第8話 訪問者


 紫乃が『Devil May Cry』の家政婦として働き始めて早くも一週間が過ぎた。その間、何度も事務所の外に出て悪魔の気配を探ってはみたものの、相手の動きは一切感じられず、紫乃はもどかしさを募らせていた。

 ──夜。
 ダンテは依頼が入ったため、トリッシュと二人で出かけた。そう離れた土地ではなかったので紫乃の能力に頼ることはせず、徒歩で向かうこととなった。
 静かな事務所内には紫乃一人のみ。退屈ならジュークボックスを使うといい、とダンテに使用許可を貰っていたことを思い出す。
 ロック音楽しか流れないけどな、と断りを入れるも悪びれた様子を感じさせないのがダンテらしく、紫乃は笑った。

 一週間の間、何の変化もなかったわけではなかった。この街に悪魔が潜んでいることは確かだが、気配を感じ取ってそちらに向かおうとするとすぐさま逃げてしまうため、何の手出しも出来ずにいるのだ。
 それに──と右腕に視線を落とし、ブラウスの袖口のボタンをはずして袖をめくりあげて包帯をはずす。手首と肘の中間部分に小さな赤い宝石に似たものが、まるで植物が根を張るようにして皮膚に吸着している。そして、その赤い石から肘あたりまで植物のツタに似た黒い痣が広がっていた。
 一週間前までは赤い石の周りにしかなかったのに──
 この石は、追跡しているあの悪魔の仕業だ。いくら力を込めて取り外そうとしてもびくともしない。大元を絶たねばならないということだろう。
 さらに、時折石が熱を持ち、同時に痛みを感じる時がある。そんな現象が起こると黒い痣が少しずつ伸びていくのだ。加えて、痛みの範囲もじわじわと広がっている。

 しかし──
 何より焦りを募らせる原因は、次第に魔力が減ってきているということだった。当初は減っていく魔力が微量で気付かなかったが、一週間も経てば顕著に表れてきたのがわかった。
 もちろん時間経過や休息で魔力は元に戻るのだが、どうやらそれを上回る量が減っているようだった。

「……どうにも厄介な相手ね……」

 そう呟いた時、悪魔の気配を察知した。すぐさま玄関の大きな木製の扉を開け、外に出てあたりを見回す。人通りのない暗闇のスラム街。一定の距離に配置された街頭が路地を寂しく照らしている。
 何度か見回していると、向かいの建物の上に一対の赤い光を捉えた。それは目で、紫乃を見下ろしている。

「……いた!」

 紫乃は地面を蹴り、跳躍する。瞬時に悪魔のところへ向かうが、その悪魔はやはり紫乃と距離を取る。

「魔力が──」

 低い声が響き渡る。悪魔の声だ。廃墟と化したビルの屋上で、悪魔と紫乃は対峙した。
 悪魔は人間のような四肢を持っているが頭はフクロウで、顔の前面に備わっている両目は赤く、全身が黒い羽毛で覆われ、胸元には大きな赤い石が埋まっている。それはまるで紫乃の右腕に植え付けられた石と同じく、不気味なくらい淀んだ赤い色をしている。

「魔力が吸い取られる感覚はどうだ」

「嫌な気分ね。この赤い石って、やっぱりあなたを倒さないと取れないのかしら? それとも、口にしたくはないけど、私が死なないと取れないのかしら?」

「くくく……」

 悪魔はただ笑うだけで答えようとはしなかった。だが、二つの問いかけはどちらも肯定の意味だと理解した紫乃は『ゲート』を作って空間を繋ぎ、悪魔のすぐ目の前に姿を現す。
 いつの間に取り出したのか、その右手には短刀が握られており、それを横一文字に斬る。一瞬のうちの出来事であるが、悪魔は間一髪で紫乃の攻撃をかわし、また離れた場所に着地した。

「危ない危ない……その能力はどこから来るかわからんからな」

 むなしく空振りした短刀の柄を握る右手に再び痛みが走る。

「……っ」

 右腕を見れば、赤い石が輝きを放ち、黒い痣が二の腕の方へほんの少し伸び、魔力が減った。

「次第に魔力がたまっていくのがわかる……そのうち夢を見せてやるから楽しみにしておくがいい。お前の魔力を吸い尽くす日が楽しみだ!」

 耳障りな笑い声を残し、悪魔は素早い動きでビルの屋上から姿を消した。
 悔しいことに、気配が綺麗に消えてしまっては追いかけることが出来ない。紫乃は悪魔のいた場所を睨み付けながら袖をおろし、短刀を鞘に納める。
 いつまでもこの場所にいても仕方がない。空間を繋いで『Devil May Cry』の一階に戻り、ふうと息をついた。

