第27話 夏祭り・昼


「……モリアン様の気配……?」

 一人の青年が空を見上げて呟いた。

 * * *

 紫乃の地元で夏祭りが行われるということで、ダンテは『ゲート』を通って紫乃の実家を訪れていた。
 マハは事務所で留守番中である。
 ダンテが土足で室内に上がろうとしたが、そこは紫乃がしっかり指摘して靴を脱いでもらった。

「へえ……広いな」

 まずダンテが驚いたのは開放的な造りの部屋だった。紫乃によれば、何でも日本屋敷の造りの特徴なんだという。

「紫乃の部屋は何処だ?」

 最初のうちは部屋の広さに呆気に取られていたが、慣れると間取りなどを見て回るのが楽しいらしく、嬉々とした様子で紫乃の部屋の場所を訊いてきた。

「こっちだよ」

 ダンテを連れて入った部屋もそれなりに広く、他の部屋と同じように畳が敷き詰められている。壁際には机や椅子、本棚、箪笥などが置かれ、可愛らしい小さな置物などが飾られていた。

「何だか紫乃らしい部屋だな」

 室内をぐるりと見回していると、机の上の写真立てに目がとまった。着物姿の男性と、薄紫色の髪の女性と、小さな女の子が写った写真。ダンテには見覚えがあった。それは、以前マンモンの仕業で紫乃の過去の夢の中で垣間見た、幼い頃の彼女と両親だった。
 ダンテが写真を見つめていると、それを紫乃が手に取る。

「これ、私が十歳の誕生日に撮ったものなの」

「紫乃はどちらかというと親父さん似か?」

 紫乃の外見は日本人そのものなので、似ているのは父親の方だろう。

「そうだね。でも、笑うとお母さんに似てるってお父さんが言ってたよ」

「可愛いし、それに綺麗だしな」

 臆面もなくそう評するダンテに、紫乃は照れくさそうに笑った。


「あー……それにしても暑いな……」

 ダンテが手でパタパタと顔をあおぐ。八月下旬で暑さ真っ盛りな上、蝉がせわしなく鳴いているので体感する暑さも倍増している。気温に加えて湿度も高い。

「冷房はもうちょっと時間かかりそうだし……」

 居間と紫乃の部屋にある冷房の電源を付けて冷やし始めたのだが、少し前に付けたばかりでまだ冷えきっていない。
 アメリカとは違う暑さにさすがのダンテも参ったらしく、

「シャワー浴びてもいいか?」

 と訊いてきたので、紫乃はダンテを浴室に案内して使い方を簡単に説明した。
 ダンテがシャワーを浴びている間に居間の冷房を入れると台所の冷凍庫を開けた。中にはあらかじめたくさん作っておいた氷がある。かき氷で涼んでもらおうというわけだ。
 しばらくするとシャワーを終えたダンテが戻ってきた。事務所にいる時と同じように、上半身裸で濡れた髪をバスタオルで拭いている。

「紫乃も一緒にシャワー浴びれば良かったのに」

「わ、私はまだいいよ」

「じゃあ夜に」

 夏祭りに行く前に美味しくいただかれるわけにはいかない。紫乃はダンテの誘いをやんわりと断っていると、玄関から呼び鈴の音が聞こえた。

「あ、由摩だ」

 由摩から今日休みが取れたと連絡を受けており、訪問時間もぴったりだ。相手が由摩だとわかると、ダンテが先に動いた。

「俺が出る」

「うん、お願い」

 ──ちょっと待って、と紫乃は今しがたの状況を顧みる。
 ついダンテを行かせてしまったが、彼はシャワーを浴びたあとで、上半身裸である。いくら親友だといっても、友人の婚約者にそんな格好で出迎えられたら驚いてしまう。
 やっぱり自分が行けば良かったとわずかに後悔しながら玄関へ向かえば、

