落ちてきた時と同じようにあの大きな窓ガラスを割って飛び出した私は(もちろんすぐに直した)、ただふわふわと空を漂っていた。
このまま真っ直ぐ真っ直ぐ上に飛ぶだけで天界に帰れるのに、それができなくて。
「(私の決心は、こんなに軽かったんだな…)」
ほとんど感情に身を任せて衝動的に出てきてしまったため、元々臨也さんとの関係を割り切れていなかった私が潔く天界に帰れるはずもなく。
「(もう少し、もう少しだけ……)」
自分の情けなさにため息をつく。私がこんな情けない人だってわかったら、きっと臨也さんも呆れるだろうな。
だから、上を目指して羽根を羽ばたかせてみるのだけど。
結局、まるで自分の眼下にある街に後ろ髪を引かれているように高度を下げてしまう。今が夜で良かった。これが明るい内だったら、私は確実に未確認飛行物体だ。
「……寒い」
夜は少し肌寒くなってきた風に、ふるりと肩を震わせた。こんな時に臨也さんが抱きしめてくれたのを思い出して、自分で自分の肩を抱くのだけれど。
臨也さんに抱きしめられるより全然温かくなくて、じわりと涙が浮かぶのを感じた。
「寒い、寒いよ…臨也さん」
離れれば、楽になると思っていた。あの場所から飛び出してしまえば、諦めて帰ることができると。それなのに、天界にも帰れずただ空を飛んでいるだけで涙を浮かべる私は、何なんだろう。
なんて、弱いんだろう。
しゃくりあげながら、自分の周りに窓がたくさん並んでいるのに気が付いた。いつの間にか高度が落ちていたようで、ビルの窓に映る自分の姿に、ひどく嫌悪感を覚えた。
「……!………ッ!!」
下からなんだか聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきて、窓から下に視線を向けると、何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
四角くて、結構大きい。
って、え?こっちに来てる?あ、当たっちゃう…!
わたわたとしている内に、ひゅん、と鋭い音が響いて『それ』が私に直撃した。
「か、は……ッ」
いッあ……角が、お腹にめり込んでる…ッ!ミチ、という嫌な音を聞きながら、全身の力が抜けていくのを感じた。あ、羽根、消えちゃ…──。
一瞬無重力状態になって、ふっと身体が落ちていく。
いくら高度が下がっていたからって、あれビルの20階くらいはあったんじゃないかな……。
「……おいッ!!」
どすん、と重い衝撃。でも思ったより強くなくて、何かが私を受け止めてくれていた。
「(あ……)」
そっか、この人だったんだ。ヒューヒューと荒い息をしながら納得した。この人なら、あんなに大きいものでも簡単に投げちゃうんだろうな。
たぶん、今私の身体はものすごい早さで再生しているだろう。痛くはないが、息がうまくできない。
「お前、臨也と一緒にいた…おい、」
返事、できない、なぁ……。
別に死ぬわけじゃないけど、なぜか、臨也さんに無償に会いたくなった。
「い、ざ、やさ……」
かすれた声で呟いて、私は意識を手放した。
弱虫天使の障害物
引き留めてくれる何かが、欲しかった。