第24話 快気祝いの贈り物


 紫乃が熱で寝込んでから三日目の昼。
 体温は37℃を下回り、微熱にまで下がっているのでもう少し休めば大丈夫だと紫乃は主張した。
 だが、ぶり返してはいけないと心配するダンテがまだベッドで寝ていろと言い、紫乃はベッドから出ることを許されなかった。昨夜はダンテのベッドルームで寝ていたので、今も引き続き彼のベッドを占領している。
 一階へ降りたダンテの話し声が聞こえてきたので耳を澄ましてみれば、どうやら何処かに電話をかけているようだった。

「ああ──ちょっと彼女が体調崩しててな。今日は行けそうにない──ああ、すまない。取りに行く時はまた連絡する」

 そう手短に話を済ませるとダンテは通話を終えた。
 紫乃は静かにベッドルームから出て階段の上から一階を見下ろし、ダンテに話しかける。

「ダンテ、何処かに行く予定があったの?」

「ん。別に急ぎの用事じゃないからいいんだ」

「もしかして、私のことでキャンセルしたの? あとちょっとで良くなるし、行ってきて」

 前もって約束をしていたのならキャンセルなどせずにきちんと行くべきだと紫乃が言えば、ダンテは渋々ながらも外出することを決め、先程の相手に再び電話をかける。

「ダンテだ。さっきの件だが、やっぱり今からそっちに行くことにした。──またあとで」

 通話を終えて受話器を置くと、ダンテは階上の紫乃を見上げた。

「今から出かけるが……ちゃんと寝てろよ。家事なんてするんじゃねぇぞ。マハ、紫乃が家事しないよう見張っとけ」

「承知した」

 普段は折り合いの良くないダンテとマハだが、紫乃が体調を崩して寝込んでいるのだ。今回ばかりは共同戦線を張っている。

「行ってらっしゃい」

「じゃあ、行ってくる」

 ほぼ平熱にまで下がったので、ダンテが外出している間にたまった食器を洗ったり掃除をしたりしたかった。けれど、そんな紫乃の考えをダンテに見抜かれていたので、紫乃は心の中で小さく冷や汗を流す。
 その後、ダンテは一ヶ月前と同じように事務所を出て行った。

 * * *

「いらっしゃい、待ってたわ」

 宝石職人ステファニーの工房を訪れたダンテは、一ヶ月前と同じソファーへ案内された。

「彼女、具合が悪いって言ってたけど大丈夫?」

「ああ。まだ本調子じゃないが、約束してたんなら行ってこいって追い出された」

「うふふ、真面目でいい子じゃない」

 少しおどけてダンテが答えてみるとステファニーはくすくす笑って隣室へ向かった。すぐにダンテのところへ戻ってきたその手には直方体と立方体、二つの小さな箱を持っていた。

「これが頼まれていた物よ。見積もりしたデザインと相違ないか確認してちょうだい」

 まずは直方体の箱の蓋を開ければ、ペンダントが収められていた。
 ペンダントトップは3cm程の濃く鮮やかな紫色をした雫型の宝石だ。その雫の頂点あたりの接続部分にはプラチナの細やかな装飾が施され、数個の小さなピンク色の宝石が星のように煌いている。
 次に立方体の箱の蓋を開ければ、指輪が収められていた。
 プラチナリングのデザインはソリティアタイプで、一粒の透き通った宝石が埋め込まれている。カッティングも素晴らしく、宝飾に詳しくないダンテでも見事なカッティングだとわかるほど。

