「なまえさん」
「なに?あ、シズ、そこに置いてある書類取って」
「…はい」
「ありがと。…あー予算キツイかな。で、何だっけ」
「いや、やっぱなんでもねぇ…っす」
ここ、家の中だよな。
そう確認したくなるくらい、なまえさんはあくせくと"働いて"いた。
ローテーブルの上には書類やら本やらが乱雑に散らばっていて、さっきからなまえさんはノートパソコンとにらめっこをしている。
「(隈、できてる)」
よく見ると、目の下にはうっすらと隈ができていた。
なまえさんは俺の3つ年上。とにかく働く人で、バリバリのキャリアウーマンだ。
この人が死ぬとしたら、きっと書類の山に埋もれて死ぬんだろうな、なんて最初は他人事のように思っていたが、付き合ってからはそんなに軽く思えなくなった。
過労死なんて絶対にさせてやんねぇ。適度に休むことも必要だと言いたいのだが、先ほどのようにあんなに必死に仕事をしているのを見ると口出しできないというか。
「コーヒー、飲みますか」
「うん。ブラックでお願い」
そう言うものの、なまえさんは苦いものが苦手なことを知っているので、角砂糖一個をこっそり入れてやった。
「ん、」
「ありがとう」
そう言ってなまえさんは俺の頭を撫でた。これは、結構好きだ。時々こうして触れてくれる優しさがあるから、彼女の部屋にいて彼女が仕事しかしてなくても、幸せな気持ちになれる。
「この企画書が終わったら、どっか遊びに行こっか」
「!…はい!」
「よーし、シズの為にも頑張らなきゃ」
正直これ以上頑張って欲しくはない。が、久しぶりのデートのお誘いに浮き足立った俺はそれを言うタイミングを逃してしまった。
『シズ、何か食べたいものある?』
電話越しに聞いた声は、いつもより少し明るかった。唐突な電話の内容に若干戸惑いながらオムライス、と答えると、30分もしない内になまえさんがアパートに来た。
「(隈が、……)」
「ほらこれ。オムライス、作ってあげる」
そう言ってスーパーの袋を提げたなまえさんは、台所借りるねー、と軽いノリで部屋に上がった。
台所から聞こえる包丁の音を聞きながらテレビを見ていた俺は、いてもたってもいられずに台所へ向かった。
「なまえさん」
「んー?まだオムライスはできないよ」
「何か、あったんすか」
ぴたりと包丁の音が止む。同時になまえさんの表情も固まった気がした。
「な、なんで?」
「無理して笑ってるように見える」
いつもより明るい声に笑顔なのに、それを無理して作ったように感じたから。
前に見た黒い隈が、赤い腫れに変わっていたから。
「……」
「なまえさん?」
「企画書、通んなかった」
なまえさんは顔を俯かせて、ぽつりと呟いた。
「シズのために頑張ったんだけどさ、一部データ入力にミスがあって、そこから芋づる式にミスが重なって……案の定、即却下」
その肩は小さく震えていて、その声は弱々しくて。
いつものなまえさんからは想像もできないような姿に、俺は少し驚いた。
「すごく悔しくて、悲しくて、そしたら、シズに会いたくなったんだけど、いつも仕事ばかりで彼女みたいなことしてあげてないのに、ただ慰めてもらうのも、勝手だと思って、だから「もう、いい」
ぽすりと、小さいなまえさんを腕の中に収めると、ビクリとなまえさんが震えた。
「…悪い、なまえさん。不謹慎かもしれないけど、俺、今すげぇ嬉しい」
「え…?」
「なまえさんは落ち込んで、俺に会いたいって思ってくれたんだろ?」
なまえさんは戸惑いながらも小さく頷いた。
「それってさ、俺がなまえさんの支えになれてるってことだろ」
「そんなの、あ、当たり前……」
「正直、なまえさんはいつもバリバリ仕事してて、俺なんかいなくても生きていける人だと思ってた」
「そんなこと、」
「ああ。そんなことなかったんだ。だから、嬉しい」
夜も寝ずに仕事して、でも俺にいつも笑いかけてくれるこの人は、本当に俺には近くて遠かったから。
「なぁ、知ってるか?」
「な、何を?」
「俺、今まで一回も、なまえさんに『頑張れ』って言ったことないんだぜ」
「だってなまえさん、いつも頑張ってるもんな」
なまえさんが俺の腕の中で息を呑んだ。それから俺の服をきゅうっと握って。
「……シズ」
「なんだ?」
「泣いても、いいかな」
「当たり前」
そう言って頭を撫でれば、堰を切ったようになまえさんは泣き出した。流れる涙はとても綺麗で、ああ俺はやっぱりこの人に惚れてるんだなと実感した。
「普段頑張ってんだから、落ち込んだ時くらい、弱いとこ見せろよ。落ち込んだ時も頑張ってどうすんすか」
「うん、そうだね…。ありがとう、シズ」
デートなんかしなくていい。こうしてたまに、寄りかかってくれるだけでいい。ちゃんと、受け止めるから。
「……ふぅ。ごめんシズ、服汚した」
「いいっすよ、こんくらい」
「よし、明日からまた頑張ろう」
「えっ、あんまり頑張り過ぎるのも……」
「その代わり、私が頑張り過ぎてボロボロになったらシズに遠慮なく抱きつくからね」
「……いつでもどうぞ」
心からの笑顔に俺も笑いながら、また頭を撫でようとしたら、なまえさんの方が先に俺の頭を撫でた。
「ありがとね、シズ。……よし、今日はデザートにプリンも作ってあげる」
「デザートならプリンよりなまえさんがいいでぶふッ」
痛い。いや痛くはないがなまえさんのパンチは特別だ。
「…………いいよ」
「へ」
「シっシズがいらないなら別にプリンでも…!」
「いや、いる。食べる」
「そんな意志の強い目をされても……」
ため息をついたなまえさんを引き寄せキスをして、俺は一足先にデザートを味わうことにした。
ただ、隣にいるだけで心が安らぐの
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オチが……!←
頑張る女性…こんな感じでよろしかったでしょうか?汗
静雄は年上女性が好みのようなので、キャリアウーマンな年上夢主にしてみました。
頑張って疲れない人はいないんですよ。平気そうに見える人はそう見えるだけで。静雄はそこら辺に敏感であって欲しい。もう野性の勘でもいいから(笑)
黒野さま、リクエストありがとうございました!