第2話 宿泊場所


 トリッシュにより『Devil May Cry』に連れてこられた紫乃は、ダンテと名乗る男と対面した。『Devil May Cry』は、簡単に言えば便利屋だという。

「アンタ、半人半魔って言ったな? 悪魔の親はどっちだ?」

「母です」

「へえ……」

「あの……同じということは、ダンテさんも……?」

「ああ。俺も半人半魔さ」

 紫乃は小さく息をのんだ。自分以外の、人間と悪魔を親に持つ人物に会えるなんて。
 次に、隣に立つトリッシュへ視線を移す。やはり欧米人らしく、女性であるトリッシュもなかなかに背が高い。

「じゃあ、トリッシュさんも半魔……?」

「残念だけど、私は純粋な悪魔よ」

 肩をすくめて答えたトリッシュを見て紫乃は内心でわずかに気を落とした。彼女も同じ半魔だったら良かったのに、と。
 だが、ナンパ男から助け出してくれたのだ。気落ちしていてはトリッシュに申し訳ないと思い、紫乃はすぐに気持ちを切り替えて再びダンテに視線を戻す。

「で、トリッシュ。どうしてこの子を連れて来たんだ? 依頼か何かか?」

「いいえ。近くで不埒者の強引なナンパに遭ってたから声をかけたの。ここ治安悪いから一人にさせるのが心配だったのよ」

 だから連れてきたのと言ったトリッシュに、ダンテは珍しいこともあるもんだと思った。
 この事務所のある地域の治安は良くないことは確かだ。無法者が多く潜んでいるので、目の前にいる日本育ちの嬢ちゃんには刺激が強すぎるだろう。

「紫乃、夕食はどうするの? それに、今夜泊まる場所は決まったのかしら?」

「食事ならどこかで簡単に済ませるつもりです。泊まるところは……」

 紫乃は言いよどんだ。食事なら人通りの多い場所に移動すればレストランなどがあるから心配はないが、宿泊場所はまだ決めかねている状態だ。所持金については余裕があるので一般的なビジネスホテルにでも泊まれば良いし、経費節約で日本の家に戻るのも手だ。
 そんなことを考えている紫乃を見たトリッシュには宿泊場所が決まらずに困っているように見えたのか、「そうだ」とダンテに向き直る。

「ねえ、まだ部屋の空きはあったわよね?」

「ん? ああ……物置代わりに使ってない部屋があるが」

「紫乃を泊めてもいいでしょ?」

「ああ……って、何だって?」

 いつものトリッシュやレディの半ば無理矢理なお願いの時のように軽く受け流そうとしたダンテだが、トリッシュの言葉に引っかかりを覚えた。
 紫乃を泊めてもいいか──そう言ったと思う。

「い、いえ! 夕食時に突然お邪魔した上に泊まらせていただくなんて出来ません!」

「そんなの心配しなくていいわよ。ここ、今くらいの時間が開店時間だし。それにダンテ、今夜は仕事でしょう?」

「そうだが……」

「はい決まり。紫乃、夕食はピザでいいかしら?」

「え? あ、えっと……お任せします」

「OK。ああ、紫乃が泊まる部屋の掃除もしないと」

 てきぱきと話を進めるトリッシュを、ダンテと紫乃は呆気に取られながら見つめた。

(おいおい、待てよ。いきなり日本人の嬢ちゃん連れてきたと思ったら、今度は空き部屋で泊まらせろって? 出て行くのも帰って来るのも突発的な奴だが、今回は今までとは比べ物にならねぇな)

(え……えーっと……? 夕食はピザでも構わないけどデリバリーするのかしら……? というかそれよりも、ここに泊まってもいいの? ダンテさん今からお仕事みたいだし、やっぱり断った方が……)

 ダンテと紫乃はそんなことを心の中で呟いた。
 そんな二人には目もくれず、トリッシュはいつもダンテが利用しているデリバリーピザの店に電話をかけて注文を済ませてしまった。

「あの、トリッシュさん……私、泊まるところは決めてありますから……」

「駄目よ。またあの男達みたいな奴につかまったらどうするの? いい子だから、ここは素直に頷いておきなさい。ね?」

「……はい」

 優しく諭すような口調であったが、トリッシュの目はNOの言葉は出させないとでも言うかのようだった。本気で心配してくれているのだと思う。そう感じた紫乃がゆっくりと首を縦に振ると、トリッシュは空き部屋の掃除をしてくると言って二階に向かった。
 紫乃は昔から押しに弱く、相手が強引に迫ってくると断り切れず、首を縦に振ってしまうことがよくある。

「ダンテさん、すみませんが今夜泊まらせていただきます」

 深々と頭を下げる紫乃に、ダンテは正直面食らっていた。突然上がり込んだことについてではない。自分の周りにいないタイプの女性だからだ。
 トリッシュやレディは我が物顔で行動するのに対し、紫乃は彼女らに比べて慎ましい。このようなタイプと接するのは初めてといっていいだろう。
 小さくて慎ましく、純粋そうな日本育ちの娘。紫乃をじっと見るダンテの中に、ちょっとした悪戯心が芽を出した。

「泊まるのは別にいいんだが……条件付きだ」

「条件、ですか?」

「この事務所を見たらわかるが、満足に掃除が出来てない状態だ」

 紫乃は事務所内をぐるりと見回した。扉の近くや部屋の奥にはこまごまとした荷物がダンボールの中に入れて置かれている。室内は綺麗とは言いがたく、言葉は良くないが薄汚れている。

「そこでだ。泊める代わりと言っちゃ何だが、事務所内の掃除を頼みたい」

「いいですよ」

 あっさりと了解した紫乃に、ダンテは再び面食らった。

「家事は得意な方ですし、泊めていただくのでそれくらいはしないと」

 掃除のし甲斐がある事務所です、と紫乃は笑った。

「…………」

 欧米人から見た日本人は総じて実年齢より若いというが、やはり紫乃も笑うと幼く見える。その笑顔が可愛いと思った自分はもしかしてイケナイ趣向に目覚めてしまったのだろうか。
 変な悩みが生まれたダンテは紫乃に年齢を尋ねることにした。これにより、悩みが解消出来れば良いと願いつつ。

「お嬢ちゃん、いくつだ?」

「二十三歳ですが……」

 ──あ、良かった俺正常だ。
 年齢を確認出来て一安心するダンテを、紫乃が不思議そうに見上げる。その仕草が小動物っぽく見えて仕方ないダンテは、紫乃の頭に手を置いた。

「ダンテさん、どうかしたんですか?」

「いや、何でもない」

 少し力を込めて頭を撫でられたものだから、紫乃の髪は乱れてぐしゃぐしゃになってしまった。それを慌てて直して困った表情で見上げてくる紫乃が面白く、もう一度やってみると彼女は同じ反応を見せた。これは面白い。

「ま、ピザが届くまでそっちでゆっくりすればいいさ」

 そう言って、ダンテは壁際のソファーを指差す。赤い革張りのソファーは年季が入っていてくたびれているが、使い込まれていて座り心地は悪くないように見える。
 紫乃は言われたとおりに腰掛けてみればソファーはほどよく沈み、やはり座り心地の良いものだった。
 ダンテは紫乃がソファーに腰掛けたことを確認すると椅子に戻り、読みかけていた雑誌を手に取った。仕事の時間までまだ余裕はあるし、とりあえずピザで腹ごしらえだ。そう決め込み、再び雑誌を読み始めた。


2013/04/10
2023/08/23 一部修正

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