from sky | ナノ


今日の分の仕事を終え、パチンとパソコンの電源を切る。途端にふわりと漂ってくる匂いに頬を緩めた。
こんなに美味しそうな匂いにどうして気付かなかったんだろう。それほど仕事に集中していたということだろうか。俺にしては珍しい。



「あ、お仕事終わったんですか?」

「うん、とりあえず今日の分はね」



ぐーっと伸びをしながらキッチンを覗き込むと、お疲れさまです、と空が微笑んだ。俺が買ってあげたピンクのエプロン姿で優しい笑顔を向ける空に、ほとんど無意識の内に後ろから抱きしめる。



「どうかしたんですか?あ、お腹空きました?」

「んー……充電?」

「充電?」



いい香りがする白い髪をくるくるいじりながら、ため息を一つつく。こうして空に抱きついているだけで疲れが取れるなんて言ったら確実に引かれるんだろうなぁ。主に波江に。

俺に抱きつかれたので身動きが取れなくなった空は、苦笑しながら俺の手に自分の手を重ねた。……あ、冷たい。



「もうご飯できますから、テーブルで待っててください。今日は波江さんも食べていくそうなので、呼んでくれますか?」

「…わかった」



名残惜しいと思いながらも空から離れると、2階の資料棚で書類整理をしていた波江を呼んだ。



「終わった?」

「あのファイルの山を見て終わったように見えるの?」

「いや、全然」

「……」



おお怖い。ギロリと睨まれたのでおどけて見せると、波江は諦めたように大きなため息をついた。ちょっとそういう態度やめてよ。

相変わらず淡泊な表情の波江の前に、コトリと白い皿が置かれる。



「あら、」

「なにこれ。シチュー?」



俺の前にも置かれた皿の中身を見て首を傾げる。シチューのようだけど少し黄色い。自分の分も持ってきて俺の隣に座った空が、くすくす笑った。



「かぼちゃのシチューです。今日は冬至ですから」

「へー」

「ふぅん。よく冬至なんて知ってたわね」

「昨日テレビで見て……」



だから今日の朝買い物に行きたいだなんて言い出したのか。たいていの食料なら揃ってるのに、不思議だと思ったんだよねぇ。



「冬至の日にかぼちゃを食べると、風邪をひかないんですよね」

「そう言われているわね。まぁ、ただの迷信だと思うけれど」

「とにかく食べようよ。せっかく作ってくれたのに冷めちゃうじゃん」



いただきます、と手を合わせて一口。……ん、うまい。
元々かぼちゃ(というか野菜全般)はあまり好きじゃない。実際、かぼちゃを煮物で出されたら食べなかっただろう。けどこれなら普通に食べれるな。



「そう思ったので、シチューに入れてみたんです」

「まるで好き嫌いの激しい子供に、騙しながら野菜を食べさせてるみたいね」

「波江はその子供騙しもしなかったけどね」

「大人扱いしていたと言ってほしいわ」

「いずれにせよ、要は美味しければいいんだよ」

「なにその暴論」



いつものように軽口を叩きながらも俺と波江はぱくぱくとシチューを口に運んでいて、間もなく皿はからっぽになった。珍しくおかわりでもしようかなーと考えていると、空がスッと自分の皿を差し出した。



「良かったら、私の分も食べてください」

「空、全然食べてないじゃない」

「食欲がなくて…。それに、お鍋に戻すのもちょっと…」



曖昧に笑う空に違和感を感じながら、それでも素直に皿を受け取った。そこで、あ、と気付く。



「空、かぼちゃ食べてないんじゃない?」

「あ…」

「食欲なくても一口くらいなら食べれるでしょ?はい、あーん」

「ふぇ?あ……」



空は赤くなってちらりと波江を見る。波江は「好きになさい」とでも言いたげに小さくため息をついて立ち上がると、皿を片付けにキッチンへ向かった。

その姿を見届けて、ようやく空が小さく口を開ける。



「ん、」

「はい、これで空も風邪ひかないね」

「は、はい…」



まだほんのり頬を赤く染めて空が俯いた。まったく、いちいち可愛いなぁ。そう思いながらシチューを食べる。

ふと、あることに気付いた。



「あ、間接キス」

「──ッ!!」

「なに、別に珍しいことでもないじゃない。この前だってアイス食べたときに間接キスしたし、ジュースだって回し飲みしたし?というか、間接どころか直接キスしちゃってるし」



ぼんっと空から煙が上がる。まぁ、狙ってやってるんだけどね。だって照れてるときの空のリアクション面白いし可愛いだもん。
しばらく真っ赤になって視線をキョロキョロさせる空を見つめていると、急になんだかムラッときた。ので、顔を覗き込むように唇に軽いキスをした。



「っ、臨也さ…んっ」



頬に手を添えて顔を上に向かせる。次第に深くなる口付けに、空の目から涙がぽろぽろ零れた。あぁ、いけない。



「ごめん、苦しかった?」

「は、い……」



はっはっと肩で息をしながら、空は頷いた。その姿に苦笑してくしゃりと頭を撫でてあげる。



「臨也さんはいつも唐突すぎます…!」

「じゃあ毎回断ればいい?『これからキスするから』って?」

「それ、も、困ります…」

「空って結構わがままだよね」

「あぅ……」



やっぱり空をいじめるのは楽しいなぁ。いやいや、これも一つの愛情表現だよ。



「……歪んでるわね」

「そこ、うるさいよー」

「あ…な、波江さんのお手伝いしてきますね!」



空はするりと俺の手から逃げるように、皿を2枚持ってキッチンに向かった。心の中で盛大に舌打ちをする。波江め、わざと空に逃げ道作ったな。

……あ、そういや言ってないことがあったなぁ。



「空ー、」

「はい?」

「おいしかった。ごちそうさま」

「っはい!…あ、かぼちゃプリンも作ったんですけど、食べますか?」

「食べる」

「じゃあ、いま持って行きますね」



にっこりと笑う空を見て、俺も笑みを零す。照れてる空も可愛いけど、うん、やっぱり笑顔の空が一番可愛い。

なんて、空の笑顔を見るたびに再確認してるとか言ったら引かれるんだろうなぁ。
……主に波江に。






かぼちゃ越しの愛

ほくほくの愛をいただきました。










10.12.22 冬至



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