第17話 作戦


 マンモンが逃げ去ると、ダンテはすぐに壁に力なく寄り掛かっている紫乃の肩を抱き起こす。

「紫乃、大丈夫か!?」

 ダンテに続き、トリッシュとレディも紫乃のところへ駆け寄ってきた。

「う……ぁ、ダンテ……?」

 意識が朦朧となりつつも、間近にあるダンテの顔に紫乃は安堵した。

「ごめんなさい、お皿落としちゃった……」

 すぐに片付けるからと立ち上がろうとしたが上手く力が入らず、よろめいて再びダンテの腕の中に逆戻りした。

「お皿くらいいいのよ。紫乃は休んでてちょうだい」

「私達が片付けておくから気にしないで」

「早く主を部屋に」

 トリッシュ、レディ、マハに言われて、ダンテは紫乃の背中と膝の裏に手を回して抱きかかえる。通常なら恥ずかしがって降ろして欲しいと言いそうな状態なのに、それすらもなくぐったりしているところを見るとかなり魔力を吸われた上、体力も消耗しているようだ。

「ああ……あとは頼んだぜ」

 トリッシュとレディが頷いたのを確認すると、ダンテは紫乃を抱えて自分の寝室へ向かった。

 * * *

 ドアをやや乱暴に開けつつ、紫乃に余計な振動を与えないように寝室に入る。一人で寝るには大きいベッドに紫乃を横たわらせてドアを閉めると、ふうと一息つく。

「ちょっと失礼するぜ」

 一言断りを入れると、ダンテは紫乃の足首に手をかけて靴を脱がせ、肩までブランケットをかけてやる。

「……う……」

 小さく呻いて紫乃が目を覚ました。

「ぁ……ダン、テ……ここは……」

 悪魔がキッチンに現れて魔力を吸われたことまでは覚えているが、そのあとの記憶が曖昧だ。
 今いる場所は、自分の寝室ではないことは確かだ。家具の配置も違うし、椅子の背もたれには脱いだ衣服がかけられている。そしてベッドが大きい。

「俺の部屋だ」

 ダンテが答えると、驚いた紫乃がガバッと勢いよく起き上がる。が、魔力・体力共に消耗しているのでふらりと身体が傾いてしまった。

「ほら、休んでないと駄目だろ」

 ダンテにやんわりと肩を押されてベッドに寝かされる。

「マンモンは……」

「またどっかに行った。相変わらず逃げ足の速い奴だ」

 軽口を叩いたダンテだったが、その表情は笑っていなかった。

「紫乃、一人にさせてすまねぇ。俺がいた時もあいつが現れたんだ……お前一人だとどうなるかくらい予想出来たはずなのにな」

 自嘲するダンテに紫乃はふるふると首を横に振る。

「ううん……魔人化してまで来てくれたの、嬉しかった」

 結界を突破して一瞬見えた、内なる魔力を開放した姿を思い出す。

「魔人化した俺もかっこよかっただろ?」

「うん」

 ダンテが冗談めいて言うと、ようやく笑顔を見せてくれた。紫乃が少し照れながらも頷くと、ダンテはコートを脱ぎすてる。

「ま、今日はゆっくり寝ておけ。俺が見張っててやるから」

 紫乃の額にかかった前髪を指で払いのけてそう言えば、紫乃は小さく頷いてまぶたを閉じた。それから一分も経たないうちに紫乃は寝息を立て始めた。それほどまでに力を消耗して疲労している証拠だ。
 すやすやと寝ている紫乃を見ていると、ボレロの下にふと目が行った。滑らかな白い肌に顔を覗かせるように存在する黒い痣。襟をめくるようにして右肩を晒してみれば、右腕を覆い尽くしていた痣が肩まで……いや、鎖骨あたりまで伸びていた。
 紫乃と初めて出会った日──二週間と少し前までは腕の一部にしかなかったはずなのに。この短期間のうちにこれほど痣の範囲が広がるとは。

「……こりゃ早く片付けねぇとやべぇな」

 痣が何処まで伸びて、その結果がどうなるかまでは知らないが、このままのんびりとしていては紫乃が弱り切っていく一方だ。悪魔を上手く誘い出す方法はないものか。
 今はあれこれ悩んでも仕方ない。ひとまず悪魔の襲撃に備えて、ダンテは夜の間警戒を怠らないよう注意を払うことにした。

 * * *

 朝日が昇り、空が次第に明るくなってきた。部屋のカーテンは閉め切られているので外よりも薄暗い。それでも充分に睡眠を取った紫乃は目が覚め、まぶたを開ける。
 ぼんやりとした意識で思考を巡らせる。見慣れた天井の色だが、自分の寝室とは違うような気がする。
 そんなことを考えながら寝返りをうつと、人肌のような暖かいものがすぐ目の前にあった。

