第15話 和解


 ──時間は昨夜まで遡る。
 レディは呼び出しを受けて近くのバーへやって来た。カウンターの隅に座って一杯注文すれば、マスターはすぐにカクテルを用意してくれる。
 カクテルグラスに口を付けたちょうどその時、呼び出した人物が来店した。

「はぁい、久しぶり」

「突然会いたいなんて……どうしたの?」

 私も同じものを、とマスターに注文すると、トリッシュはレディの隣に腰掛ける。ここに来る前に『Devil May Cry』でワインを飲んでいたが途中で抜け出してきたのだ。正直なところ、もう少し飲んでいたかったのでカクテルが待ち遠しい。

「最近うちに新しいメンバーが増えたのは知ってるかしら?」

「ええ。紫乃っていう東洋人の子でしょ」

 マスターがトリッシュの前にカクテルグラスを差し出す。それを受け取って、トリッシュもカクテルを口にした。

「悪魔の追跡にダンテが協力してるみたいね」

「そこまで知ってるなら話が早いわね。レディ、あなたにもあの子に協力して欲しいの」

 カクテルグラスを傾けるレディの動きが一瞬止まる。

「ターゲットの悪魔は厄介な相手でね。……紫乃、最近寝不足なのよ」

 そう話すトリッシュの顔は曇っていた。気まぐれで飄々としたあのトリッシュが、こんなにも表情を翳らせている。それを見ただけで、彼女が紫乃のことをどれほど大切に思っているかがわかる。

「OK、私も協力させてもらうわ」

 レディもトリッシュと同じ気持ちだった。紫乃は庇護欲を掻き立てられるというか、守ってやりたいというか。
 つまり──

「あの子、何だか妹みたいで可愛いし」

「可愛い上に料理も上手で気立てもいいからレディも気に入ると思ったけど、やっぱりね」

「そういえばあの子、私がダンテと昔からの知り合いって言ったら、幼馴染みなのかって訊いてきたわ」

 レディが言えばトリッシュも楽しそうに笑ったが、それはどこか引きつったようなものに変わった。

「ああ、そういえば思い出した。ダンテ、紫乃のこと好きみたいよ」

「……ええっ!?」

「事務所で紫乃が家事してるとしょっちゅうちょっかい出してるのよ。紫乃の反応が楽しいみたい。それに、紫乃もまんざらじゃないって感じだし」

 あの様子だと近いうちにくっつくわね、とトリッシュが漏らすと、レディが信じられないとでもいうような表情になる。

「あいつに紫乃が取られちゃうのね……何だか悔しいわ」

「奇遇ね、私も同じ気持ちよ」

「決めた。明日の夜、そちらにお邪魔するわ」

 ダンテが早まらないように。

「あと、紫乃の料理も食べてみたいわね」

「了解。用意してもらうよう言っておくわ」

 意気投合したトリッシュとレディは、このあともしばらく飲み続けた。

 * * *

 ──時間は戻って、紫乃とトリッシュが買い物へと出かけた頃合い。
 紫乃がトリッシュに引っ張られて連れられたのは洋服店だった。
 夜に事務所へやって来る助っ人に用意する料理の食材を買いに出たのではないのか。疑問を浮かべたままの紫乃の手を引いて、トリッシュは店のドアをくぐる。

「あの、トリッシュ……スーパーに行くんじゃ……?」

「もちろん行くわよ。ここで用事済ませたらね」

 当然のように答えるトリッシュに、紫乃はさらに疑問を抱く。

「用事って……トリッシュの服買うの?」

「違うわ、あなたの服を買うの」

「……私の?」

 紫乃がきょとんとして首を傾げている間も、トリッシュは構わずにいろいろ服を選んでは紫乃の身体に合わせる。何着も合わせた結果、薄い生地にレースをあしらった長袖のボレロと、薄紫色のミニワンピース。
 服だけでなく、レッグストラップ付きのヒールも選び抜かれる。