 ソファーに腰かけ、持っていた短刀をじっと見つめる。これは父の家系に生まれた女性が代々受け継いできた守り刀である。元は何の変哲もない刀であったが、母が亡くなる前、母が魔力を込めて魔剣としても使えるようにしたものだ。
 短刀をテーブルの上に置いて、ドサリとソファーに身体を横たわらせる。天井を見上げればシーリングファンがゆるりと回転しているのが見えた。
 一週間も姿を見せなかったあの悪魔と接触出来たのに逃がしてしまった。自分が情けなく思えてきた紫乃はため息を漏らす。
 悪魔の強靭な肉体を受け継いでいるため、普通の人間よりも身体能力は抜きん出ている。だから、悪魔を取り逃がした原因は肉体的なものではない。経験不足によるものだ。
 日本では見かけなかった悪魔が、このアメリカでは珍しいものではないらしい。そのため、紫乃は今まで悪魔を退治した経験がなかった。いくら強靭な肉体を持ち、人間を超える身体能力を持っていても、経験不足では悪魔を捕らえることすら出来ない。

「……ダンテなら簡単に倒せるのかな……」

 一週間も過ごしていれば、口調はくだけたものへ変わっていた。というよりも「そんな堅苦しい言い方はよしてくれ」とダンテに言われたため、他人行儀な口調は控えるようにしている。
 ──ああ、きっと彼なら豪快に戦いつつ、いとも簡単に悪魔を打ちのめすことが出来るだろう。
 ここ一週間で、彼のだいたいの性格がわかってきた。仕事の依頼を受けて事務所を出るのが夜、早くても夕方。仕事がない日は怠惰に時間を過ごしている。お喋りで人の話は最後まで聞かず、皮肉や横槍を入れないと気が済まないようだ。そして、余裕を見せていたかと思うと、たまに子供っぽい表情を覗かせる魅力溢れる人物。

「……やだ……変に意識しちゃ駄目」

 雇用主と従業員という間柄ではあるが、ダンテは一般社会で見受けられる偉そうに振舞う雇用主という枠には収まらず、友好的な態度で接してくる。そのため、ついつい上司という肩書きを忘れそうになる。

「まあ、接しやすくていいんだけど……」

 職場環境や労働条件はこの上ない高待遇だ。
 まず、労働時間に縛られていない。掃除の時間は決まっておらず、きちんと掃除をしてくれれば30分で終わらせても良い。
 他の家事労働も同じ条件だった。炊事は毎日ほぼ同じ時間帯に取りかかるので、厳密にいえば炊事は先程の30分から除外となるが。
 まるで家庭を持つ主婦のようだと紫乃は笑った。給与を貰える分、普通の主婦より良いと思う。
 悪魔を追って、まさか同じ半人半魔と出会い、しかも働き口を提供してくれるとは何と巡り合わせの良いことか。
 ソファーに身を沈めてそんなことを考えていると、木製の大きな扉が開いて一人の人間が中に入ってきた。

「……あら」

 その人物はすぐに紫乃のことに気付き、壁際のソファーへ顔を向けてきた。紫乃はすぐに身体を起こし、ソファーから立ち上がって訪問者を迎える。

「いらっしゃいませ」

 努めて笑顔で出迎えるが、その人物はきょとんとした様子で紫乃のことを見つめていた。
 訪問者は白いジャケットとショートパンツに身を包み、膝下丈のブーツを履いている。短く切り揃えられた黒い髪は外にはねており、茶色のサングラスをかけている。容姿に自信があるのだろうか、ジャケットの下にはインナーなどは身に付けておらず、張りのある胸は谷間を作り、惜しげもなくその存在感を主張していた。

「見ない顔ね。ダンテの知り合い?」

「一週間程前から家政婦としてこちらで働かせていただいています。紫乃と申します」

 ぺこりと頭を下げたところで紫乃は気付いた。この国での挨拶はお辞儀ではなく、握手を交わすものだと。

「あっ……挨拶は握手ですよね」

 改めて訪問者の前に紫乃が右手を差し出すと、訪問者は小さく吹き出した。

「あなた、面白いわね。東洋人かしら?」

「はい」

「そう。私はレディ。よろしくね」

 レディと名乗った女性は、口の端を吊り上げて微笑み、右手を差し出して握手を交わした。
 ──レディ。
 確かトリッシュも同じ名前を言っていたことを思い出して紫乃はレディに尋ねてみた。

