第7話 家政婦
『Devil May Cry』の家政婦になってくれ。
ダンテの提案に、紫乃は自分の耳を疑った。彼は確かに、この事務所の家政婦になってくれと言った。それは文字通り、家事全般を請け負うこと。
「あー、別の仕事とかしてんなら今の言葉は忘れてくれ」
「……いえ、やらせていただきます」
ダンテは提案したものの、しばらく沈黙が続いたので無理なお願いだったか、と自分の言葉を撤回しようとしたが、それとは反して紫乃は首を縦に振った。
「実は最近仕事を辞めたばかりで、次の働き口を探していたんですよ」
前職を退いていたことは事実だった。日本で働いていたが、ある悪魔を追いかけるために退職したのだと伝えるとダンテが興味を示した。
「悪魔を追っている?」
「昔から因縁がありまして。この街に潜伏しているのは確かなんですが、なかなか尻尾を掴めないんです」
「もしかして昨夜の奴か」
ダンテが言うと、紫乃は頷いた。
「なるほど……すぐに気配を消して逃げた奴だしな。手強そうだ」
手強い相手だと想像しつつも、ダンテはどこか余裕の感じられる表情で呟く。
「じゃあ、ここに住み込みで働くっつーことでいいか?」
「えっと、そのことなんですが……」
そう言って、紫乃は『悪魔』としての力を行使することにした。
自分の隣に意識を集中させると何もない空中に淡く輝く線が現れ、それが左右に開いて長方形の枠を形作る。それはまるで、人ひとりが通れる幅のドアの枠のようであった。
その『ゲート』の内側は闇が広がっている。それに紫乃自身が足を踏み入れると『ゲート』は瞬時に消え去ってしまった。
ダンテとトリッシュは目の前にいた紫乃が姿を消したので驚き、今まで彼女のいた場所を見つめていると突如上から呼びかけられた。
「こちらです」
見上げれば二階に紫乃が移動しており、あの『ゲート』が彼女の隣に形成されている。
「ほぉ……」
ダンテが感嘆の声を漏らすと、紫乃は再び同じ方法で一階の二人の前に姿を現した。
「どうなってんだ?」
「私の母が悪魔だということは昨夜お話ししましたが……母は『空間を繋ぐ能力』を持っていたので、私も同じ力が使えるんです」
そういえば紫乃の母親は悪魔だとトリッシュから聞いていたことをダンテは思い出す。
「空間を繋ぐ……ってことは、離れた場所にも瞬時に移動することが可能ってわけか」
「はい」
「すげぇじゃねぇか!」
もしその能力を使えば、悪魔退治で遠く離れた場所の依頼があってもすぐに移動出来るということ。ダンテは純粋に紫乃の能力を褒めた。
「これで日本にある自分の家で寝泊りすればいいので、今日からは向こうで寝ます」
だからこの事務所に新しく部屋を用意する必要はないという。
「部屋の掃除をしてもらったトリッシュさんには申し訳ないのですが……」
眉尻を下げてトリッシュを見上げれば、彼女はぱちくりと数回まばたきする。やがて納得したのか「ああ」と口を開いた。
「いいのよ、そんなこと気にしなくても。でも、ここに早く馴染んでもらいたいから、あの部屋はあなたが使ってちょうだい」
「ありがとうございます」
へそを曲げるどころか、気遣ってくれるトリッシュの優しさがありがたかった。
「なあ、今のもう一回やってくれよ」
ダンテは完全にはしゃいでおり、自分も瞬時に移動してみたいらしく紫乃にもう一度やってくれるよう頼む。彼の要望どおり再び『ゲート』を目の前と二階に作り出せば、嬉々として『ゲート』の中に入っていく。
そのあと二階に移動出来たダンテは本当に楽しそうな表情を見せた。
「おいトリッシュ、お前も来いよ! 面白いぜ!」
「……子供ねぇ……」
はしゃぐダンテを見上げたトリッシュは呆れてため息をつくと「放っておいていいから」と紫乃にそう告げる。
「なかなか面白い能力だな、紫乃」
『ゲート』を通って一階に戻って来たダンテはこの能力をいたく気に入ったらしく、どこにでも行けそうで便利だなと言った。
ただ純粋に別の場所に移動出来て便利だと楽しそうなダンテを見た紫乃は、正直安堵してホッと胸を撫で下ろす。
「実は、この能力を使えば魔界と人間界を繋ぐことが出来ると信じる悪魔がいて……」
紫乃がそう言った瞬間、ダンテとトリッシュの表情が真面目なものへと変わった。
「魔界と? 本当に出来るのか?」
「出来ません!」
魔界と人間界が繋がってしまえば、とんでもないことになることは容易に想像出来る。もしものことを危惧して尋ねたダンテであったが、強く否定した紫乃に気圧されて一歩後ずさる。
「悪い、確認したかっただけだ」
「あ、いえ……こちらこそ申し訳ありません。ただ、母から魔界のことは聞いていましたし、人間界と繋がると危険だということも知っていますから、仮に繋げることが出来たとしてもそんなことはしたくありません」
紫乃はすぐに詫びた。ダンテが念を押す理由がわかっているので、思わず声を荒げてしまったことを後悔する。
「つまり、紫乃の力を悪用しようとしている悪魔に狙われているわけだ」
ダンテが簡潔にまとめると紫乃はこくりと頷いた。
「……でも、ただ純粋に別の場所に移動出来て喜ぶダンテさんを見て、邪な考えを持っていないようで正直安心しました」
「あの魔帝を倒したダンテだもの。魔界と繋げようなんて思ってないわ」
「え……魔帝をですか……!?」
「あら、言ってなかったかしら?」
『Devil May Cry』を訪れた際、トリッシュがムンドゥスの部下として動き、ダンテに命を救われたことは聞いていたが、まさか目の前のダンテがそのムンドゥスを倒していたなんて。
魔剣士スパーダの息子であるので、その実力は計り知れないものがあると思っていたが──
「うちの従業員が狙われてるんだ、俺もその悪魔探しに協力するぜ」
ダンテの提案に紫乃は嬉しい気持ちで満たされるのがわかった。スパーダの息子で魔帝ムンドゥスを倒した実力を持つダンテの協力を得られるのであれば、きっとあの悪魔を討つことが出来るかもしれないという希望の光を見出した気持ちであった。
一方、ダンテにも都合が良かった。最近、張り合いのない依頼ばかりで身体がなまっていると感じていた。ここはひとつ紫乃に協力しつつ、運動がてら悪魔退治をしてみようと思ったのである。
「よし。ターゲットも決まったことだし、次は紫乃の給料についてだ」
仕事内容は、掃除、洗濯、炊事、買い物といった家事全般。
食事に関しては特に限定したメニューはないがオリーブは使用しないこと、毎日でなくてもいいからストロベリーサンデーを作ること。買い物で使うお金は事務所側で負担するという。
そしてダンテが提示した給与について、紫乃は驚きを隠せなかった。アメリカの一般的な給与額について詳しくはないが、その額は家事をするだけなのに多すぎることはわかる。
「そんなにたくさんいただけません」
「気にすることはないわよ。私も異論はないし」
ダンテもトリッシュも率先して家事をする方ではないので、家事が得意な働き者の紫乃には正当な金額だと口を揃える。
「……お二人がそう仰るのなら……」
「よし決まりだ! 改めてよろしく頼むぜ、紫乃」
半ば押し通される形で雇用契約が成立すると、ダンテは食べかけのストロベリーサンデーに再びスプーンを入れた。
2013/04/28
2023/08/28 一部修正
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