「人ラブ!俺は人間が好きだ!愛してる!」
情報屋、折原臨也は今日も懲りずに人間への愛を叫ぶ。けれどその言葉は部屋にこだまするだけで、人間から返ってくることはない。
高級な革張りのソファで紅茶を飲みながら、私はその愛の言葉に耳を傾けた。
「弱いくせに優しくて、優しいくせに臆病で、臆病なくせに自尊心が高い、そんな人間が大好きなんだ!様々な人間が入り乱れる姿は実に興味深くて愛らしい」
二階ぶち抜きのマンションから街を見下ろす臨也の気持ちは、いつもよくわからない。意気揚々としているのは確かなのだけれど。
でも私は、優秀な秘書のように冷たく蔑んだり、貶したりはしない。
「ははっ!ねぇ、見てよなまえ。この拮抗した勢力図!これから面白くなるよ」
「そうだね」
ただ彼は、純粋に楽しんでいるだけだから。人間という愛の対象を観察して、楽しんでいるだけ。
でも、一つ問題をあげるとするならば──。
「さて、これからどうしようか。この駒を動かしたらもっと面白くなりそうだなぁ」
彼はまさに特徴的な盤上に並ぶ駒のように人間を扱う。愛ある行動とは程遠いその行動は、容易に人を傷付ける。
無邪気に玩具で遊ぶ子供。でも玩具を大事にしているわけじゃない。時には中の構造を知るために壊してしまうような、でもそれさえも楽しんでいるような、危険な純真さを臨也は持っている。
「臨也」
「なんだい?」
「今日は何の日か、知ってる?」
キッチンに移動して、鍋でミルクを温めながら臨也に尋ねた。臨也は盤上から私へと視線を移す。
「知ってるよ。今日はバレンタインデーだ。朝からお菓子業界の策略にハマった女の子たちを見てると滑稽で微笑ましいね」
その後も、バレンタインデーのうんちくを並べる臨也に適当に相槌を打ちながら、ミルクにチョコレートを割り入れ、マシュマロを入れ、ほんの少しブランデーを入れ。
彼のお気に入りのマグカップに注げば、もう甘い匂いは部屋中に漂っていた。
「……君も策略に踊らせているとは、驚きだ」
「嬉しくない?」
盤上の隣にコトリとマグカップを置けば、臨也はまさか!と肩を竦めた。
「嬉しいよ。元は商品売上の為の企業側の政策だとしても、この行事があることによって男は女からの愛を実感できるからねぇ」
ならば臨也は私からの愛を実感しているのだろうか。
それは、ちょっと違う気がした。
彼にとっては私も等しく『人間』なのだ。全人類の中の一人。たまたま彼の傍にいるというだけで。
「ねぇ、臨也」
「どうしたの」
「嬉しいなら、どうして飲まないの」
臨也の笑顔が、一瞬固まる。ホットチョコレートから上る湯気が揺れた。
「……ふふ。やだなぁ、心配しなくても今から美味しくいただくよ」
そう言って臨也はマグカップを手に取った。こくり、と男性にしては細い喉が鳴る。
私は、ただ黙って臨也の隣に座った。
「……美味しいよ」
「そう」
「あったかい、ね」
「できたてだもん」
パタン、と盤上の駒を倒す。
パタン、パタン。
駒が次々と倒れていくのに、臨也は何も言わなかった。
ふ、と息を吐いてマグカップを置くと、目線を落としたまま臨也は口を開いた。
「ねぇ、なまえ」
「なに?」
「君は、俺を愛しているのかい?」
臨也の横顔はまるで小さな子供のよう。普段は飄々として本心を隠している顔は、今は不安を映していた。
パタン。最後の駒を倒す。
「愛してる」
「そ、う……」
常に愛の一方通行をしている臨也は、愛され方をよく知らないのではないかと、考えた時期があった。あながち外れてもいなさそうなその考えも、今じゃ頭の隅に申し訳程度に置いていただけだったのだけれど。
「臨也、」
名を呼んで、頬を手の甲で撫でると、少しだけ睫毛が震えた気がした。キシ、と椅子が小さく鳴く。私が立ち上がって、臨也の頭を抱きしめたからだ。
「あなたが人間を愛しているのは、知ってるから」
「……」
「だから、不器用でいい、なんとなくでいい。…あなたへの愛を、感じて」
臨也は黙って私の腕を掴んだだけだった。引き寄せようとしたのか、引き離そうとしたのかはわからない。
でも私が離れた時に少し寂しそうな顔をしたから、前者だったと私は信じたい。
「……いい香り。私も飲もうかな」
「えー、俺限定じゃないの」
「残念。まだチョコレートは残ってるから」
「じゃあまた作ってよ。明日も飲むから」
そう言って笑う臨也の表情はもういつも通りだった。もう私には、彼の気持ちはわからない。臨也がこれからどうなるのかも。
もし臨也がこのまま人間を愛し続けて、壊れてしまったとしても。
どうか気付いてと。あなたを愛する人は傍にいるのだと。
あなたへの愛をホットチョコレートの甘さに溶かしたことに、どうか気付いて。
気付かないだけで幸せは、すぐ傍にある。
◆◆◆◆◆
む、難しい…!微妙な距離感を出せていればいいのですが(汗)
臨也にとっての幸せは、傍に誰かいてくれることだと思います。誰かがいて、自分を愛してくれる。家族や友人がいれば当たり前に感じることのできる愛情を、果たして臨也は感じられているのか?と考えた時にそこに行き着きました。
だからそのことをテーマに書いたのですが…上手く表現できているでしょうか?汗
櫨さま、ありがとうございました!