第12話 過去の夢


 ダンテはその夜、夢を見た。

 周囲を緑で覆われたその場所は何処かの山中なのだろうか。時折そよ風が吹き抜け、鳥の囀る声が聞こえてくる。
 それに、今いる建物は自分の国の建築物ではなく、異国のものだ。柱や天井は木造で、室内の床は長方形の敷物らしきものでぴっちりと敷き詰められている。これは見たことがある造りだ。
 確か──

 そう思った時、小さな女の子が庭を走ってこちらにやって来た。肩くらいまで伸ばした黒髪を揺らしながらトコトコと駆け寄る。

「お母さん、またあの人のこと聞かせて!」

 女の子は庭にせり出した廊下みたいな場所──縁側に腰かければ、部屋の中から一人の女性が歩いてきて女の子の隣に腰かけて笑顔を見せた。
 どうやら彼女らにはダンテの姿が見えないらしく、楽しそうに会話を続ける。

「また聞きたいの? 飽きないわねぇ」

「だってかっこいいんだもん!」

 女性の顔立ちは欧米人のようで、すらりとした細身で綺麗な顔立ちだった。腰まで伸びた髪は薄いラベンダー色で、瞳は紫水晶のような輝きを持っている。
 女の子は柔らかな黒髪を揺らし、母と呼んだ女性を同じ紫水晶の瞳で見上げる。
 そこに、和服を着た若い男性もやって来た。短い黒髪で、柔和そうな顔付きをしている。

「おや。モリアン、また彼の物語を話しているのかい?」

 モリアンと呼ばれた女性は男性にも笑顔を向ける。

「また聞かせてってせがまれちゃって」

「お父さんよりも彼のことが好きなのかな?」

「お父さんのこと好きだよ。でも、あの人のことも好きなの」

 ヤキモチ焼いちゃうなぁ、と男性は苦笑する。しかし、嫉妬の色は見られず、娘の希望を叶えてあげるべく妻に物語を語ってもらうよう勧める。

「じゃあ、どのお話が聞きたいのかしら?」

「えっとね……人間の世界を救うお話から!」

「『から』って全部じゃない。わかったわ──あれは二千年も前のことよ」

 娘のわがままにツッコミを入れつつも笑う。
 モリアンが語り出したのは、二千年前に一人の悪魔が魔界から人間界に渡り、人間を襲う悪魔達を打ち倒して人間界を救ったこと。とある地方の都市で領主をしていたこと。そして、月日が流れて一人の人間の女性と出会い、恋に落ちて双子の男の子が誕生したこと。
 女性の語った悪魔について、ダンテはよく知っていた。実父スパーダだ。ここまで詳しく父のことを知る人物がいたとは。

「お父さんとお母さんも、スパーダおじ様と一緒ね! 私もその双子の男の子と会ってみたいなぁ……」

 ──ちょっと待てよ。
 スパーダのことを詳しく知っている女性と、着ているものからして日本人らしき男性と、その娘。今いる場所は日本家屋であり、夫婦の面影を受け継ぎスパーダを慕う女の子。
 これはもしかして、自分が知っている──

「紫乃もいつかきっと会えるわよ」

 ああ、やはり紫乃のことだ。
 紫乃の母がスパーダと知り合いで、その母からスパーダの伝説を聞いている、とトリッシュが言っていたことを思い出す。
 それにしても、これは紫乃の夢なのだろうが、何故自分が彼女の夢を見ているのかがわからない。

 ぼんやりと三人を眺めていると、次第に家族の談笑が遠ざかっていった。

 場面は暗転して、今度は同じ山中だが様子がおかしい。森の中では何匹もの悪魔が飛び交い、紫乃とその父親を狙っていた。
 やがて周囲の悪魔が瞬時に倒されていく。父子を守り姿を現したのは、鳥の羽が生えた悪魔であった。その姿は悪魔というには美しい、とダンテは感じた。

「紫乃、この守り刀を肌身離さず持っていなさい! 家には結界を張ってあるから……さあ、早く家の中に戻って!」

 羽の合間にラベンダー色が見えた。あの悪魔は紫乃の母モリアンで、夫と娘を悪魔から守っているのだ。その母の右腕には淀んだ赤い光が見え、右半身はほとんど黒い痣のようなもので埋め尽くされているのも確認出来た。
 紫乃が母親から短刀を手渡されると、父親は娘を抱えて森の中を走り出した。

「どうか生きて……あなた、紫乃……愛してるわ」

 それは叫んだわけではないのに、不思議と耳に直接届いた。
 逃げる父子に悪魔が襲いかかるが、モリアンが次々と蹴散らしていく。そんな悪魔の集団に、一際禍々しい大きな悪魔が混ざっているのをダンテは見逃さなかった。
 黒い羽毛に覆われた人の四肢を持ち、フクロウの頭の奇妙な姿の悪魔。父子を気にかけるモリアンの一瞬の隙をついて、その悪魔は彼女の胸を躊躇なく貫いた。

「ぐっ……」

 モリアンは瀕死になりつつも空間を繋ぎ、『ゲート』を出現させてフクロウ頭の悪魔に傷を負わせると空間の中に突き放す。

「お母さん……お母さぁぁん!!」

 紫乃が必死で母を呼ぶが、返事は返ってこない。その代わり思いきり微笑んでやる。
 そして、モリアンは光の泡となって空気に溶けるように消えてしまった。

 ──そこで夢は終わり、意識は浮上する。


2013/05/12

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