「うわぁっ!?」

 由摩の短い悲鳴が聞こえた。

「何だよ、悲鳴上げるなんて失礼だな」

 そう毒づきながらもダンテは笑っていた。

「ごめん由摩、びっくりしたでしょ」

「そりゃびっくりするわよ。友達の婚約者がこんな格好で出迎えるなんて思ってないし」

 由摩の言い分はごもっともだ。

「とりあえずダンテは服着てちょうだい」

「暑いんだがな」

「居間の冷房、そろそろ冷えてる頃だから」

 ひとまず先にダンテに服を着させようと、紫乃は彼の背中を押して家の中に引っ込める。暑い、とか、めんどくさい、とかぶつぶつ文句を言っていたが聞こえないふりをした。
 ダンテの後ろ姿を見送ると、ふうん、と由摩が探るような目つきで紫乃をちらりと見た。

『……昼間からお風呂、ねぇ……』

『ちょっと、変なこと考えないでよ! ダンテが暑いってシャワー浴びただけで、私は入ってないわよ!』

『どうかしらねぇ』

 反論すればするほど由摩に疑惑の念を抱かせてしまう気がしたので、紫乃はこれ以上は何も言わないようにした。

『あはは、冗談よ冗談。ほら、お菓子買ってきたよ』

『うう……ありがとう』

 ダンテにからかわれ、由摩にもからかわれた。それでも何とか気を取り直して由摩を招き入れる。

『あ、それが婚約指輪?』

 紫乃の左手の薬指に小さく輝くものを見つけた由摩が尋ねてきた。小さいながらも本物の輝きを放つダイヤモンドに目をうっとりさせる。

『いいなぁ、あたしもいつかは貰いたいわ』

 高価な物なので、紫乃が婚約指輪を付けるのはデートをしたり、外出したりする時で、家事をする時ははずしている。

『えへへ。由摩も早く素敵な人が見つかるといいね』

『実は今日、お祭りでデートの約束があるんだ』

 由摩の話によると、つい最近付き合い始めた男性がいるという。親友にも恋人が出来たことに盛り上がりながら、紫乃は由摩を家に招き入れる。

『居間で待ってて、お冷持って行くから』

『あたしも手伝うよ』

 紫乃と由摩は台所に向かった。由摩が食器棚からグラスを取り出し、紫乃が氷を入れてお冷を注ぐ。
 また、由摩が買ってきたお菓子を開封して皿に移す。

『じゃあ、これ運んでくれる? かき氷作るからちょっと待っててね』

『りょーかい』

 お盆にグラスとお菓子を盛った皿を載せて由摩は居間へ行く。
 氷を削る音を背に中に入ると、冷房のひやりとした空気が、高い気温で火照った身体に心地良い。
 Tシャツを着たダンテが、退屈そうに畳の上で寝転がっている。

「お冷だよ。今、紫乃がかき氷作ってるからね」

「お、どうも」

 ダンテは起き上がり、運ばれてきたグラスを傾けて冷水を飲むと、お菓子の盛られた皿をじっと見る。ポッキーや一口サイズのチョコなどがある。これらが由摩にお菓子だと説明を受けたダンテは、早速ポッキーを食べてみた。

「美味い! これ何処に売ってんだ?」

「日本ならどのお店にも売ってると思うけど」

 しょっぱいお菓子より甘いものを好んで食べるだろうと思い、チョコレートを中心にいくつかお菓子を買ってきたのだが、想像以上にダンテの受けは良かった。皿に盛られたお菓子の中でもポッキーがお気に召したらしく、他のものより減りが早い。
 ふとあることを思いついた由摩は、にやりと笑ってダンテに『遊び方』を教えた。

「ねえ、それでちょっとしたゲームが出来るんだよ」

「どんなゲームだ?」

 由摩はポッキーを一本持つと、両端をそれぞれ指差す。

「二人でやるんだけど、まず一人がこっちをくわえて、もう一人が反対側をくわえるの。で、二人でポッキーを端から食べていって、先に口を離した方が負け。食べきったら最後にキスするってわけ。恋人同士ならやっておかなくちゃ」

