第20話 宝石職人
「ちょっと出かけてくる」
そう言って、ダンテが『Devil May Cry』を出たのは昼下がりだった。
* * *
由摩と別れて昼食を済ませたあと、ダンテは誰かに電話をかけて事務所を出た。珍しくダンテの方から連絡をしているので、どうしたのだろうと不思議に思った紫乃に何処に行くのか尋ねられたが「野暮用だ」とだけ答えた。
リベリオンはもちろん、エボニー&アイボリーも持たなかったのでデビルハントではないと察した紫乃は、それ以上何も訊かずに送り出してくれた。
何だか彼女を騙すようで気が引けたが、まだ秘密にしておきたい。
ダンテは先程の電話相手と待ち合わせをした場所へ向かう。スラム街を抜けて人通りの多い街中にある、それなりに広い公園の片隅に設置されたベンチに腰掛け、電話相手の到着を待つことにした。
平日なので公園は人が少なく、自分のいるベンチの周りには誰もいない。それでも15分ほどすると、聞き慣れた男の声が耳に届いた。
「おいダンテ、こんな真昼間に呼び出すなんてどうしたんだ? 夜行性のお前が太陽の下に出てくるなんて……」
何も話しかけていないのにペラペラ喋る彼に、ダンテは思わず苦笑を漏らした。
仲介屋エンツォ・フェリーニョ。ダンテの昔馴染みで、幾度もデビルハントに関する依頼を請け負ったことのあるイタリア人だ。
「明日は嵐が来るんじゃねぇか? こんなに天気がいいのによぉ」
「悪いな、エンツォ」
このままだと延々と愚痴が続きそうなので声をかければ、意外にもすんなりと愚痴を止めてくれた。
「で、今日は何の話なんだ?」
「お前の人脈を頼っての相談なんだが、腕のいい宝石職人がいたら紹介してくれねぇか?」
「……宝石職人だぁ? ダンテ、お前一体どうしちまったんだ? 昼間に連絡寄越すわ、こんな公園に呼び出すわ、挙句の果てに宝石職人を紹介しろって……」
エンツォが怪訝な顔になるのも仕方のないことだった。これまで仕事に関する話しかせず、相談したいことがあると呼び出したはいいが、仕事とは関係のない話題を持ちかけられたのだ。
そこで、エンツォはあることを思い出した。ダンテとは仕事上の付き合いしかないが、女運に恵まれていないことは知っていた。そんな男が突然宝石職人を紹介しろと言ってきたということは──
「そういえば噂で聞いたんだが、お前んとこに東洋人の娘が入ったんだって? その子にプレゼントか?」
エンツォがにやりと笑うとダンテが一瞬固まった。
「やっぱりな。女運がサッパリなお前がいきなりそんなこと相談してくるなんておかしいと思ったんだ。えらい可愛い子らしいじゃねぇか、俺にも紹介してくれよ」
愛するものは酒と女だと豪語しているエンツォらしい言葉だ、とダンテは思った。
「エンツォに紹介、なぁ……」
「何だよ、もしかしてもうその子のハートを射抜いたんじゃねぇだろうな?」
「Jack pot.」
大当たりだ、と、今度はダンテが笑みを浮かべる番となり、エンツォはあんぐりと口を開く。
「っかぁー……女運がないくせに手の早い奴だぜ、まったく……」
「で、腕の立つ職人は知ってるのか?」
「まあ、知ってることは知ってるが……」
言葉を濁すエンツォにダンテは、何か条件を出すつもりだな、と感じ取った。その勘は見事に当たり、条件を一つ提示してきた。
「職人を紹介する代わりに、お前もその子を俺に紹介してくれよ。──ああ、何もちょっかい出すわけじゃねぇよ、ただ興味があるだけだ」
「……仕方ないな、わかったよ」
そうこなくちゃ、とエンツォは一気に機嫌を良くし、話は順調に進んでいった。エンツォは早速携帯電話を取り出すと、その職人へと連絡を入れると今から会えるという。ダンテは会う約束をエンツォを通じて交わし、エンツォの車に同乗して職人の工房へ向かうこととなった。
* * *
「よお、ステファニー。久しぶりに会ってもイイ女だねぇ」
エンツォが片手を上げて挨拶をすると、ステファニーと呼ばれた職人が彼に気付いて自分も片手を上げた。