「サイズは合ってると思うけど、一応試着してみてね」

 そう言ってトリッシュが服を半ば押し付ける形で紫乃を試着室に詰め込んだ。仕方ないので紫乃は今着ている服を脱ぎ、トリッシュの選んだ服を試着することにした。
 ミニワンピースはスカート部分が文字通りのミニ丈で、膝上よりも股下の長さを測る方が短い。ミニスカートなんて普段着用しない──というか持っていないので、脚が剥き出しになって慣れない。
 次にボレロに袖を通す。これから夏で、袖の短いボレロもあるのにわざわざ長袖を選んでくれたのは、紫乃の右腕の黒い痣を隠す包帯が巻かれているからだ。
 何だかんだ言っても自分のことを気遣い、世話を焼いてくれるトリッシュに心が温かくなるのを感じた。
 それにしても、サイズがピタリと合っているのが不思議でたまらない。紫乃は、試着室の前で待っているトリッシュに訊いてみることにした。

「トリッシュ、どうして私の服のサイズ知ってるの?」

「最初事務所に来た時に服洗濯したでしょ。その時に、ね」

 ──ああ、なるほど。

「着替え終わった?」

 うん、と小さく答えて試着室のカーテンを開けてトリッシュに見せてやれば、満足そうに微笑む。

「まあ! 可愛いわねぇ、似合ってる」

「それにしても、いきなり服を買うだなんてどうしたの?」

「紫乃、あなたダンテとまだキスしてないでしょ」

 最大の疑問をぶつけてみたが、訊き返されて紫乃は赤面した。それを見たトリッシュはやっぱりと確信を得る。

「ダンテがあれだけ簡単に拗ねたんだもの。あなたを寝かせることを優先したはいいけれど、キスはおあずけになったんじゃないか……ってね」

 見事なまでにお見通しである。
 紫乃は事務所を出る前の出来事を思い出して、もう一度お願いをすることにした。

「ねえ、トリッシュ……やっぱり寝る時、ダンテと一緒にいたら駄目かな……?」

 頬を染めつつ、普段着とは違う可愛らしい衣服に身を包んだ紫乃にそう懇願されてしまっては──

「…………わかったわ」

 トリッシュは長く息を吐き出した。ダンテが相手ではついつい意地を張ってしまって感情的になってしまうが、紫乃にこうやって懇願されては聞き入れてあげたくなる。
 紫乃贔屓したくなっちゃうのよね、と心の中で苦笑した。

「食材の買い出しが終わったら早めに戻ってあげて。あなたのその格好見たら、すぐに機嫌も良くなるわ」

 男って単純だから。
 ふふふと笑ったトリッシュは靴のサイズ合わせもしたあと、店員を呼んで服と靴を購入した。


 洋服店からはボレロとミニワンピース姿のまま買い出しを進めた。着慣れない服で周囲の視線が気になってしまい、恥ずかしい気持ちもあったが、トリッシュが似合ってると言ってくれたので何とか無事に食材の買い出しを終えることが出来た。

「それじゃあ、先に事務所に戻っててちょうだい。でも、キスまでだからね、それ以上はまだ駄目よ。私は夜までには戻るから」

 またあとでね、としっかり忠告を忘れずにウィンクをするとトリッシュは街の中へと消えていった。おそらくダンテと紫乃に気を遣ったのだろう。
 トリッシュの背中を見送った紫乃は、ミニワンピースに着替える前に着用していた衣服の入った洋服店の紙袋と、スーパーの買い物袋を持ち直して事務所の扉を開ける。

「ただいま」

 そう言っても返事はない。扉と対面する形で設置された大きな机を見れば、両脚を机の上に乗せて開いた雑誌で顔を覆っているダンテがいた。拗ねて不貞寝でもしたのだろうか。
 とりあえず壁際のソファーとセットで設置しているテーブルに手荷物を置き、紫乃はダンテのそばへ歩み寄る。

「……ダンテ?」

 耳をこらせば、雑誌の下からくぐもった小さないびきが聞こえてきた。やはり寝ている。
 ダンテと仲直りがしたくて早めに戻ってきたのに。
 しかし、寝ているところを起こすのも悪い。紫乃は先に食事の用意をしようと買い物袋を置いたテーブルへ身体を向けた、その時だ。

