第21話 嫉妬と恐怖


 いつものようにスーパーで買い物を済ませた紫乃が事務所へ帰る途中、声をかけられた。

「やあ、紫乃」

「今日の夕食のメニューは決まったのかい?」

「紫乃の手料理が食えるダンテが羨ましいぜ」

 十代後半から二十歳くらいまでの八人の男女が、買い物袋を提げた紫乃のところへ寄ってきた。スラム街にたむろする若者達であるが、前回絡んできた男達とは違う。不良であることには変わりないが、相手を力ずくで従わせたりはせず、卑怯な手を嫌う。
 約一ヶ月前に初めて声をかけられた時は警戒したものの、話してみるとそういうことがないとわかり、今では会えばよく話す間柄になった。

 また、『Devil May Cry』のことも知り及んでいるので、無闇に紫乃に手を出したりしない。というよりも、どうやら前回のゴロツキの一件以来、スラム街で『Devil May Cry』と紫乃の名前が広がったらしく、紫乃が外出するとよく遠巻きに見られることが多くなった。

「あたしも今度料理作ってみようかなぁ」

「うわ、やめとけ。お前が作ると食材が可哀想だ」

「ちょっと、どういう意味よそれ!?」

 ルーシーという少女の呟きに、一番仲の良いジャックという少年がツッコミを入れる。ルーシーは年頃の女の子らしく料理に興味があるらしいのだが、どうやらジャックの反応から見ると料理が得意ではないようだ。
 そんな二人のやりとりに紫乃が笑うと、メンバー達の陰に隠れるような位置にいた男が遠慮気味に紫乃に話しかけてきた。

「あ、あの……」

 男はメンバーの中では年上らしいのだがオドオドした態度のせいもあり、年上には見えない。
 ふと、紫乃は男に見覚えがある、と感じた。記憶を辿っていけば、確かに男と面識があったことを思い出した。以前、スラム街の路地裏で絡んできたゴロツキのメンバーにいたことを。

「あの時は、その……すまなかったな……」

 意外なことに、男が謝ってきた。
 そういえば、男は『Devil May Cry』や紫乃のことを知っていた。リーダーを止めようとしたがかなわず、結果として紫乃が銃で撃たれることになった。あの一件ではリーダーを止めようとしたのだ、彼に非はない。

「だ……大丈夫だった、のか?」

「あ、はい。この通りピンピンしていますから気にしないでください」

 あははと笑顔を見せてやれば、男は安心してホッと胸を撫で下ろした。そんな二人を見たジャックがぱちくりと目を瞬かせる。

「ん、何だ? 二人は知り合いなのか?」

「ええ。以前いざこざがあったんですが、その時彼が止めようとしてくれたんです」

「へえ、トマスって臆病だから頼りないって思っていたんだが……やるじゃねぇか」

 メンバー達の話によると、男──トマスは以前のグループを抜けて一人でいたところ、何だか放っておけないと感じ取ったジャックに拾われ、今のこのグループの一員となったという。
 元来の性格が臆病なのでメンバー内での順位は最下位であったが、紫乃の話でトマスを見直したメンバーが彼に笑いかける。どうやら良いグループに出会ったようだ。
 しばらく彼らと談笑していると、聞き慣れた声が耳に届いた。

「紫乃」

 声の聞こえてきた方を振り向けば、買い物に行ってきたのだろう、袋を手に提げたダンテが紫乃のところへ歩いてきた。

「ダンテ、何買いに行ってたの?」

「酒」

 ああ、そういえば酒の残りが少なくなっていたことを思い出した紫乃は、手間をかけさせたことを詫びる。

「買いに行かせてごめんね」

「……帰るぞ」

 何やらダンテの態度が素っ気無いことに違和感を覚えながらも、紫乃は事務所に戻るため不良グループと別れた。

「じゃあ、ごはん作るからまたね」

「おう」

「またねー」

「今度お菓子作ってくれよなー」

 最後にトマスを見れば、ダンテにビクビクしながら小さく手を振っている。あの時、ダンテに『説教』と称した半殺しに遭っているので彼が怖いのだろう。
 紫乃は進行方向に向き直ると、ダンテの隣に並んで事務所に向かって歩き出した。