「……へ?」

 寝ぼけまなこをこすってよく見てみれば、それは男性の胸板のようで。まさかと思いつつ顔を上に上げると、やはり自分の隣でダンテが寝ていた。それも、上半身裸で。

「ダッ……」

 衝撃的すぎて声が出ない。紫乃が動いて声を上げようとしたせいか、ダンテも目を覚ました。
 口をパクパクさせている紫乃にダンテは、

「よう……よく眠れたか?」

 寝起きの気だるげな声で、しかも上半身裸という慣れない状況に、紫乃はダンテから視線をそらし、俯いてしまった。

「う、うん……おはよ」

 ダンテは俯く紫乃の顎に指をかけて上を向かせ、そっと口付ける。

「どうしたんだ?」

「だって、起きたら、は……裸なんだもん……」

 外国人は就寝時に裸になることはテレビなどで見たことはあったが、実際にこんな間近で男性の裸を見たことはないので紫乃は動揺していた。

「これくらいで慌てるなんて可愛いねぇ」

 じゃあ、今回の一件が済んだらもっと動揺することになるな、とダンテは心の中で面白そうに笑い、ボレロに手をかける。

「ダンテ……?」

「昨日で痣が随分広がったみたいだ」

 そう言って襟を掴んで右肩を出してやれば、紫乃は顔を強張らせた。痣は腕を通り越して肩まで伸び、鎖骨に届こうとしていた。

「二週間ほどでここまで広がったんだ。あまりうかうかしてられねぇな。この痣、どこまで広がるか知ってるか?」

「いいえ……でも、マンモンを倒すか私が死ぬかのどちらかの選択肢しかないみたい」

 苦笑する紫乃を、ダンテは思わず抱き締める。魔力を吸われ、痛みに耐える上に体力も消耗しているのだ。辛いはずがない。
 紫乃はダンテの優しさに思わず涙を零しそうになったものの何とかこらえ、彼の腕から抜け出した。

「……あいつを誘い出すなら、一番の方法があるじゃない」

 頭の中に浮かんだ、一つの手段。
 ベッドの中から出た紫乃は靴をはき、乱れた衣服を整える。

「何?」

「私が囮になればあいつもすぐ現れるわ」

「それは駄目だ」

「昨日も私一人のところに来たじゃない。これが一番手っ取り早くて確実よ」

 紫乃はダンテを振り返ることなく部屋を出て一階へ降りていく。
 ダンテは近くに脱ぎ捨ててあった黒いインナーシャツを掴み、紫乃を追いながらシャツに袖を通した。

「おい、待てよ! それだけは許さねぇからな!」

 ダンテの怒声が事務所内に響き渡ると、寝室にいたトリッシュとレディが出てきた。

「どうしたのよ、ダンテ?」

「何よ、もう紫乃と喧嘩したの?」

「どうもこうも、紫乃が囮になってマンモンをおびき出すって言って聞かねぇんだ」

 ダンテの言葉を聞いて、トリッシュとレディも慌てて部屋から出て一階へ降りてきた。

「紫乃、囮になるってどういうことなの?」

「あの悪魔を倒すか、私が死ぬかでないと、右腕の石は取れないの。今までほとんど姿を現さなかったのに、一昨日、昨日と立て続けに現れたのは……」

「おそらく、マンモンは魔力を失って焦っているのであろうな」

 紫乃の考えをマハが代弁すると、レディが首を傾げる。

「焦ってる?」

「そういえば、レディには詳しく話してなかったわね」

 そう言って紫乃は、両親のこと、日本でマンモンに襲撃されたこと、そして右腕のことについて説明した。

「お母さんに傷を負わされてから十年以上も私の前に姿を現さなかったのは、傷の回復に年月がかかったからよ。それほどまでの深手を負ったんだもの……あいつもかなり魔力を消耗しているはず」

「なるほどね……どの道、近いうちに決着をつけないといけないわけか」

「でも、おびき出すにしてもどうやって?」

 トリッシュが尋ねれば、紫乃が待ってましたと言わんばかりに話を進める。

「私が考えているのは、どこかの建物の中にあらかじめ魔力で亜空間を作っておくの。そこにマンモンを誘い込めれば──」

「何で囮前提で話が進んでるんだよ」

 女性陣の会話を遮ったのは、あからさまに不機嫌な態度のダンテだった。

「俺は認めないって言ってるだろ。紫乃の身を危険に晒すことはねぇんだよ」

 腕を組んで女性陣から少し離れた場所で話を聞いていたダンテに、トリッシュもレディも反論出来なかった。確かに、紫乃が囮になればマンモンも簡単に姿を現すだろう。しかし、また昨日みたいに魔力を吸われて彼女が動けなくなれば、攻撃してくださいと言っているようなものだ。

「だから、囮が一番確実なのよ」

 口を閉ざしたトリッシュとレディを責めないでとでも言うかのように、紫乃はダンテに言い返した。

「いいか、紫乃。俺は冗談で言ってるんじゃ──」

「それは私も同じよ」

 紫乃は毅然とした態度でダンテをまっすぐ見据える。

「ただ単に亜空間を作るわけじゃないの。二重に空間を作るのよ」

 二重の空間を作るというのは、一体どういうことなのかと紫乃以外の三人と一匹は首を傾げる。

「大きな箱の中に小さな箱が入っているのを想像してくれたらわかりやすいと思うわ。まず外側の空間にダンテ達が入って待機しておいて、内側の空間に私とマンモンが入るの。そうすれば、今までみたいに悪魔が空間の外に逃げ出すことは出来なくなるから。そのあと、タイミングを見計らって私が空間の境を消すから、ダンテ達が内側の空間に入ってくればOK」

 これならダンテも近くにいられるでしょ、と紫乃は彼を見上げた。

「…………」

 二重空間については漠然としたイメージしかわかないが、紫乃は自分を頼ってくれているのだ。ダンテはそう感じて、ふうと息をつく。

「そんな作戦を考え付くなんてな……参ったよ。その作戦で行こうか」

 苦笑して両手を挙げる仕草をすれば、紫乃は安堵の表情を浮かべた。

「ただし、危険な方法には変わりないんだ。あとで覚えておけよ」

 意地悪そうな笑みを見せるダンテに、紫乃はまた悪戯をされるのかと冷や汗を流す。だが、これが確実なのだ。悪戯されるだけで済むのなら安いものだと思い、あははと苦笑した。

「でも、いつ実行するの? あまり日を延ばしても紫乃の魔力が減っちゃう一方だし……」

 トリッシュが訊くと紫乃がしばし考え込み、こう言った。

「明日の夜、実行しましょう」


2013/06/07

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