「日本ってゲームも面白いんだな」

 そこにかき氷を運んできた紫乃がやって来た。イチゴのシロップがかかっている。

「紫乃、ゲームしようぜ」

「何のゲーム?」

 ダンテは答える代わりに、ポッキーの端をくわえた。小首を傾げていた紫乃だったがその行動の意味がわかると顔を赤くして由摩へ視線を移した。

「由摩、変なこと教えないでよー!」

「えー、恋人なんだしいいじゃない」

「良くないわよ! ダンテがねだると、かなえてやるまで引き下がらないんだよ!」

「それなら余計やってあげなきゃ」

「ひとごとだと思って!」

 けろりとした態度の由摩に紫乃が抗議している間、ダンテは紫乃の隣でじっと待っている。
 ──ほら、これだ。
 彼の願いをかなえてあげないと、いつまでもこの状態が続く。

「ダンテ待ってるよー」

「ううう……」

 にやにやと笑う由摩の視線が痛い。しかし、ダンテの相手をしないと現状維持のまま。
 逡巡したのち、この場には親しい人しかいないのだ。
 ──ええい、なるようになれ!
 紫乃は腹をくくり、ポッキーの端をくわえた。
 相手をしてくれるとわかると、ダンテは嬉しそうにどんどんポッキーを食べ進める。じんわりと食べていく紫乃とは対照的に、ダンテはどんどん進んでいく。すぐ近くに迫るダンテの顔に、紫乃の心拍数は一気に跳ね上がった。

(相変わらずかっこいいなぁ……じゃない! あ、やっぱり駄目、近い近い! 負けてもいいから離そう……!)

 ダンテの整った顔立ちについ見惚れて一瞬忘れそうになったが、ダンテと二人きりではなく由摩もいる。食べきる寸前に離れよう。ダンテの唇と触れようとしたその時、

「んっ……」

 ダンテに素早く後頭部を手で押さえられて逃げる場所を失った紫乃に、ダンテが唇を重ねてきた。が、すぐに解放されたので紫乃はダンテから離れる。

「わぁお、大胆」

「紫乃はすぐ逃げるからな。それにしてもすげぇ楽しいな、これ。たくさん買って帰ろうぜ」

「でしょ? 他にもいろいろな味があるんだよ」

「……変なとこで意気投合しないでよ……」

 顔を赤く染めたままの紫乃が、これ以上この話題には触れたくないとでも言うかのようにかき氷に手を伸ばす。

「これが、かき氷って奴か」

「わあ、いつもレモン味とか食べてたからイチゴ味なんて久しぶりだよ」

「ダンテがイチゴが好きだからね」

 紫乃の言葉に由摩が「へぇ」と相槌を打つ。かき氷をシャリシャリと食べ始めると、由摩が何かを思い出して声を上げた。

「そうだ。ねえダンテ、紫乃って意外とスポーツ得意なんだよ。剣道なんか大会で優勝しちゃうくらいだし」

「ケンドーってあれだろ。『メン』とか『ドウ』とかやる奴」

 大雑把なことしかわからないが、ダンテも剣道については知っていた。
 うんうんと頷く由摩に、ダンテがもっと紫乃のことを聞かせてくれとせがみ、紫乃は気恥ずかしそうにかき氷を食べ続ける。

「中学・高校どっちも剣道部だったんだけど、スポーツが得意なものだから他の部活から応援頼まれたり」

「部活の大会が近くなると、みんな押しかけてくるんだもん。大変だったんだから」

「それと成績も良かったから、テスト前なんかクラスのみんなから勉強教えてってせがまれたよね」

「あはは、そうだったね」

 お互い顔を見合わせて笑う紫乃と由摩をじっと見ていたダンテも、彼女らにつられて思わず笑顔になった。

「紫乃って人気者だったんだな」

「そうなのよ。男子に人気があって追い払うのに苦労したわ」

 勇気のある男子は紫乃に面と向かって、シャイな男子はラブレターで告白してきたが、どれも由摩に一蹴されてしまい、彼らの淡い恋は実ることはなかった。

「でも、一人くらい好きな奴がいたんじゃねぇか?」

 ダンテは自分の口から発せられた質問に、内心自分自身でも驚いていた。きっと血気盛んだった昔の自分では、恋人の昔の想い人のことを探るなんて考えられない発言だろう。
 それが今、直情的にならず至極穏やかに訊けている。月日の流れは、身体だけでなく精紳も成長させていた。
 すると、由摩が「それよ!」と身を乗り出した。