 * * *

 雨が降り出した。始めのうちはポツポツと微量だったが、すぐにバケツをひっくり返したような土砂降りへと変わる。しかし、事務所に到着した直後に振り出したのでダンテと紫乃は濡れはしなかった。
 キッチンに買い物袋や携帯電話を置いてダンテを見るが、やはりいつもの飄々とした様子ではないことに疑問を感じた。あの軽口を叩くダンテが黙ったままだ。何かあったのかと尋ねても答えはない。それでも再度尋ねれば、ようやく口を開いた。

「……随分と仲良しじゃねぇか」

 誰のことだろうか、と紫乃は怪訝に思ったがすぐに気付いた。買ってきた品物を冷蔵庫に収納しながら会話を続ける。

「あのグループと? まあ、最初は変に絡んでくるかと思ったけど、話してみると意外と素直な子達で──」

「おまけにあの男もいただろ。何楽しくお喋りしてんだよ。あの時のこと忘れたのか?」

 ダンテの棘のある言葉に、紫乃は引っ掛かりを覚えてムッとした。あの時とは、紫乃が路地裏でゴロツキのリーダーに銃で撃たれた時のことだ。確かにトマスは紫乃を撃った男のグループにいたが、彼は当時のメンバーの中で真っ先にリーダーを止めようとしてくれたのだ。

「あの人は止めようとしてくれたのよ。それに、さっき謝ってくれたし」

「んなこと知るかよ。俺は許す気はないね」

「……ダンテ、何かおかしいよ? 買い物に行く前は何ともなかったのに」

 そうだ。買い物に行く前は、いつものようにダラダラと過ごしているダンテが見送ってくれた。それまでは変わりなかったのが、先程酒を買ってきたダンテの態度はどことなく不機嫌なものであった。

「別におかしくなんてないさ。ただ、何かむしゃくしゃしてな」

 ダンテが、買い物袋からイチゴのパックを取り出して冷蔵庫に収納しようとする紫乃の手首を掴んだ。その拍子にイチゴが床に落ちて散らばってしまう。

「ダンテ?」

 首を傾げる暇もないまま、紫乃の身体はダイニングテーブルに仰向けの体勢にさせられる。突然のことに驚き、抜け出そうともがくが力ではダンテには勝てず、両手を頭上にまとめ上げられて拘束される。

「ちょっと、いきなり何……んっ」

 ダンテが噛み付くようにキスを交わしてきた。紫乃が戸惑っていると、ダンテは構わずに角度を変え、歯列をなぞる。強引に舌を割り込ませれば、驚いた紫乃がびくりと反応して舌を引っ込めるがすぐに捕らえられた。

「ん……ぅ、んっ……んん……」

 息継ぎさえままならない状態が続いて酸素不足になった。ダンテの下で身をよじって苦しいと訴えるも、彼はなかなか離れてくれない。それでもずっと続けていると口を離し、ようやく新しい空気を取り込むことが出来た。

「はぁっ……はっ……」

 苦しくなって涙目になった紫乃の服の裾から、ダンテの手が侵入してきて身体がビクリと跳ねる。

「や、駄目っ……」

「黙ってろ」

 ダンテの声は、今までに聞いたことのないくらい冷たく無機質なものだった。
 ──怖い。
 純粋な恐怖が紫乃を襲った。ダンテが不機嫌になった理由がわからず、その上無理矢理行為に及ぶ彼からは愛情というものが感じられない。
 これまでに何度も夜を共にしてきた。そのどれもが溢れるほどの愛情を注がれてきたのに、今はそれが全くない。

「やだっ……んっ……嫌、やめて!」

 出来うる限りの力を振り絞って暴れると拘束しているダンテの手が若干緩んだ。その隙に拘束から逃れ、右手で思い切りダンテの頬に平手を送り付ける。
 キッチン内に大きな音が響いた。
 紫乃は乱れた息と衣服を整えながら、目尻に涙を浮かべてダンテをキッと睨む。

