第16話 夕食


「ねえ、トリッシュの言う助っ人って誰だと思う?」

 キッチンで食事の用意をしながら紫乃はダンテに問いかける。

「さあな。でも、トリッシュが頼む相手と言ったら……あいつしかいないだろうな」

 ダイニングテーブルに置かれている作りたての料理が美味しい匂いを漂わせているの眺めつつ、ダンテは一人の人物を思い浮かべる。人間で、女性でありながらもデビルハントを生業とする、今となっては腐れ縁となった彼女。

 紫乃は現在、年季の入ったオーブンとにらめっこをしている。中で焼かれているのは、丸い専用の型に形成されたアップルパイだ。なにぶんオーブンが古いので、うっかり目を離すと焦がしてしまいそうで怖い。
 それにしても、デリバリーピザばかりを食べていたダンテがオーブンを事務所に設置していたのは奇跡的だった。
 一方、ダンテはダイニングの椅子に腰かけてアップルパイの中に詰めるリンゴの甘煮の残りを食べていた。余った──というよりも、ダンテが「少し余らせてくれよ」と言ってきたのだ。
 さすがはストロベリーサンデー愛好者、甘いものには目がないようだ。リンゴの甘さと酸味、そして香り付けのシナモンの風味がベストマッチしている。

 ダンテは甘煮の欠片を一つ摘まむと、近くにいるマハの目の前にひらひらとなびかせれば、意外と簡単に釣れた。主食は肉だが何でも食べるマハにとって、紫乃の手料理は極上の食べ物だ。
 おまけに豹の姿をした悪魔のくせに、目の前で動く物に反応してしまう有様だ。猫科の生物の宿命なのだろうか。

「ほらほら猫ちゃん、リンゴはこっちだぜ」

「くっ……身体が反応してしまう……!」

 ダンテが甘煮をひらひらとさせれば、マハの黒い前足がリンゴをつつく。
 その後、しばらくしてからマハに食べさせることをダンテは楽しそうに繰り返しながら、甘煮だけでも充分デザートになるのではないか、と満足そうに残った甘煮をたいらげた。

「紫乃、リンゴ美味かったぜ。次はイチゴのケーキでも作ってくれよ」

「うん、わかった」

 そんな何気ないやりとりをしているうちにオーブンのタイマーの目盛りがゼロを指す。ミトンをはめて天板を取り出せば、こんがりと艶やかに焼き上がったアップルパイが顔を出す。

「わあ……良かった、焦げてない」

「お、パイも美味そうだな。一切れくれよ」

「駄目よ。ちゃんと冷ました方が美味しいし、カットもしやすいの」

 つまみ食いはいけないとダンテをたしなめていると、扉の開く音がした。トリッシュと助っ人どちらだろう、と紫乃はすぐにキッチンを出て一階フロアに向かえば、そこには見知った顔が二人。

「おかえり、トリッシュ……に、レディ!?」

「久しぶりね、紫乃」

 一週間前に出会ったレディと再会出来て、紫乃は明るい顔で彼女を出迎えた。

「あら、似合ってるじゃない。トリッシュが選んだものでしょ」

 エプロンの下には、今日買ったばかりのボレロとミニワンピースを着ている。レディに褒められて、照れくさそうに再び笑った。

「ありがとう。トリッシュの言っていた助っ人ってレディのこと?」

 紫乃が尋ねれば、トリッシュはこくりと頷いた。
 しかし、デビルハンターとして依頼をすれば報酬が発生してしまうのではないか、と考えた紫乃だが、

「ああ、報酬のことなら安心して。紫乃の料理が報酬みたいなものよ」

「でも、デビルハントの報酬って高いんじゃ……」

「私があなたを守りたいって気持ちだけで充分だと思うけど?」

 小さく首を傾けて微笑むレディに、紫乃は嬉しい気持ちで満たされていくのがわかった。

「俺のdarlingを口説かれちゃ困るんだがな」

 キッチンから遅れてやって来たダンテがレディに声をかける。それも、何故か黒猫を連れて。

「あら、失礼したわね。でも、私はこの子を守りたいの」

「もちろん私も紫乃を守らせてもらうわ」

 負けじとトリッシュもレディと並んでダンテを見据える。

「……何だよこの構図は……」

 トリッシュとレディが紫乃を守護するように並び、対するダンテは一人。しかも相手二人は気の強い厄介な女。これ以上変な競い合いをしても無駄だと悟ったのか、ダンテは両手をあげて降参のポーズをとる。