「私が言うのも何だけど、昔、紫乃に『好きな人はいないの?』って訊いたのよ。そしたら何て答えたと思う?」

 その時、紫乃の肩がぴくりと反応した。ダンテはしばしの間考えたが答えがわからず、由摩に先を促す。

「えっとね──」

「わーっ! も、もういいでしょ昔のことは!」

 紫乃が会話を中断させる。

「何だよ紫乃、それくらい教えてくれてもいいじゃねぇか」

「そうよ。その相手が今ここにいるんだから話したっていいじゃない」

「……どういうことだ?」

 ダンテは首を傾げ、由摩はけろりとした様子でかき氷を口に運び、紫乃は恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。紫乃がなかなか口を開かないので、代わりに由摩がダンテに説明をする。

「紫乃のお母さんが紫乃に『スパーダに双子の息子がいる』って話したってことは知ってる?」

 どうやら紫乃は、自分が半魔だと打ち明けた際にスパーダに関することも由摩に話していたようだ。

「知ってる」

「紫乃ね、その息子に会いたいから他の男子のことは目に入らなかったのよ」

 つまり、幼い頃より母親からスパーダの逸話を聞いていた紫乃にとって、スパーダは英雄であり、その息子といつか会って話をしてみたいという憧れを抱いていたという。
 紫乃の顔を覗き込んでみれば、恥ずかしさのあまり耳まで赤くして顔を俯かせている。

「……ってことは、紫乃の初恋相手って俺か?」

「……まあ……そういうことになる、かな」

 紫乃の初恋相手が自分だと知ったダンテは、心が暖かい気持ちで満たされていくのがわかった。異性と付き合った経験がないとはいえ、過去に片想いの相手くらいいただろうと思っていたがそれはなく、まさか自分が彼女にとっての初恋相手だったなんて。

「嬉しいこと言ってくれるね、darling」

 ダンテは心底嬉しそうに微笑み、紫乃を優しく抱き締めた。

「ねえ。双子ってことは、やっぱりそっくりなの?」

 何の気なしに尋ねた由摩だったが、その質問にダンテではなく紫乃がやや気まずそうな表情で視線をそらした。そんな親友のちょっとした表情の変化に気付いてその意味を察すると、由摩もハッとして二人を見つめる。

「あ……ごめん、今の忘れて」

 申し訳なさそうに謝る由摩に、しかしダンテは構わないと話を続ける。

「兄貴はバージルって言ってな。顔は俺と同じなんだが、それ以外は俺と正反対でね」

 そう言って、ダンテは自分の髪を手でかき上げた。

「髪型はこんな感じで、いつも難しそうな顔してた」

 ダンテ自ら話してくれるので、紫乃と由摩もその話に乗ることにした。

「顔がそっくりってことは一卵性だよね」

「普通、一卵性の双子って性格も似ると思うんだけどなぁ」

「ま、うちはちょっとばかし特殊だったからな。世の中にはそっくりな双子がわんさかいるんだ。似てない双子がいる方が面白いだろ」

 ダンテはいつものようにおどけた口調で言うと、

「っと……これ早く食わねぇと全部溶けるんじゃねぇか?」

 テーブルの上のかき氷を指差した。いくらか食べてはいたが、会話に夢中になりすぎて上の部分が少し溶け始めている。そのことに気付いた紫乃と由摩は、慌ててかき氷を食べることに専念した。


2013/08/12

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