ハニーブロンドを短く切り揃えた彼女はダンテと同じくらいの年齢で、快活そうな印象を受ける。
「久しぶりね、エンツォ。あなたも相変わらず元気そうね。あら、そちらが今回の依頼の方?」
エンツォの後ろにいるダンテをちらりと見やると、エンツォがダンテを紹介した。
「Mr.ダンテ、初めまして。ステファニーよ」
「よろしく頼むぜ」
作業台から立ち上がったステファニーは、ダンテとエンツォを応接用のソファーに腰掛けるよう促す。
「それで、どんな依頼なのかしら? 宝石の種類をまだ決めていないのなら資料があるけど」
「いや、それはもう決まってるんだ。ペンダントと指輪をお願いしたい」
そう、とステファニーは本棚から宝石ではなく、ペンダントと指輪用装飾の資料だけを持って戻ってきた。
「装飾の種類もたくさんあるから、この中からどんな感じにしたいのか選んでちょうだい」
受け取った資料は結構分厚い。それは数多くの装飾部分の写真がファイリングされたクリアファイルだった。
アクセサリーに縁のないダンテが、こんなに種類があるのか、と驚いていると、
「それは私が今までに手がけたアクセサリーよ。写真と同じ装飾も出来るけど、アレンジを加えてオリジナルにも出来るわ」
ふむ、とダンテはパラパラとページをめくっていく。ただ装飾といっても、その種類や技巧は多種多様だった。シンプルに見えていても実は細やかな細工が施してあったり、大振りな装飾であっても重厚さを感じさせない細工だったり。
ダンテが資料を見ている間、ステファニーは隣接したキッチンで紅茶を淹れ、ダンテとエンツォに差し出した。それを受け取ったエンツォが紅茶を飲みながらステファニーに陽気に話しかけ、彼女はそれに返答しながら会話を楽しむ。
その間もダンテは資料に目を通していた。指輪のデザインのイメージはあらかた決まり、次はペンダントの資料を開いてページをめくっていると、ひとつの写真に目が留まった。メインの宝石は3cmほどの雫型で、ペンダントトップの接続部分にシンプルながらも繊細なデザインで、数個の小さな宝石が装飾として埋め込まれている。
写真を食い入るように見つめているダンテに気付いたステファニーが、自分もその写真を覗き込む。
「ああ、そのデザインが気になるのかしら? 結構シンプルだけど、装飾の部分に小さい宝石もはめ込めることも出来るのよ」
「そうか……それじゃあ、このデザインで頼む」
「ええ。ところで、今回は恋人にプレゼントするために来てくれたんですって?」
ダンテは、そのことに関してはここに着いてから話題にしていないのに、と思ってエンツォを見てみれば、面白そうににんまりと笑っている。どうやら、資料を見ている間にエンツォがステファニーに話したようだ。
「大切なものになるんだもの。そのデザインをアレンジして、世界に一個しかないデザインにしましょ」
まかせておいて、とウィンクするステファニーはどこか楽しそうだった。アクセサリーを作れるということもあるが、それ以上にカップルの記念品を生み出せることが嬉しいらしい。
ダンテの開いているページを見たステファニーは、指輪のデザインで婚約指輪と感付く。それはオーソドックスなソリティアタイプの指輪で、一個の透明なダイヤモンドが輝いている。
「指輪の方は……あら、婚約指輪かしら?」
「ああ」
「Oh! あの『悪魔も泣き出す』ダンテが婚約指輪だと? それほどまでのカワイ子ちゃんなのか!」
大袈裟に天井を仰ぐエンツォに、ステファニーは素敵な彼女なのねと笑い、ダンテは羨ましいだろと鼻を鳴らす。
「彼女の指輪のサイズはわかる?」
そう尋ねられたダンテは、ポケットから一本の白い糸を取り出した。彼女の指輪のサイズを測る手段としていくつかあるが、その最たる手段ともいえるのが糸に印を付けること。サプライズとして彼女に贈る男性がよく用いる方法に、ステファニーはうふふと微笑む。