「あの……トリッシュをご存知ですか?」

「もちろん知ってるわ、金髪の気まぐれなひと。……あなた、悪魔についてはご存知?」

 レディが隠さずに悪魔と口にしたのは、この事務所で働くからには悪魔のことを知っているであろうと踏んだからである。あのダンテが雇用したのなら、悪魔のことを包み隠すことなどするはずがない。
 やはりその推測は正しく、紫乃が頷いた。

「ところでダンテはいないの?」

「ええ。今夜はトリッシュと二人で仕事に出ています。おそらく夜明けにならないと戻らないと思いますよ」

「あらそうなの? 近くまで来たから、ついでに寄ってみたんだけど」

 さして残念な様子も見せず、レディはいつもダンテが使っている事務机にひょいと腰掛ける。

「あなた──紫乃って言ったかしら。敬語はよして、何だか慣れないわ。紫乃はどうしてこんなところで働こうと思ったわけ?」

 レディにそう訊かれた紫乃は、順を追って説明を始めた。
 ある悪魔を追ってこの街にやって来たこと。ゴロツキに絡まれているところをトリッシュに助けられてこの店に連れられたこと。そして、ダンテのちょっとした出来心で掃除をしたら気に入られ、家事を任せられたこと。

「……昔から突拍子もない奴だったけど、出会って間もない子に家政婦になれってどういう神経してるの……」

 呆れた、とレディはため息をついた。

「それにしても、あなたもよくそんな提案受け入れたわね」

「ダンテが、私の追いかけている悪魔を探すのに協力すると申し出てくれたので」

 満足に掃除が出来ていない事務所と、悪魔の追跡。困った時はお互い様だと紫乃が言えば、レディは成る程ねと相槌を打った。

「ところで、ダンテに何か用事があるなら言付かっておくけど……」

「ああ、大丈夫よ。ただの気まぐれで立ち寄っただけだから」

 手をひらひらとさせるレディに、紫乃はあることを尋ねてみることにした。

「ダンテと昔からの知り合いということは、幼馴染みか何か?」

 紫乃の質問にレディが数回まばたきをしたあと、

「ぷっ──あはははは!」

 盛大に吹き出した。

「あいつと幼馴染みだなんて……!」

「えっ、違うの?」

「大違いよ。あいつと初めて会ったのは十何年も前よ」

 ダンテに対して随分慣れ親しんだ雰囲気だったのでてっきり幼い頃からの間柄だと思った紫乃だったが、どうやらそれは勘違いであった。

「あの頃は私もまだ若くてね。悪魔はとにかく人間に仇なす敵だと思い込んでいたわ。でもダンテに出会ってからは、それが間違いだってわかったの。アイツは半分悪魔だけど、どんな人間よりも人間らしかった」

 サングラスの奥の瞳が昔を懐かしんでいるのがわかった。

「まあ、いろいろあって今は腐れ縁って感じかしら」

「トリッシュに聞いたんだけど、レディもデビルハンターね?」

「ええ、そうよ」

 レディ自身、過去を思い出してしんみりするのは性に合っていないので、この話はここで終わりとでも言うかのように腰を上げ、机から離れる。

「ところで、紫乃は寝なくて大丈夫? 結構遅い時間だけど」

 時計を見れば日付が変わろうとしていた。

「最近、ダンテの生活リズムに合わせていたら夜更かしが平気になってきて……あはは」

「あいつは不規則な生活してるんだから、いちいちそれに合わせなくてもいいのよ」

 レディは紫乃の律儀さに感心しつつも少々呆れる。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るわ。仕事の関係であまり長居は出来ないから」

 じゃあね、とブーツのヒールをコツコツ鳴らしながら入ってきた扉へ向かうレディを紫乃は引き止めた。何事かと疑問に思うレディに紫乃が自宅の住所を尋ねる。やはり不思議に思いながらも住所を告げれば、レディの目の前に『ゲート』が現れた。