「Perfect! 文句のない仕上がりだ」

「もし結婚指輪も作るのなら、良かったらその時も協力させてくれるかしら?」

「ああ──って、商売上手いなあんた」

 頷きかけて気付いたダンテに、ステファニーが朗らかに笑った。

「あははは! 冗談よ、冗談」

「……いや、その時もよろしく頼むぜ」

 本当に冗談のつもりで言ったのに、ダンテの言葉に今度はステファニーが耳を疑う番になる。

「え? それ本気なの?」

「あんたの仕事に惚れたから言ったんだ。嘘じゃない」

「嬉しい言葉ね。じゃあ、その時はまたよろしくね」

 * * *

「主、体温はいかがか」

 ダンテが事務所を出て二時間ほど経過しただろうか。紫乃が体温を測れば三十六度五分。もう少しで平熱に届きそうだ。

「うん、もう大丈夫だよ。それにしても、やることないと暇だなぁ」

「まあ、今日までは我慢するしかあるまい」

「うー……」

 ベッドの中でごろごろしていると、階下で扉の閉まる音が聞こえた。ダンテが帰ってきたのだ。ゴツゴツと重いブーツの足音が二階に上がってきて、ドアが開く。

「俺のdarlingはおとなしくしてるか?」

「熱下がったから動きたいなー」

「ぶり返すといけないから駄目だ」

「うー……」

 ベッドルームに入ってきたダンテに即刻却下されて紫乃は再び唸ることになった。
 ダンテは何も言わないままマハにちらりと目配せをする。その意味を察したのか、マハも無言のままベッドルームから静かに退室し、一階へ降りていった。
 戻ってきたダンテの片手は後ろ手に何か持っていて、おまけに花の香りがふわりと漂ってきている。甘くも何処か気品のある香りは紫乃も嗅いだことのあるもの。

「花……?」

「快気祝いだ」

「わ……凄い、薔薇だ」

 渡された花束は真紅の薔薇で、両手で抱えるほど大きなものだった。
 その花束の中に小さな箱があることに気付き、紫乃は小首を傾げる。

「箱があるよ?」

「開けてみ」

 箱は直方体の細長い形をしており、蓋を開ければペンダントが収まっていた。雫型の濃い紫のアメジストのペンダントトップで、細やかな細工の施されたプラチナと、星のように煌めくピンクダイヤモンドに見とれてしまう。

「……綺麗……」

 角度を変えれば、つるんとしたアメジストの表面の滑らかさと、チカチカと光を反射するピンクダイヤモンドに感嘆の息が漏れた。
 それにしても、と紫乃は思う。宝石について詳しい方ではないが、少しは知っているものがある。それが、アメジストの色についてだ。淡いライラック色から濃い紫色まで幅広い色合いがあるが、色が濃くなるにつれて高価になっていく。つまり、これほど濃い紫色であれば高額だったのではないか。
 突然のことに戸惑っている紫乃がダンテを見上げていると、彼は箱からペンダントを手に取ると紫乃の首にかけてやる。

「やっぱり似合ってる」

「ダンテ、あの……」

「もうひとつあるんだぞ」

 そう言われて再び花束を覗き込んでみれば、ペンダントの箱よりも薔薇の中に埋まっている箱が見えた。
 立方体のその箱は、受け取った経験のない紫乃でも知っているものだった。それは、指輪を納めるためのリングケース。蓋を開ければ、プラチナで出来た小さな指輪にダイヤモンドが輝いていた。
 ますます戸惑う紫乃を傍目に、ダンテは箱から指輪を抜き取ると紫乃の左手を手に取り、その細い薬指にはめる。

「え……あ、ダンテ……?」

 戸惑いと驚きで上手く言葉が出ない紫乃に笑いかけると、ダンテは床に片膝をついて紫乃を見上げた。
 自分に向かって跪いたダンテに、紫乃は思わず胸が高鳴る。

「これからも美味い料理を作って欲しいんだ」

「……ダ、ン……っ」

「Will you marry me?」

 何とも彼らしい、ストレートな言葉であった。
 熱を治したらいいものをあげると言われたので、てっきり少しリッチなお菓子か何かなんだろうと思っていた。それなのに、薔薇の花束と、ペンダントと、婚約指輪だなんて。
 想像もしなかったものが贈られて、紫乃は嬉しさのあまりに返事がすぐに出なかった。次第に視界がぼやけてくる。
 ああ、泣いては駄目だ。ダンテが待っているのだ、笑顔で返事をしないと。
 しかし、その思いに反してこみあげてくるのは涙ばかりで、上手く言葉が紡ぎ出せない。
 紫乃は返事として、かろうじてこくこくと頷くのが精一杯だった。それでも何とか言葉で返事をしたかったので、嗚咽を堪えて口を開く。

「Yes, I will……」

 その返事に満足そうに笑みを浮かべると、ダンテは立ち上がってベッドに腰掛け、紫乃をそっと優しく抱き締めた。
 快気祝いは、予想外のとても素敵な贈り物であった。


2013/07/25

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