第14話 拗ねる
「──てなわけで、俺と紫乃は晴れて恋人になったわけさ」
* * *
事務所に現れたマンモンが去り夜が明けて、現在午前9時。
昨夜事務所を出たトリッシュが明け方に戻ってみれば、ソファーでダンテと紫乃が仲良くぐっすり眠っていた。マハはトリッシュが戻ってくるや否や起き上がり、思いきり背伸びをしてソファーから降りて事務机へと飛び上る。
ダンテはともかく、紫乃を起こすのは忍びない。普段ダンテが陣取っている椅子に腰掛けたトリッシュは、二人が起きるまでマハと待つことにした。
それから数時間すると紫乃が目を覚ました。もぞもぞと身じろぎするも、ダンテの太い腕にしっかり抱き締められて動けないようだ。
紫乃も起きたことだし、とダンテを起こそうと思った時、彼も目を覚ました。
「おはよう、darling」
「お、おはようダンテ」
見上げれば銀色の微笑み。紫乃は照れくさくなって頬が染まる。
ダンテは紫乃にお目覚めのキスを降らせようとしたが、
「一晩で仲のよろしいことで」
トリッシュの一言で止められてしまった。
「何だよ、目覚めのキスくらいさせろよ。俺達の仲を応援してくれてたじゃねぇか」
「それはそうだけど……」
トリッシュは椅子から離れてソファーへ歩み寄り、ダンテの腕の中にいた紫乃を自分の方へ引き寄せる。
「私の可愛い紫乃がいざ実際ダンテとくっついちゃうと、何だか悔しくて」
「ハッ! 誰の紫乃だって? 紫乃は俺のものなんだよ」
「でも、ダンテとじゃまだお風呂にも入れないじゃない。私は今からでも紫乃と一緒にバスタイムが出来るんだから」
「トリッシュとじゃ紫乃もゆっくり出来ねぇな。俺と一緒に入った方が楽しめるんだよ」
言葉の応酬が次第にヒートアップしていく中で、何故か風呂の話題が出てきた。
意地の張り合いで口にしたのだろうが、何故風呂の話題に?
というか、ダンテがどさくさに紛れてさらりととんでもないことを言っているではないか。二人を止めなければ、と紫乃はすうっと思いきり息を吸い込んだ。
「二人とも静かにしなさぁーい!!」
紫乃が声を張り上げると、言い争いをしていた二人がピタリと静かになった。ソファーにトリッシュを座らせると、紫乃は順繰りに二人を叱咤する。
「まずトリッシュ! 私はトリッシュのことも好きだし、これからもそれは変わらない。次にダンテ! どさくさに紛れてやらしいこと言わないの」
「……はい」
「……おう」
「ん、わかればよろしい」
喧嘩両成敗。
「……大人げないな」
事務机の上で三人を眺めていたマハが呆れ、ぽつりと呟く。
ダンテとトリッシュがしゅんとして返事をしたことを確認した紫乃は、満足そうに頷いた。
それからダンテは再び紫乃を自分の隣に呼び寄せると、トリッシュに夜中の出来事を一部始終話した。紫乃のいるところなら何処でも現れることが出来るという悪魔に、ダンテはもちろんトリッシュも危機感を覚えた。
「じゃあ、寝ている時が一番危ないわね」
「だろ? これからは俺と一緒に寝るのが一番だと思うぜ」
「駄目よ! いくら恋人になったからって、まだなりたてじゃない。ダンテに預けちゃ今夜早速餌食になっちゃうわ! それならマハと一緒に寝てる方が安心だわ」
「え、餌食?」
「そうよ紫乃。頭のてっぺんから足の先までぺろりと食べられちゃうんだから」
「そんなことするわけないだろ」
「だーめ。せめてこの件が片付いてからにしなさい」
「……似てるのは顔だけでいいんだよ」
「何か言った?」
「いや何も」
せっかく紫乃を守りつつ一緒に過ごせると内心喜んでいたが、トリッシュの母親然とした態度にダンテは拗ねてしまい、普段占拠している椅子へと場所を変える。
マハはただ静かに事の成り行きを眺めていたが、不機嫌なダンテの八つ当たりを受けてはたまらないとでも言うかのように、事務机から飛び降りて紫乃の足元へ移動した。
「わ、私もダンテと一緒の方がいいなぁ、なんて…………すみません……」
何だかダンテだけが責められているような感じでいたたまれなくなったので紫乃も進言してみるが、にこりと笑いつつも無言の圧力をかけるトリッシュが相手では閉口するしかなかった。
「それは置いといて……紫乃、強力な助っ人に依頼したから安心なさい」
「助っ人?」
「夜になったらここに来るわ」
首を傾げる紫乃に、夜までのお楽しみよ、とウィンクを投げた。
「さてと……紫乃、ショッピングに行きましょう」
トリッシュはソファーから立ち上がり、紫乃の手を取って彼女も立ち上がらせる。
「今から?」
「ええ。今夜来る人にあなたの料理が美味しいって言ったら食べてみたいって」
つまり、食材の買い出しである。荷物が多くなるのならダンテにも同行してもらう方が良いのではないか、とちらりとダンテを窺うも、何かの雑誌を読んでいるようで紫乃とトリッシュを見ようともしない。
(うーん、完全に拗ねちゃってる……)
どうしようかとトリッシュを見るも、気にした様子もなく扉へ向かっている。
「買い物か。なら私は散歩にでも行くとしよう」
「紫乃、いらっしゃい」
「あ、うん……」
拗ねているダンテに後ろ髪を引かれつつも、紫乃はトリッシュのあとを追う。
「……行ってきます」
申し訳なさそうにそう残した紫乃は静かに扉を閉じると、トリッシュと共に街へ出て行き、マハは周辺の散歩へ向かった。
事務所に一人取り残されたダンテは、雑誌をおろすとしかめっ面で扉をじっと見つめる。
「……まだキスすらしてねぇんだぞ……」
寸止めのおあずけ状態を喰らって面白くないダンテは空腹を覚えたが食べる気になれない。
もう一度寝てしまおう。そう思い、両脚を机の上に放り出して開いた雑誌を顔の上に乗せて腕を組めば、ほどなくして眠りの世界へ誘われた。
2013/05/25
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