幼馴染みであるなまえは、俺のマンションに来るなりこう言った。
「静雄さんにチョコを作りたいの!」
……しばしの沈黙。
あぁ、そういうことか。
今日の日付を思い出して納得する。今日はバレンタイン前日、だもんね。
「…で?」
「だから、どんなのがいいかなって」
「なんで俺なの?」
「素敵で無敵な情報屋さんは、静雄さんの好みも知ってるでしょ?」
正直に言うと全力でお断りしたい相談内容だけど、相手は他でもないなまえだ。断るわけにもいかず、結局リビングで天敵の好みについて話し合うことになった。
「シズちゃんは甘いのが好きだから、チョコはビターよりミルクの方がいいと思うよ」
「なるほど…。カップケーキ系とホールケーキ系だったらどっちがいいかな」
「んー…シズちゃんのことだからパクっと食べられる方がいいんじゃない?」
「そっか。じゃあチョコマフィンにしようかな!」
ぽん、と手を合わせてなまえは楽しげに笑った。ああムカつく。その顔をさせているのが、俺じゃなくてあの化け物だなんて。
「(材料の中に毒でも入れてやろうか…化け物でも流石に死ぬだろ)」
なんてことを考えながら今度はパソコンでレシピ探し。そこで一つの問題が浮上した。
材料が足りないのだ。ほとんどの材料が揃っている俺の冷蔵庫でも、お菓子作りに使う無塩バターや、純ココアなんてものは置いてない。何よりチョコレートが無い。
「買いに行ってくるか…」
「あ、じゃあ私行くよ?」
「なまえは新宿に慣れてないんだから迷子になるだろ」
怒ったような申し訳ないような面白い表情をするなまえの頭を撫でて、一人マンションを出た。あいつのことは考えるな。なまえのため、なまえのためだ。
そう思いながらなんとか心を落ち着けて買い物を終えた、のに。
「なーんでこんな所にいるのかなぁ、シズちゃん?」
なんたる偶然なんたる皮肉。帰宅途中の目の前には、忌々しい金髪のバーテン姿が立っていた。
いつも俺が言われているセリフを投げ付けてやると、シズちゃんは「仕事だ」と青筋を立てながら言う。
「…どうでもいいけどさ、俺このあと用事あるから早く帰りたいんだよね」
「手前の予定なんざ知ったことか」
「そういえば明日何の日か知ってる?」
「あ?んだよいきなり…」
俺の突然の問いにシズちゃんは拍子抜けしたようだった。目をぱちくりさせるが中々答えが返ってこない。
マジかよ…こいつマジで分かってないのか?
こんな奴になまえが好意を抱いていると思うと、すごくイライラする。なんでこいつなんだ。俺の方がずっと傍にいてなまえのことなら何でも知ってるのに。
「…シズちゃんなんか毒入りのチョコマフィン食って死ねばいい」
「あ"ぁ!?」
それでリミッターが外れたらしい。近くにあった街灯をひっこ抜くと俺に投げ付けてきた。どこまでも面倒な奴!
その後もポストやらミラーやらを投げられながら、やっとシズちゃんを撒いた俺は苛立ちと疲れでぐったりしながら自宅に帰った。
「おかえり。遅かったね」
「あぁ…途中でちょっと仕事が入っちゃってね。寄り道したんだ。ごめん」
出迎えてくれたなまえに少しは機嫌も直った俺は、テーブルに買ってきた材料をがさりと置いた。
「……多くない?」
「多くないよー」
できたマフィンの数は10個。え、これ全部シズちゃんに渡す…の?
笑顔を貼りつけたまま変な汗をダラダラ流していると、なまえは3個だけ取ってラッピングの袋に入れた。
「これが静雄さんの分」
「は?」
「で、この2つがお父さんの分。あとは臨也の分!」
残った5個をずいっと俺の方に寄せて、なまえはにっこりと笑った。頭にはてなマークを浮かべる俺に、なまえはぱちんとウィンクする。
「一番お世話になったのは臨也だからねー。それに、バレンタインだもん。臨也に渡したっていいでしょ?昔から渡してるし…。一日早いけど、ハッピーバレンタイン、臨也!」
満面の笑みを浮かべるなまえに、拍子抜けした。戸惑いながらもありがとうと受け取ると、なまえはソファから立ち上がった。
「それじゃあ、私帰るね。今日はありがと!」
「どういたしまして……送るよ」
「ううん、大丈夫!ばいばい」
なまえによって閉められた玄関のドアを見つめた後、壁に寄り掛かってずるずると座り込む。
まだ微かに香る、甘い匂い。
「…まったく、甘いなぁ」
俺の呟きを聞いたのは、テーブルに残されたチョコマフィンだけ。
そんな君の甘さに溺れる「静雄さん!チョコマフィン作りました!」
「なっ…チョコマフィン!?」
「どうして後退るんですかあああ!」
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シズちゃんのことが好きなのに、臨也にも無自覚に好意を振りまく夢主に臨也も参ってます。というお話でした←
腹黒な臨也さんおいしいです!素敵なシチュエーションありがとうございました!
南成美さま、ありがとうございました!