「お前らの紫乃を守りたいって気持ちはわかったよ。だから今は飯にしようぜ。腹が減って仕方ねぇ」

 朝から何も食べておらず、今日口にしたものといえば先程の少量のリンゴの甘煮くらいなものだ。

「お主、変なところで弱いな」

 マハのぼやきに「うるせぇ」と拗ねるダンテは、さながら小さな子供だ。

「猫が喋った……」

 至極当然のように振る舞う猫と、それを自然と受け入れているダンテ達を見比べてレディが驚きの声を上げた。

「ああ、こいつ新入りでね。紫乃の下僕の悪魔」

 危害は加えないから安心しろよ、とダンテが付け加える。
 負傷していたところを紫乃に保護され、その時に彼女の血を受けて主従関係となり、マハもまた紫乃を守るため事務所にいるのだという。

「そう……それならいいんだけど」

 レディは、マハが危険な悪魔でないことを理解した。

「みんな、ごはん食べましょう。デザートはアップルパイよ」

 紫乃はトリッシュとレディから離れると、ダンテの手を引いてキッチンへ向かった。

「もうくっついちゃってるじゃない」

「今日の未明からよ」

 昨夜、トリッシュからダンテと紫乃が近いうちにくっつくだろうという話は聞いていたが、まさかもう現実になっているなんて。
 やや呆れたようなレディに、トリッシュは肩を竦めるしかなかった。

 * * *

 テーブルに並んだ数々の料理を綺麗にたいらげたデビルハンター達は、デザートのアップルパイをつついていた。もちろんマハにも一切れ分け与えられている。

「本当に料理が上手なのね。いいお嫁さんになるわ」

「お、お嫁さんだなんて……」

 レディが料理を褒めると紫乃が恥ずかしそうに笑った。

「そうだぜ。家事が上手で気立ても良くて可愛い妻になるんだ。式には来てくれよ」

 紫乃とは対照的に、ダンテは恥ずかしげもなく上機嫌にそう言った。
 両想いになってからまだ一日目だというのに、もうお嫁さん云々の話題になっていた。気が早すぎるのでは、とダンテに話しかけようとした紫乃だったが、「でも」とため息をつくレディに遮られた。

「相手がこいつなのが問題なんだけど」

「何も問題ねぇだろ? なあトリッシュ?」

 話を振られたトリッシュだが、何も言わずにアップルパイをフォークで切っては口に運ぶだけ。仕事では頼れる相棒も、この時ばかりは頼りにしてはいけないと感じたダンテは、紫乃に助けを求めた。

「紫乃は問題ねぇよな?」

「……うーん……」

「何だよその反応は」

 現在最も頼りになりそうな恋人の曖昧な返答に、ダンテは肩を落とす。

「だって、ダンテったら家事の最中も悪戯してくるんだもん」

 集中出来ないよと抗議すれば、レディが面白そうに吹き出した。

「愛想尽かされる前にちょっかい出すのやめたらどう?」

「紫乃が可愛いから、つい」

「あーはいはい、ごちそうさま。そういえば、ここって空き部屋はあるかしら?」

 ダンテの惚気を軽くあしらったレディが一つの質問をしてきた。紫乃を守って欲しいという依頼を受けたからには、彼女の近くに滞在するのが一番という理由で訊いてみたのだ。

「私の部屋が最後の空き部屋だった……よね?」

「そうねぇ。寝泊まり出来そうな部屋はもうないわ」

「なら、紫乃が俺の部屋で寝泊まりして、レディが紫乃の部屋を使えばいいじゃねぇか」

 妙案だと言わんばかりの嬉々とした調子のダンテに、トリッシュが睨みをきかせる。昼間、紫乃に条件付きでダンテと一緒に過ごすことを許した手前、それ以上言及することはしないが。

「この一件が終わるまでは……わかってるわね?」

「わかってるって! お前も相棒なら俺を信用してくれよ」

「紫乃、もしダンテが手を出してきたらすぐに叫ぶこと。いいわね?」

「う、うん、わかった」

 ダンテにはきつく、紫乃には優しく言うと、トリッシュは「よろしい」と頷いた。

「何だかトリッシュ、母親みたいね」

 この場を仕切っているトリッシュを見たレディがぽつりと漏らすとダンテが同意を求めてきた。

「だろ? 紫乃とくっつくよう仕向けたくせに、くっついたらこれだもんな」

「お主の普段の素行の悪さが原因で信用を失っているのだと思うがな、この怠け者」

「どういう意味だよ、この猫野郎。パイ取り上げるぞ」

 ダンテは二切れ目のアップルパイを皿に取り分けたあと、マハのパイを取り上げようと手を伸ばすがマハは残り数口までに減ったパイを咥えて素早くダンテから逃げる。

「はいはい、そこじゃれ合わないの」

 トリッシュがダンテをなだめると、マハはテーブルの上に飛び上り、紫乃のすぐ隣に落ち着いた。紫乃がマハの前に皿を差し出せば、マハは咥えていたパイを皿の上に置いて再び食べ始める。