「……紫乃?」

 背後で小さく動く気配がしたあと、ダンテに呼び止められた。
 ダンテは顔に乗せた雑誌を取って紫乃を見ると、ぱちくりと数回まばたきをする。事務所を出る前とは違う服を着ている。少し前までは白いブラウスに膝より下のスカート姿だったが、今はフリルのあしらわれた長袖のやわらかな生地のボレロに、薄紫色のミニワンピース姿になっているではないか。おまけに素足。

「何だ、服買ったのか?」

「あ、うん……トリッシュに連れて行かれて」

 紫乃は机の上から脚を下ろしたダンテに手招きされる。そして、ダンテは自分の膝をポンポン叩いて紫乃を見上げてきた。
 これは上に座れということか。
 困惑しつつもダンテの指示通り、彼の脚の上にそっと腰掛ける。

「お、重くない?」

「全然。むしろ軽いくらいだね」

「あの……さっきはごめんなさい。ダンテは私のことを思って一緒にいるって言ってくれたのに」

 さっきというのが、紫乃が事務所を出る前に起こった小さないざこざだというのをダンテはすぐに理解した。

「ああ、気にすんなよ。紫乃は悪くねぇ」

 そうだ、悪いのはトリッシュだ。
 ここにいない相棒に全てを押し付けてしまおう、とダンテは紫乃に笑いかけて、彼女を両腕で抱き締める。

「それにしてもそんな服を着るなんて、イメージが変わるな」

「ミニスカートなんて穿かないから、何だか変な感じ」

 短い丈の裾をぎゅっと握って、少しでも脚を隠そうとする紫乃が可愛いことこの上ない。その紫乃の太腿を掌で撫でてやれば、滑らかな肌の手触りは極上のものであった。

「やっ、くすぐったいよ」

 脚をもぞもぞさせてダンテの手から逃れようとするも、男性の力で押さえられてしまえば抵抗すら許されず。

「これからは毎日ミニスカートでいいんだぜ?」

「……お断りします」

 残念だ、と漏らすがダンテは笑っていた。
 脚の上に座っているせいで、ダンテと紫乃の目線は普段より近い。改めて二人は目を合わせると、どちらからでもなく自然と距離は縮まっていき、唇が重なり合う。触れるだけのキスだったが、ダンテが角度を変えてやれば紫乃もそれに合わせて角度を変える。
 一度離れたかと思うと紫乃は自分の体勢が変化したことに気付く。今までダンテの脚の上にいたのが、瞬時に机の上に仰向けにさせられていた。再び唇を塞がれ、素足を撫でられる。

「ん……」

 次第に深くなっていくキスと肌の上を這う手に、紫乃は焦りを見せていた。このままダンテを止めなければどうなってしまうのかが容易に想像出来る。
 今はいけない。トリッシュにキス以上は駄目だと止められているし、それに何より──

「っ、だめ……ダン、テ……はじめて、だから……」

 恥ずかしそうに訴える紫乃にダンテはハッとして唇を離す。

「あー、それならここじゃなくてベッドの方がいいよな」

「そ、そうじゃなくてっ……トリッシュにキス以上はまだ駄目って言われたの」

 論点がずれているダンテに赤面しつつもこれ以上はいけないと言うと、彼はまた少し顔をしかめてしまった。

「あいつ……本当に母親みたいになってきてるな……」

 全く、似るのは顔だけでいいのに。
 再び相棒の愚痴を漏らしたダンテは、ボレロの襟をめくって首元に強く吸い付く。白い肌に赤い花が一輪咲いた。

「今はこれで我慢するしかねぇか」

「でも、キスまでなら寝る時も一緒にいていいって許可貰ったから」

 だから機嫌直して。そう言って上半身を起こせば、再びダンテの腕の中にすっぽりと収まった。

「ま、悪魔を倒したらお楽しみが待ってるってわけだ」

「なっ……!」

 これは余計に楽しめるとダンテが笑うと、紫乃の顔が一気に赤く染まった。


2013/05/31

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