「わけ、わかんない……っ」

 紫乃は嗚咽交じりにそう言うと、キッチンを走って出て行った。ダンテがぶたれた頬をさすっていると、バタンとより大きな扉の閉まる音が聞こえた。
 ハッとして事務所フロアへ駆ければ、衝撃の大きさで閉まりきれなかった玄関口の扉がわずかに動いている。どうやら外に出て行ったようだ。

「何やら騒がしかったが、主と喧嘩でもしたのか」

「…………」

 ソファーの上で丸まっていたマハがダンテを見上げた。
 事務所に訪れた静寂の中、ダンテは自分のしでかしたことにため息をつく。紫乃が買い物に出かけたあと、酒の在庫が少なくなってきたことに気付いた。数量としてはまだ買い込む必要はなかったが、どうせ暇でやることがないのだ。それに、いくつも買い込めば紫乃だけでは持ちきれない重さになる。それなら自分で買いに行けば良いと思い、事務所を出た。

 店から帰ってくる途中、紫乃と不良グループが談笑しあっている場面に遭遇した。紫乃が彼らと親しいことは知っていたが、いざ目の前で仲良くしているのを見ると何故か無性に腹立たしい気持ちになった。
 おまけに、グループの中にあの臆病な男がいるではないか。ダンテに気付いてさらにビクビクした表情を見せたところ、向こうもあの時のことを覚えているようだった。
 そのため、余計に紫乃と話していることが気に食わない。不良グループと、というよりも臆病な男と引き離すために紫乃を連れ帰ったのだが、やはり気分は重いままで。彼女と会話をすればその気分も晴れるかと思ったがそんなことはなく、男を庇う紫乃にも腹が立った。
 その感情を抑えることが出来ず、未遂ではあるが力ずくで無理矢理行為に及んでしまったのだ。彼女が逃げ出すのも無理はない。

 ダンテは重いため息をつくとキッチンに戻った。
 床には、冷蔵庫に収納されるはずのイチゴが散らばっている。バラバラに散った赤い粒。それが何だか今の自分達の気持ちのように思えてしまい、ダンテはイチゴを拾いながら小さく自嘲した。

「……男の嫉妬は見苦しい、か……」

 普段は自分に向けられている笑顔が、スラム街の不良に向けられているのが悔しかった。自分は彼らの名前なんて知らないのに、紫乃は知っている。それに加えて、あの男にも笑顔が向けられていたことになおさら嫉妬心が燃え盛った。
 過ぎてしまったことは取り返しがつかないが、どんな顔をして会えばいいのやら。
 謝罪の言葉をあれこれ考えているうちに一時間が過ぎた。キッチンでずっと考えごとをしていると、窓ガラスの外にふと視線が向かう。

「……雨」

 そこでハッとした。買い物から戻ってきた直後に雨が降り出し、すぐに土砂降りとなったことを。1時間経った今でも雨の勢いは衰えるどころか、増しているように思える。その雨の中、紫乃は飛び出していった。
 つまり、傘を持たない彼女はずぶ濡れになっているわけで──

「紫乃!」

 ──畜生、どうして気付かなかったんだ!
 いくら今が真夏でも、雨で身体が冷えれば風邪をひいてしまう。紫乃は半魔で普通の人間より頑丈とはいえ、彼女の父親は身体が弱かったはず。もしもその部分が遺伝されているのなら、と考えると気が気ではなかった。
 ダンテは事務所を飛び出してスラム街一帯を駆け回り、紫乃の姿を探す。途中で何人か顔馴染みの人間に出会い、そのたびに紫乃を見かけなかったかと尋ねるも、色よい返事はなかった。
 ああ、何てことだ。自分のつまらない嫉妬心で彼女を傷付け、あろうことかこの雨の中飛び出させてしまった。
 それに、ステファニーからアクセサリーを受け取る期日が三日後に迫っている。こんな関係のままプレゼントなんて出来るわけがない。何としても紫乃を見つけ出し、謝らなければ。

 そう決意したダンテだったが、紫乃の足跡がわからない以上、捜索しようがない。激しい雨の中、半ば放心状態で立ち尽くすことしか出来なかった。


2013/07/07

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