「紫乃が可愛いんだもの、仕方ないわね。私も紫乃のこと、妹みたいな感覚だもの」

「レディがお姉さんか……ふふ、嬉しいなぁ」

 兄弟のいない紫乃にとって、自分のことを妹だと言ってくれるレディの言葉がとても嬉しいものだった。

 * * *

 それからしばらく談話の時間を過ごしたあと、紫乃はダンテ達にくつろいでいるよう勧めた。
 キッチンには食器を洗っている紫乃しかいない。壁を隔てた向こう側ではダンテがジュークボックスのスイッチを入れたのだろう、ロック音楽が流れている。

「これで最後っと……」

 皿の洗剤をすすぎ流して水切りかごに置けば、食器洗いが終わる。最後の皿を水切りかごに移そうとした時だった。

「いっ……た……!」

 右腕に激しい痛みが走り、魔力が急激に失われていく。その拍子に皿をうっかり手放してしまい、床に落としてしまった。あまりの痛みに、紫乃は右腕を押さえて床にうずくまる。

「魔力が減ったなぁ。たくさん減ったなぁ」

 すぐ近くで嬉しそうなマンモンの声が聞こえた。

「……っ!?」

 自分を覆った影に気付いて顔を上げてみれば、目の前でマンモンが紫乃を見下ろしていた。フクロウの顔なので笑っているはずはないのに、マンモンは満面の笑みを浮かべているかのようだ。
 ドタバタと廊下を走ってくる複数の足音が聞こえてきた。ドアの向こうでガチャガチャとドアノブを回すも開かないので、ドンドンとドアを何度も叩く音が響く。

「紫乃! 紫乃、大丈夫か!?」

 ダンテ達が駆けつけてきたのだ。再度ドアノブを回したりしてドアを開けようとするがびくともしない。それどころか、赤い蜘蛛の巣のようなもので塞がれているではないか。

「結界を張ってあるから無駄だ」

 邪魔者に乱入されては困るからな、とマンモンが笑う。

「ふむ……まだ魔力を吸い切れていないか……」

 獲物の魔力を完全に吸い尽くし、死んでからでないと石は相手からはずれない。魔力を吸い取り自身が吸収するだけでなく、相手の肉体も喰らうのがマンモンの捕食方法である。
 呟いたマンモンは紫乃の右腕を掴んで袖を捲り上げ、包帯の上から赤い石に触れる。すると、紫乃の魔力がさらに減っていき、痛みも右腕全体──だけではなく、肩を超えて首の近くまで範囲が広がったように感じる。

「くっ……ぅう……」

「ほう、まだ魔力が残っているのか。完全に吸い取るまでもう少しかかりそうだな」

 マンモンが首を傾げながらそう言ったと同時に、

 ──ドォォォォォン!!

 ドアが派手な音を立てて吹き飛んだ。そちらを見やれば、赤い外殻らしきものに身を包み、胸部に眩い光を輝かせた悪魔が長剣で斬り倒したのが見えた。けれどそれは一瞬のことで、赤い悪魔は人間の姿──ダンテへと変わる。

「結界を力ずくで破るとはな……」

 感心しているのか呆れているのかわからないが、マンモンはダンテの力を認めざるを得なかった。

「自慢出来るのが力くらいなものでね。その薄汚い手を紫乃から放せよ」

 ダンテの後ろにはトリッシュとレディ、それに豹の姿に変じたマハもいる。

「少しばかり魔力をわけてもらうぞ」

 そう言って紫乃の右腕を持ち上げると、包帯越しに赤い石に触れて魔力を少量吸収する。

「あぁ……っ!」

 痛みと魔力の減少に苦しむ紫乃を黙って見ているほど、ダンテは忍耐強くはなかった。紫乃に当たらないよう注意を払いつつ、リベリオンをマンモンに振り下ろす。だが、素早い動きで攻撃をかわされてしまった。

「お前の母親からは石を取り戻せずにいたからな。お前の石は必ずいただくぞ」

 そう言い残すと、マンモンはまたしても姿を消して事務所から遠ざかって行った。


2013/06/02

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