「サプライズにするのね。ますます作り甲斐があるわ」
その後、ダンテはステファニーと一緒に使用する宝石やデザインなどを決めると、完成予定の一ヶ月後にまた工房を訪れることを約束した。
* * *
アクセサリーについてステファニーとの見積もりが終わると、ダンテは事務所へ戻ることにした。エンツォが紫乃に会わせろと何度も食い下がってきたので、寄り道すら出来ずに事務所へ直帰することになったのだ。
同時に、今回のプレゼントの件については紫乃に内緒にしておくよう念を押すと、「いくらお喋りな俺でもそんなドジ踏まねぇよ」と返された。
スラム街に戻り、事務所の前に車を止めて扉を開ければバターの甘い香りがふわりと匂ってきた。
「いい匂いがするな。何だ、お菓子でも作ってんのか?」
鼻をくんくんと動かして匂いを楽しんでいるエンツォを傍目に、ダンテはまっすぐキッチンへ向かった。案の定、そこにはエプロン姿の紫乃が製菓中で、オーブンから天板を取り出しているところだった。
テーブルの上では既に焼き上がったクッキーをマハが美味しそうに食べている。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま、紫乃」
ダンテが両手を広げて紫乃を優しく抱き締め、触れるだけのキスをする。
「クッキー作ってるのか」
「うん。あ、今度イチゴのケーキ作ろうと思うんだけど、ショートケーキがいい? それともレアチーズケーキがいい?」
「両方」
「あはは、欲張りさん」
じゃあ作る日を分けて両方作るね、と紫乃が言うと、ダンテが嬉しそうに頷いて再びキスを送る。そこでダンテはエンツォのことを思い出し、紫乃を連れてキッチンを出た。
「お客様?」
「お喋りでうるさい奴だが昔馴染みでな。紫乃のこと紹介しろってついてきた」
ダンテよりお喋りな人なんているのだろうかと疑問に思いつつも事務所フロアへと踏み入れば彼はいた。ベージュ色のスーツに同じ色のハンチング帽をかぶったビール腹の小太りのイタリア人が、紫乃のところへ寄ってきた。
「おお! そのお嬢ちゃんが噂のカワイ子ちゃんか! 東洋人って聞いたがチャイニーズじゃねぇな……ああ、ジャパニーズか? ジャパニーズは働き者って言うが、どっかのぐうたらしてる便利屋の男も見習って欲しいもんだよ。いや、それにしても綺麗で可愛いねぇ。すさんだスラム街に咲き誇る薔薇のようだ! ああ、花と言えば、日本で春になったら咲く花は何つったか……そうだ、桜だ、桜。淡いピンク色が綺麗な──」
「おいエンツォ、マシンガントークにもほどがあるぞ。紫乃が困ってるじゃねぇか」
ダンテがうんざりした顔でエンツォの言葉を遮った。
「ほら、俺が言った通り、お喋りでうるさい奴だろ」
「でも、陽気そうな人」
エンツォの勢いのあるトークに口を挟む隙がなく話しかけるタイミングを掴めなかったので助かったが、まだ出会って間もない相手にまさか「うるさい」なんて言うことは出来ない。
紫乃が陽気そうだと表現したのは、本当にそう感じたからで、エンツォはその言葉に気を良くして大きく笑う。
「お嬢ちゃん、見る目があるねぇ! そうさ、陽気で酒と女をこよなく愛する男って言やぁ、このエンツォ様さ!」
「あーはいはい、紫乃に会ったんだ、これで満足したろ?」
帰った帰った、と邪険にあしらうダンテだが、それを紫乃が止めに入る。
「いいじゃない、ダンテの仕事仲間なんでしょ? エンツォさん、クッキーでもいかがですか?」
「お、いいねぇ、いただくとしようか」
「……何てこった……」
ダンテとしては今すぐ帰って欲しかったが、他ならぬ紫乃が滞在していくよう提案したのだ。それ以上何も言えず、紅茶を淹れてくるとキッチンへ戻った紫乃を見送ったダンテは、仕方なくエンツォと二人で紅茶とクッキーを待つことにした。
2013/07/02
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