バレンタイン企画 | ナノ



『もしもし』

「あっシズ?えっとね、14日…会えないかな」

『あー…その日は仕事入ってんだ。……悪ぃ』


電話の向こうから静雄の申し訳なさそうな声が聞こえ、私は見えるわけでもないのに携帯電話を持った手とは反対の手をブンブンと振った。


「うっ、ううん!じゃあ、仕方ないね」

『何か用があるのか?』

「まぁ、あるにはあるんだけど…。大した用じゃないし、いいよ」


嘘つき。
本当は、すごく大切な用事があるのに。

一目惚れ、だった。
高校の時、隣の席に座ったサラサラの金髪。少しでも仲良くなりたくて、私は彼のことをシズと呼ぶことにした。彼の中で、私がほんの少し特別になれるように。

シズはいつも喧嘩ばかりで、制服はボロボロだし体に傷をつけてくることもあった。だけど授業中にうたた寝している幼い顔や、時々見せる優しさが、眩しくて。
私は成績も運動も並で、スタイルがいいわけでも特別美人なわけでもない、平凡な人間だったから。だから、少しでもシズの特別になりたくて。


『…いや。やっぱり会う。仕事の休憩時間教えるから』

「えっ…無理しなくても、」

『大した用じゃないんだろ?それに…よく考えりゃ14日、だしな』


照れ臭そうな、期待しているような最後の一言に、私は「ああやっぱり」と心の中で自嘲した。
高校時代から毎年バレンタインはあげているから、きっとシズは今年もチョコを期待しているのだ。ただ単に、チョコだけ、を。その、年に一回のイベントに、私がどれだけの思いを込めているかなんて知らずに。


「(やっぱり、私だけなんだなー…)」

『なまえ?』

「へ?あっ、了解!」

『おう。じゃあ、また連絡するな』


電話を終えたあとに、少し後悔した。約束を、してしまった。バレンタインの日、今までとは違う決意を胸に秘めて。でも、もう、後戻りはできない。



作ったのは、甘さ控え目のガトーショコラ。それはほんのり苦い大人の味。そして、今までの関係を決別する味。


「……よしっ」


シズに対して卑屈になってた私の、精一杯の勇気を、今日渡そう。
ガトーショコラとは正反対の真っ白な箱に詰めて、ぎゅっと目を瞑ったあと、シズから連絡が来た休憩場所に向かった。


「悪いな。待ったか?」

「ううん。今来た」


ありきたりなセリフを交わしながら、シズがちらりと膝に置いた紙袋を見たことに気付いた。やっぱり、これが楽しみだったんだ……。
くじけそうになる心を必死に励ましながら笑顔を作る。


「シズはもう分かっちゃってるみたいだけど…これ。今年のバレンタイン」

「おう。毎年サンキュな」

「あとね、もう一つ用事があるの」


シズは笑顔のまま「なんだよ」と首を傾げた。握った手に力をこめる。


「あのね、そのチョコ…本命なんだよ」

「は…?」

「好きなの。シズが」


言ってしまってから、私は視線を落とした。
シズは私の言葉を聞いた瞬間に固まってしまった。握った手が痛い。
シズからの返事が無くて、思わず逃げ出したくなる足を押し留める。恐る恐る視線を上げると、マフラーの中で真っ赤になっている顔が見えた。
それを見て、私の顔にも一気に血が上る。


「ごっ、ごめん!迷惑だよね、いきなりこんな…」

「──じゃない」

「え?」

「迷惑じゃない」


きっぱりと言い切ったシズはさっきよりも顔が赤い。
そしてずい、と一歩私に近づいた。


「お、れも」

「シズ、」

「俺も、なまえのこと好きだ」


今度は私が固まる番だった。
シズの言葉がすんなり頭に入ってこない。今、なんて…。
そんな私の心を読んだように、シズは私の手を取ってもう一度言った。


「好きだ、なまえ」


シズの手は熱い。私の手も、じんわりと熱を持つ。
まっすぐとこちらを見つめるシズにくらくらする。もう、頭ははっきりと理解していた。私は、受け入れてもらえたのだ。


「良かっ…私、本当は高校の時からずっと好きで…」


うわ、なに変なこと言ってるの私!そんなこと言ったら絶対引かれちゃうよ…!
シズは紙袋を持った手で顔を隠すと「マジか…」と呟いた。やっぱり引いてる!どうしよう…。


「俺もだ……」

「…へ?」

「俺も、高校ん時から好きだった。だからバレンタインにチョコ貰った時、すげぇ嬉しかったんだ。けどずっと義理だと思ってて…。それによ、俺力強ぇし喧嘩ばっかしてたし、お前には釣り合わねぇと思って、こ、告白…もできなかった」


信じ、られない…。シズも私と同じ、だった?
自分に自信が無くて、自分が相手に釣り合うはずないと、決め付けて。

……なんだ。私たち、すごく遠回りしてたんだね。


「本当に、好きだったの?」

「好きじゃなきゃ毎年バレンタインチョコを楽しみにしねぇし、ホワイトデーにお返しなんかしねぇよ」

「そっかぁ…」


はふぅ、と白いため息をつく。シズは私の手を握ったまま身を屈めると、おでこに軽くキスをした。冷めた頬が瞬時に熱を取り戻す。
そしておでこに自分のおでこをこつん、とぶつけて、嬉しそうに笑った。


「ありがとな」


私は言葉の代わりに、使いきったはずの勇気を絞りだして、その唇にキスをした。






触れ合う距離の
遠回り


「うまい…けど苦い」
「今年は甘さ控え目だから」
「もっと甘いの作って。……来年、は」
「…うん!」






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自分に自信がなくて、一方通行だと思ってたらまさかの両思い…。ちゃんとリクエストにお答えできていたでしょうか(汗)。
静雄は意外と奥手のような気がします。でも「好き」を伝えるときはド直球と言う…(笑)。

ゆんさま、ありがとうございました!