに紫乃は視線を落とす。

「本当にごめんなさい……せっかくのデートだったのに、私のせいで……。でも、トリッシュとレディは責めないであげて。最近一緒に出かけることが出来なかったし……」

 人数が増えた原因は自分だからあの二人は責めないでと訴え、ダンテの怒りの矛先を自分に向けさせる。そんな紫乃を見て、ダンテは小さく溜息をついた。

「……ま、デートにならなかったのはちょっとばかしショックだった。でも、あいつらも今は気を遣って二人きりにしてくれてる」

 だからトリッシュとレディを怒ったりするものか、とダンテが笑って言えば、紫乃は安堵してわずかながらも目を細めた。

「じゃあ、ホックは元に戻すからキスしてくれよ」

「え」

 ダンテの機嫌が良くなったことに胸を撫で下ろしていた紫乃だったが、今の言葉で引きつった表情に変わった。

「今日は一回もしてないんだ。キスしてくれねぇと、水着はずしちまうぜ?」

 紫乃から進んでキスをすることなど滅多にない。恥ずかしいため自らキスをすることがないのだ。それをわかった上でダンテはわざと言ったのである。
 うろたえる紫乃を見下ろしつつ、ダンテははずしたホックから手を離すと、今度は首の後ろで結ばれたひもに手をかけた。紐の先端を摘んで引っ張れば、蝶結びは崩壊した。

「ほら、早くしねぇとトップレスになっちまうぞ」

 決断を迫りながらも、ダンテは至極楽しそうに言ってのける。

「わ、わかったわよ!」

 水着を取り外されるくらいならキスの一つや二つくらい、と紫乃はダンテの要望を受け入れることにした。

「あとちょっとだったのにな。残念」

 背中のホックがはずされ、首の紐もあと少し引っ張ってやれば、柔らかな膨らみがあらわになる一歩手前だったのに。そう言いつつも残念そうに聞こえないのは、自分の要望が通ったからであろうか。
 紫乃とは身長に差があるので、ダンテは少し上半身をかがめて目を閉じる。紫乃は背伸びをすると、小さなリップ音を立ててダンテの口元に自分の唇を重ねた。が、それも一瞬のことですぐに離れてしまう。

 これでダンテの要望を叶えたので、すぐに水着を元に戻さなくては。そう考えていた紫乃だったが、それは実現しなかった。
 ダンテの両腕にからめとられたかと思うと唇を塞がれた。今しがた自分がしたような触れる程度の軽いものではなく、まさに貪るようなキス。腰と後頭部をしっかり固定され、しかもすぐ後ろには岩場があるので紫乃に逃げ場はなく、ダンテのキスをただ受け入れるしかなかった。

「んっ……ふ、ぅ……」

 角度を変えて。
 強弱をつけて。
 声も吐息も飲み込んで。

 やがて紫乃が解放された時にはすっかり腰砕けにされていた。自力で上手く立つことが出来なくなり、ダンテに寄り掛かる。

「ん。これで今日のことはチャラだな」

 ごちそうさま、とダンテがぺろりと自分の唇を舐めて満足気に笑んだその時、紫乃の水着のトップがはらりと落ちた。

「……え……」

「お」

 ホックははずされた状態で、首の紐もほとんど解かれていたためだろうか。緩んだ紐は完全に解けてしまい、トップは海面をゆらゆらと漂い始める。
 紫乃はすぐに胸元の前で両腕を交差させて隠したが、ダンテはそれを見逃さなかった。

「Yeah……」

「『Yeah』じゃないでしょ! は、早く取ってきてー!」

 何とも嬉しそうに鼻の下を伸ばすダンテに、紫乃は波に乗って次第に離れていく水着を見つめた。


2013/10/08

▼あとがき
3万ヒット記念アンケートの一つ、「皆で海や川に泳ぎに行く」でした。
実際に泳いでいるのはダンテとヒロインだけになっちゃいましたが…
また、「水着選びの時のダンテの反応が気になる」ともリクを頂いていましたので、水着選びのところも書きました。

ダンテさんがはしゃぎすぎました…
でも書いていて楽しかったです。
ヒロインに過激な水着勧めちゃいかんだろー!
そういうのはトリッシュが似合うと…ゲフンゲフン

女性用だと本当に数えきれないくらいのデザインがありますよね。

個人的にダンテさんの水着は、ハーフパンツタイプだと想像。
色はもちろん赤。
たぶん自分の水着そっちのけでヒロインの水着選びに力入れたはず(笑

それとレディの台詞の、
「もう一度その頭ぶち抜いて〜」
「髪が燃え盛るくらい〜」
は、地味にDMC3ネタでした。

「ぶち抜いて」はゲーム内ムービーでありましたし、「燃え盛る」はNG集のアレですね。

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願い致します。
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