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俺は極限に疲れていた。3日はろくに寝ていない。ある組織から依頼を受けたのはいいものの、思った以上に複雑で面倒なものだった上に、今まで通りの情報収集に励んでいたのだから自分で自分を誉めてあげたいくらいだ。

今回ばかりは秘書も小言を漏らさなかったというのに。



「(最後の最後であいつに会うなんて)」



依頼されたモノと情報を持って取引場所に向かった。それが池袋だったんだから出かける前から気分は萎えていたんだけど。



「ご飯作って待ってます!いってらっしゃい」



なんて笑顔で言われたら少しは元気も出て、無事に取引も終えて気分良くマンションに帰ろうとした。のに、なぁ。



「何しに来たんだぁ?臨也くんよぉ?」



思い出しただけで胸糞悪い。本当にあの男は俺の邪魔しかしてくれない。逆に誉めたくなるよ。

そんな訳で疲れた体と精神を引き摺りながら俺は今自分のマンションの前にいる。



「寝てるかな……」



時刻は深夜を回っている。あいつの所為だ。鬼ごっこなんかしてる暇は無かったのに。

一緒にご飯を食べて、今日は一緒に寝ようと思っていたのだけれど。頑張った自分へのご褒美として、ね。



「(…ん?)」



部屋に入ると、まだリビングの電気が付いていた。まさか、起きているのだろうか。



「空……?」



玄関の扉が立てる音に何も反応が無いのを不思議に思って名前を呼ぶけど、やっぱり返事がなくて。

小さな呼吸が聞こえたソファを背もたれから覗き込むと、そこで横になっている空を見つけた。

テーブルの上にはラップをかけた皿がいくつも乗っている。それに、茶碗とお椀が二組、並んで置かれていた。



「もしかして、食べずに待ってた…のか?」



最近、仕事のせいで余り話さなかった。俺も何か心苦しいと思っていたが、寝る間も惜しんで仕事している状況で彼女とゆっくり話すことなんてできなかったわけで。

彼女も、今日は久しぶりに俺とゆっくり過ごしたかったのかもしれない。なんて、俺の自惚れかもしれないけど。



「ごめんね」



そう言って着ていたコートをかけてあげた。何もかもが白い彼女には、俺の真っ黒なコートは対照的で、その白さがますます際立って見える。

もぞ、と少しだけ彼女が身じろぎをした。



「ぅ、ん…いざゃ、さん…」





















「す……き…」





















そう言ってぎゅうっと俺のコートを握り締める彼女に、俺は絶句する。

いま、なんて言った?すき?好きって言ったよな。いや待てそれはライクなのかラブなのか分からないじゃないか。でもどっちみちそんなことされたら。

────プツン

理性が切れる音を、初めて聞いた気がした。

俺の疲れ切った体は、あろうことか欲情していたのだ。



「ん…?い、ざやさん?」



気が付くと俺は彼女に覆いかぶさっていた。嫌なほどに心臓の音が聞こえる。
本能に身を任せておきながら、頭の中で冷静に心臓の音を聞いている自分がいる。いや、冷静でいられる訳がない。

彼女が飛び込んできた時からもう心は奪われていた。その青い瞳を持つ彼女が好きになった。白い肌も、青い瞳も少し赤いその唇も髪の毛一本まで愛おしい。俺のものにしたい俺の所有印を刻み付けたいその純白を汚したい俺しか見えないように俺の名前しか呼ばないように俺しか愛さないように彼女を閉じ込めて愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して



空を、俺の手で壊したい























「臨也さん」

「、……っ!」



そっと、彼女の白い手が俺の頬に触れた。
俺はいま何を考えていたんだ何をしようとした?

目の前にある青い瞳が、少し細くなった気がした。やめろ、やめてくれ。そんな瞳で、俺を見るな……!



「そんなに悲しそうな顔、しないで下さい」

「っは、はぁ…はぁ…っ!」



悲しそうな、顔?なんで、どうして。ああ、なんて深い青。お願いだから、そんな悲しそうな瞳で俺を見ないで。

その瞳から逃げるように、俺はそのまま顔を空の肩に埋めた。乱れる呼吸の合間に、言葉を紡ぐ。



「…ごめん。ごめんなさい。謝るから、そんな瞳で俺を見ないで……ごめんなさい…」

「臨也さん?」

「俺のこと、嫌いにならないで……」



心臓の音はさっきよりも遠く感じた。ただ、彼女が俺の頭を撫でてくれたことが分かって、耳元で囁かれる柔らかな声が心地よくて。



「大丈夫です。私が臨也さんのこと、嫌いになる訳ないじゃないですか。謝らなくていいんですよ。謝らなくていいんです……それより、」



まだ言ってませんでしたね、と少し笑いを含めた声で空は言葉を続けた。



「おかえりなさい」



……ああ、良かった。

何に対してそう思ったのかわからない。彼女が俺を嫌いにならなかったことか、謝らなくていいと言ったことか、いつも通りおかえりなさいと笑ったことか。

或いはその全てに、彼女の存在に安心したのか。



「ただいま……」



そう俺は呟いて、そのまま意識を手放した。






苦悩と愛の一方通行

ねぇ、どうしたら。
君に伝わるのかな。





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