「ただいま」
「おかえり。遅かったね。雨降ったけど大丈夫だった?」
「ああ……濡れた」
え?
その割に全然濡れてないんだけど……。
バイト先からいつもより遅く帰ってきた津軽を見て首を傾げる。
今日の朝突然にわか雨が降りだして、津軽濡れてないかなーなんて心配したんだけど。…どういうこと?
「乾かしてきた」
「……はい?」
「全身ずぶ濡れだったから、外歩いて乾かしてきた」
「はあ!?」
思わず大声を出してしまった。いやいや津軽さん、確かに雨はすぐやんでその後晴れたけれども!なぜ歩いて乾かすという思考に至ったんですかこの天然さんめ!!
「津軽おかえりー!!!」
私が唖然としていると、2階からサイケがドタドタと駆け降りてきて、津軽に抱きついた。瞬間、私はまた唖然とする羽目になる。
「えっ……津軽?」
「サイケ、悪い」
いつもはサイケがどんなに強く突進しても受け止める津軽が、サイケが抱きついた瞬間、グラリと揺れて尻餅をついたからだ。
ん、あれ?心なしか顔が赤いような気が、する。
んん?これはもしかして。
「と、とりあえずお風呂入りなさい!」
「お風呂?おれも入る!」
「サイケは駄目。ほら津軽、着替え持ってきてあげるから」
なんでダメなの?と頬を膨らませるサイケを宥めながら、津軽を風呂場に押し込んだ。
ピピッ、と電子音が鳴った体温計を差し出されて見てみると、その小さい画面には38.5℃とはっきり映し出されていた。
電源を切りながら、無理矢理ベッドに寝かせた津軽を見て、はぁ、とため息をつく。
「完璧風邪だね」
「風邪……」
「ずぶ濡れになって服が乾くまで外にいたら風邪引くに決まってるでしょ」
ぺちりと津軽の額を軽く叩くと、その額はもう汗をかいていて、じんわりと熱を持っていた。
「ちょっと待ってね。今タオル持ってきてあげるから。冷えピタあったかな……」
ぶつぶつ呟きながら部屋を出ると、泣きそうな顔のサイケが立っていた。そういえば私が風邪引いた時も泣きそうになってたっけ。
「なまえ、津軽は……?」
「ただの風邪。寝て食べて薬飲めば治るよ。ただ、今日は一緒に寝れないね」
「そんなぁ……」
「津軽は静雄の部屋に寝かせてるから、今日は静雄とダブルベッドで寝てね」
「うー…、………うん」
「いい子」
頭を撫でてやればサイケはしゅんと俯いた。ほんとに津軽のこと、好きなんだなぁ。
それから薬を飲ませて、おとなしく寝てるよう強く言い聞かせた。だって起き上がって「晩飯作る」とか言い出すんだもん。
津軽以外のみんなで晩ご飯を食べ終わると、私は土鍋とコップが乗ったお盆を持って2階に上がった。
「ちゃんと寝てたね。よしよし」
「……ん」
「具合はどう?お粥、食べれそう?」
「ああ」
私が風邪をひいた時、津軽がお粥を作ってくれたから、今度は私が作った。土鍋から茶碗によそって、蓮華を津軽の口まで持っていくと、津軽はきょとんとした顔で私を見た。
「ん?」
「俺、一人で食えるぞ」
「いーのいーの。ほら、口開けて。あーん」
催促すると津軽は黙って口を開けた。うんうん、素直でよろしい。
静雄にしてもらった時、恥ずかしかったけどすごく温かな気持ちになったから。何というか、黙って甘えられた気がしたから。
そして津軽は、めったに甘えないから。
少しは喜んでくれるかな。無意識に甘えられるかな、なんて思って。
「おー完食。偉い偉い」
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした。はい、薬飲んで」
薬を飲んだ津軽に掛け布団を掛けながら、今更ながらに問いかけた。
「なんで真っ直ぐ家に帰ってこなかったの?」
津軽は割と常識があるから、雨に濡れても真っ直ぐ家に帰ってシャワーを浴びればいいくらい分かるはずだと思ったんだけどな。
津軽は少しの沈黙のあとにぼそりと呟いた。
「家ん中、汚すと思って」
「は?」
「濡れたまま帰ったら、家ん中汚れるから」
あまりにこう…拍子抜けするような理由だったから、私は一瞬呆けたあと、また津軽の額をぺちりと叩いた。
「…………バカ津軽」
「バカ?」
「天然通り過ぎてバカだよ!全く、そういう所も静雄そっくりなんだね」
はあ、と呆れたようにため息をつくと、津軽がベッドの中ではてなマークを浮かべた。……可愛くなんかないぞ。
「じゃあさ、津軽は買い物の帰り道、サイケがずぶ濡れになったらどうする?」
「…急いで家に帰って、風呂入れて着替えさせる」
「だよね?なんでそれが自分にできないかな。津軽はさ、気遣いすぎだし我慢し過ぎなんだよ」
「そうなのか?」
「うん。自分じゃわからないくらいにね」
「そうか……」
そう一言呟くと、津軽は何かを考えるように天井を見つめ、そして不意に口を開いた。
「…ごめん、なさい」
「え?」
「なまえに怒られたから、謝る。もう今回みたいなことしないから」
「え、う、うん」
……さっき真面目過ぎるって言うの忘れたな。
なんて考えて、思わずくすりと笑みが零れた。
「なんだ?」
「ううん。でも、うん。津軽のその性格とか行動は、みんなのことを思いやってのことなんだよね。津軽は、本当に優しい子だよ。…だから、もう少しわがままになっても、いいんだよ?」
そう言ってふわふわの髪を撫でてあげると、津軽はじっとこちらを見つめた。
「わがまま、か……」
「ん?」
「、なまえ」
「なに?」
「俺、その、頭…撫でられるの、好き、だから……もう少し、このままが、いい…」
津軽はいつもの彼からは考えられないほどにたどたどしく言葉を紡ぐと、布団を引っ張って顔を隠してしまった。
……可愛い。これは破壊力抜群だよ津軽。
そんな場違いなことを考えながら、私はいいよ、と返事をして津軽が規則正しい寝息を立てるまで出来るかぎり優しく頭を撫で続けた。
風に誘われた
ワガママあなたはいつも、
頑張り過ぎるから
▽▽▽▽▽
連載番外編で津軽夢でした。
何というか土下座したい気分です…。上手く書けなくてすみません!
津軽は堅物もいいところ、夢主も言っている通り、基本天然ですがたまにバカです(酷)
子猫では面倒見の良いお母さんみたいなお父さんみたいな彼ですが、たまには甘えさせてしまえとこのようなお話になりました。
茜さま、リクエストありがとうございました!