「え……あなた悪魔なの?」

「半分だけど」

 人間には成し得ることの出来ない現象を引き起こしたこの小柄な娘が、まさかここの店主と同じ半人半魔だったなんて。さらに話を聞けば、空間を繋いで渡る能力により、目の前の『ゲート』がレディの自宅付近に繋がっているという。
 便利な能力だと思いつつ、レディはバイクを置いてあるから、と外に出る。すぐに戻ってきたレディがバイクを手で押して『ゲート』をくぐれば、自宅付近の見慣れた路地に出た。

「それじゃあレディ、またいらしてください」

 一緒に『ゲート』をくぐりぬけた紫乃はそう言い残すと踵を返し、『ゲート』に入って閉じる。

「……便利ねぇ」

 そうぽつりと呟くと、レディはバイクのエンジンをかけて自宅へ向かった。

 * * *

 レディを送り届けて事務所に戻った紫乃は、キッチンの裏から何かの気配を感じた。キッチンの勝手口へ向かいドアを開ければ、一匹の黒い猫がいた。まるで夜の闇を凝縮したかのように黒く、瞳はルビーのように鮮やかな赤い色。
 その身に纏う気配に思わず目を見開くが、それはとても弱々しく、一瞬普通の猫だと思ったが、

「……悪魔……?」

 微量ながらも猫から魔力を感じ取った。
 紫乃がおいでと呼びかけると、猫はゆっくりとキッチンへ入ってくる。そばに来ると確かに感じる微量な魔力。あまりにも弱々しいので、最初はただの猫が悪魔に取り憑かれたのかとも思ったが、そうではないと直感が働いた。
 ふと、猫の後ろ足の異常に気付いてそちらを見れば、大きな怪我を負っていた。出血は止まっているようだったが、傷口の周辺の毛にこびりついた血液は既に乾燥──いや、結晶化していた。
 そういえば悪魔の血液は空気に触れると結晶化することが多いとダンテにより教わっていたことを思い出し、やはりこの猫は悪魔だと確信する。

 この事務所で救急用品を見たことがない。傷の手当てが出来ないと思ったが、今すぐ実践出来る方法を思いついたので実行することにした。
 紫乃は守り刀を手元に出現させ、鞘から抜いて刃の先を指先にあてがい、そっと力を込める。指先を猫の傷口の上にかざせば、流れ出た血が猫の傷口にポタポタと落ちた。すると、傷口はたちまちのうちに治っていく。
 ただの動物ならこの方法は取らないが、この猫は悪魔だ。魔力を持った血液は、悪魔になら何の悪影響もなく使うことが出来る。
 綺麗に塞がった傷口にホッと胸を撫で下ろした紫乃を、猫が見上げた。

「……感謝する」

 猫が人の言葉を喋った。その声は、まだ年若い少年のようでもあり、青年のようでもあった。どちらにしろ落ち着いた声音は、聞いていて心地良い。

「どういたしまして。それにしても、悪魔がどうしてこんなところに……?」

「やはり気付いていたか。お主の言う通り、私は悪魔だ」

 猫の話によれば少し前、この街から遠く離れた地で魔界から人間界へ現れたという。魔力の濃い場所だったといはいえ無理矢理通り抜けた影響で魔力の大半を失ってしまい、本来の姿を保てなくなり、猫の姿に成り下がってしまったらしい。おまけに力を失ったせいで負傷してしまったとのことだった。

「じゃあ、元の姿に戻れるの?」

 もちろんだと頷いた猫の姿が、瞬時に大きな獣へと変じた。虎よりも大きなその体躯は引き締まっており、さながら豹に似た印象を受ける。

「わ……凄い……」

「それにしても、お主の血は強力だな。少ない量でここまで魔力を回復出来るとは。ただの人間に見えるが……」

 紫乃は自分が悪魔と人間の混血であることを打ち明けると、目の前の悪魔は納得した。半人半魔であれば、魔力を持ちながらも人間と間違えてしまうのも無理はない。
 彼に話しかけようとしたが、そういえば名前がわからないことに気付いた。

「私は紫乃。あなたは?」

「マハ」

 いい名前ね、と紫乃が呟いた。

「ところで……何か食べ物はあるだろうか。ここ数日まともに食べていないのだ」

 出来れば何かの肉がいいと注文をつけるあたり、なかなか抜け目のない性格のようだ。
 紫乃は冷蔵庫を開けて中身を確認する。今のところ、冷蔵庫にある肉といえば鶏ささみくらいしかない。

