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壊された籠





ガサガサと草やら枝やらを掻き分けると、こんな場所には相応しくない、派手なドレスが目についた。


「やっと見つけましたよ……お嬢様」

「あら、見つかっちゃった」

「また一人で出歩いて…!」

「まあまあ堅いこと言わない。それより、二人きりの時は名前で呼べって言わなかったっけ?」


じとりと睨まれる。いや、本来ならば怒るのはこちらの方なのだが。

俺は、敷地内に森まで入っちまうほど大富豪のみょうじ家に執事として仕えている。執事と言っても、もっぱらみょうじ家のご令嬢の世話係のようなものだ。

そしてそのご令嬢が、目の前にいる、こいつ。


「しかしお嬢様…」

「もういいわ。静雄なんか知ーらないっ」


そう言ってまた彼女は森の奥へ歩き始めた。……全く、わがままなお嬢様である。

ただ、彼女にも少し不憫だと思うところがあった。
権力争いのためにあのバカでかい屋敷に閉じ込められ、地位を維持するために必死な両親は娘と共に食事もせず、顔を見に来ることさえない。

それはさながら鳥籠の中の鳥、箱庭の中の人形のようで(もっとも、屋敷を抜け出している時点で完全に閉じ込められているわけではないのだが)。

俺はその狭い枠組みから出してやりたいと思う度に、自らの立場を考えて諦めていた。


「お嬢様!どこへ、」

「どこだっていいでしょう?静雄が名前を呼んでくれるまでお屋敷には戻りませーん」

「はぁ……、……なまえ」


仕方なく名前を呼ぶと、なまえはドレスの裾を翻してくるりとこちらを向き、無邪気な子供のように嬉しそうに笑った。

本当に、困ったものだ。
これだけ諦めようとしているのに、



俺は、このわがままなお嬢様に惚れているのだから。











ある日、旦那様の使いで一人街へ出掛けた。仕事を終え、ふと目を向けた先には女物のアクセサリーが並んだ店。

あいつ、あんま世間のこと知らないからな。なんか街のもの買って行ったら喜ぶかな。
そう思い、俺はそのアクセサリー屋に立ち寄った。







「は…?どういうことだ?」

「ですから、お嬢様がお昼前からお帰りにならないんです」


メイドが困惑したように話す様を見て、頭がガンガンと揺れた。時刻はもう夕方だ。あいつがこんなに長い時間出歩いたことは、ない。


「他の者たちも探しに行っているのですが……」


メイドが言い終わらない内に、俺は森に向かって走り出していた。後ろで何やら叫んでいるが気にしている暇はない。


「(頼むから、無事でいろよ…!)」


いつもあいつが通る道を進んで行く。途中あいつを捜し回る使用人に会ったが、まだ見つからないとのことだった。

どこだ、どこだ、どこだ…!

ガサガサといつもより乱暴に草木を掻き分けながら進むと、木の枝に赤い布が引っ掛かっているのを見つけた。これ、今日あいつが着てたドレスの…!


「っ、お嬢様!いらっしゃるなら返事をしてください!」


周囲に向かって呼び掛けるが、返事は無い。と、布が引っ掛かっていた木の下にまた布が落ちているのを見つけた。そこは急な坂になっていて。


「もしかして……」


考えるより先に、その坂をゆっくり下る。すると、その坂にぽっかりと穴が開いていて、そこには手に持った布と同じ色のドレスが。


「お、嬢様…!」

「あら、見つかっちゃった」


いつもと同じ台詞を返したが、どこか不機嫌そうな顔をしたなまえが、そこにいた。


「どうしてこんな所に……というか、さっき俺が呼び掛けたときどうして答えて下さらなかったのですか!」

「………」


むぅ、と頬を膨らませてなまえは目を逸らした。
どうしてなまえは不機嫌なんだ。だが今回ばかりは俺も譲れない。


「怪我をしたんですか」

「……」

「したんですね?だからいつも一人で出歩くなと言っているでしょう!」

「……名前」

「え?」

「静雄が、名前を、呼んでくれないから」


さりげなく足首をさすりながら、なまえがぽつりと呟いた。
な、まえ……。なんだ、そんなことでこいつ、返事しなかったのかよ。


「そんなことを言ってる場合ですか!」

「そんなことじゃないよ!……でも、今回は特別に許してあげる。だって、」



静雄は、ちゃんと私を見つけてくれたもの。



そう言ってくすりと笑ったなまえに、思わず脱力してどっかりと座り込んだ。


「俺が、どれだけ心配したと……」

「…ねぇ静雄。執事としてのお小言なら後でちゃんと聞くから。だから今は、"静雄"の気持ち、聞かせて?」


本当に、こいつは…!

俺の顔を覗き込むなまえを引っ張って、俺の腕の中に閉じ込めた。


「……あんま、心配かけさすな、バカ」


バカは余計だと言ったなまえを俺の胸に押しつけて黙らせる。


「お前がいなくなるたび、俺がどんな気持ちで探してるのか知ってんのか。すごく心配で、胸が苦しくなるんだぞ。お前が永遠にいなくなったら、俺は……」

「俺は?」

「……」

「静雄」


惚れた弱みってやつか、俺はこいつに勝てる気がしない。


「お前が永遠にいなくなったら…俺は、生きていけない」


ぎゅう、と更に強くなまえを抱きしめる。きっと俺、今すげぇ恥ずかしい顔してるだろうから。


「ずいぶん熱い告白だね、静雄くん」

「うるせぇ…」

「でも、」


なまえは俺から体を離して、俺をまっすぐ見た。


「ありがとう」


ふわりと。いつもは子供のように笑うのに、時々こうして上品に笑うから。

心臓が脈打つのを感じながら、ごまかすようになまえを抱き上げた。


「ねぇ静雄」

「なんだよ」

「一人で出歩いちゃダメって言うけど、こうして静雄と一緒ならどこに行ってもいいよね?」

「は?」

「いつか、私を連れ出してね。王子様」


ちゅ、と頬に柔らかい感触と音が響き、その発言も相まって思わずなまえを落としそうになった。


「ぅわっ、ちょっと、レディを抱いてるんだからしっかりしてよね!」

「うるせ…!レディは森を歩き回って怪我なんてしねぇんだよ」

「まぁ失礼!」


全く、本当にわがままお嬢様だ。





そう思いながら、頭の中ではいつこのお姫様を連れ出してやろうかと考えている俺がいた。






壊された籠

「これ、街に行った土産」
「指輪……婚約指輪!?」
「ちっ、違ぇよ!」
「違うの?」
「〜〜〜っ!!」









▽▽▽▽▽
ちゃんと執事パロできてるのか果てしなく不安です。すみません!
せっかく執事という設定をいただいたので、静雄にお嬢様と呼ばせてみました。たどたどしい敬語を使う静雄もいいですが、ちゃんと執事やってる静雄もかっこよくないですか…ね?汗

壱架さま、リクエストありがとうございました!