「ささみしかないんだけど……いいかな?」

「構わぬ」

 それから紫乃は鶏ささみをパックから取り出して調理を始めた。味付けの好みがあるといけないと思い、調味料などは必要かと問えば「特にない。肉だけでも良い」と返答があった。
 ただ加熱するだけの簡単なものであるがマハは満足し、用意された肉を全てたいらげた。
 マハが食べている間、紫乃は彼に親のことを訊かれたので受け答えをした。父親が人間で、母親が悪魔ということ。幼い頃に母親は悪魔に殺され、父親も一年前に他界したこと。そして、今度は自分自身が母親を死に追いやった悪魔から狙われていること。

「……フクロウの頭をした悪魔?」

 紫乃から悪魔の特徴を聞いたマハが引っかかりを覚え、彼女を見上げる。

「ええ。頭がフクロウで、身体は人間だけど全身が黒い羽毛で覆われているの。胸に赤い石があって……」

「その悪魔はマンモンという名だ」

「マンモン?」

 マハの言葉を反芻する。

「以前、魔界で幾度か奴を見たことがある。獲物と決めた相手に赤い石を植え付け魔力を吸い上げ、喰らう悪魔だ。十年以上前に見かけたのが最後だったが……まさか人間界に来ていたとはな」

 そこまで喋ると、マハはあることに気が付いた。母親の悪魔をマンモンに殺され、自身も狙われているということは──

「まさかお主、赤い石を植え付けられているのでは……」

「……ええ」

 静かに頷いた紫乃が右腕のブラウスの袖をめくりあげれば、赤い石が植物のように根を張り、黒いツタのような痣が肘まで伸びていた。それを見たマハは驚いて目を見開く。

「何と……それは、マンモンを殺さない限り取れぬ物だ」

 先程マンモンと対峙した時にわかったことであるが、面と向かって宣告されるとやはり堪える。
 やがて鶏ささみを食べ終えたマハは紫乃へ向き直った。

「お主と私は血の契約を交わした。よって、これよりお主は私の主となり、私はお主の下僕(しもべ)となる。何なりと命令するが良い」

「……え……?」

 豹の姿となった彼に真正面から見つめられると威圧感で竦んでしまうほどその目は鋭いものであったが、今の紫乃はただ単に彼の言葉を理解出来ずに固まっているだけだった。

 血の契約?
 彼が私の下僕?
 命令?

 どうやら何も知らないようだと察したマハは、紫乃のために説明をすることにした。

「血の契約とは、力を持った血を相手に分け与えるとその者と契約を交わしたことになり、主従関係が生じるのだ。血を分け与えた者の力が強ければ強いほど相手を束縛し、命令をすれば血を受けた者は逆らえぬ」

「そ……そうなんだ……」

「知らぬのに自らの血を与えたのか……」

 やや呆れながらも、悪魔としての本能が無意識に行動させたのかもしれない、とマハは頭の中で納得した。

「何か命令することはないのか? 何なりと申すが良い」

 話し方が高圧的なきらいはあるが、どうやらマンモンのように襲ってくるようなことはしないようだ。それにしてもいきなり命令だなんて、と紫乃は当惑するが、ふとあることを思いつく。

「そうだ。ねえ、さっきの猫の姿になって」

 まさかそんな命令が下されるなんて。予想外の言葉に今度はマハが戸惑うことになるが、主の命令は絶対だ。わずかに渋りながらも豹から猫へと姿を変えれば、紫乃が嬉しそうに頭へ手を伸ばし、何度も撫でてきた。

「わあ! 可愛い!」

 黒く滑らかな毛並みは撫でていて心地良い。
 豹の姿を誇りにしていたマハであるが、主は猫の姿の方を好むようだ。それなら普段は猫でいよう、と思い至った己は変わり者の悪魔なのだとマハは自嘲した。

「ところで、ここは主の家なのか?」

 事務所内に紫乃以外の者の気配はない。一人暮らしなのかと問えば、他の者と一緒に暮らしていると答えが返ってきた。

「ここは『Devil May Cry』、デビルハンターをしているダンテの事務所なの。今は依頼で外出中よ」

「ダンテ……ああ、スパーダの息子のことか」

 明け方に戻ってくると思う、と言う紫乃は、ダンテが戻ってくるまで起きているという。それならば自分も彼女に付き合って起きていようとマハは決めた。
 一人では退屈なはずの夜は、話し相手が出来たおかげであっという間に朝を迎えた。そこで、マハは二回目の『命令』を下される。

「ダンテとトリッシュには、赤い石が植え付けられたことは内緒にしておいて」


2013/05/01

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