子猫との日常 | ナノ


ぱちり。

驚くほどあっさりと目を覚ました。左では静雄がその大きな手を私の腰に回してすうすう寝息を立てている。右はイザにゃんがこれまたしっぽを私の腕に巻き付けてすぴすぴ寝息を立てていた。なぜしっぽかというと、うん。臨也がイザにゃんを抱きしめて寝てるから。

昨日部屋に戻ると、そんなに時間が経ったわけでもないのに大分酔いが回った臨也とデリックと日々也、それに眠そうにするサイケとイザにゃんに、みんなの世話を一人で見る津軽がいた。部屋を出ていく前とのあまりの変化に、若干引いたのは仕方ないと思う。


「(みんな、よく寝てる)」


隣からだけじゃなくて、頭上からも穏やかな寝息が聞こえていた。誰がどこで寝るか揉めたあと、結局布団8枚を全部くっつけて、自由に寝っ転がるようにして眠ったのだ。たぶん私の上にはサイケか日々也がいたはず…。

まだ早いし、寝直そうかとも思ったけれど、ふと部屋に付いている露天風呂を思い出し今の内に入ろうと決めた。静雄の腕をどかし(相変わらずの抱き癖でちょっと苦戦した)、そっとイザにゃんのしっぽを外して、脱衣場へと向かう。


「ふー……」


朝の澄んだ空気の中で檜のいい香りに包まれながらお湯に浸かるのは、かなり気持ちいい。ぱしゃりと自分の肩にお湯をかけたとき、右手が目に入り思わず右手を目の高さまで上げてじっと見つめた。

──…昨日、私プロポーズされたんだ…。

静雄の赤く染まった顔と、勇気を振り絞るように握られた拳と、はっきりと告げられた言葉。そして、少し緩かった指輪。

薬指の付け根を優しく撫でる。…夢じゃない、よね。

ほう、と息をついた時、背後でカラリと扉が開く音がした。湯気越しに見えたのは、朝日に光る…黒髪。


「は……、」

「え…うえぇっ!?え、あ、すみません!」


慌てて引っ込んだ黒髪に、思わずくすりと笑ってしまった。だってあの反応、一人しかいないもの。……あれ、でもあの子って…。


「……あの、」

「ん?」

「少しお話しても、いいですか…?」

「…それは秘密のお話?」

「……」


扉越しにかけられる控えめな声。私はふむ、と考えてから、檜の浴槽から出た。


「目、閉じてて」

「あっ、はい」


カラリとさっき閉められた扉を開けると、そこには腰にタオルを巻いた日々也がぎゅっと目を閉じてしゃがんでいた。相変わらず素直な子だなぁと思いながら、その腕を引っ張る。


「ふぇ…奏さん?」

「目開けない」


はっはい、と慌てて返事をする日々也の背中を押して浴場へ入れたあと、私は「目、開けていいよー」と閉めた扉越しに声をかけた。
バスタオルで体を拭いてから、下着と浴衣を着る。お腹のところで浴衣を折って、袖も肩まで捲って日々也の腰紐で縛った。

よし、と頷いてまた浴場へ入ると、日々也は目を見開いてあわあわと自分の手で目を塞いだ。……あ、やっぱり。


「なっ、なんで入ってきたんですか」

「秘密の話があるんでしょ?扉越しじゃ聞こえにくいじゃない」


とりあえず温まれば?と彼を浴槽に追いやって、私は膝を折ってから縁に肘をついた。浴槽の中と外で向かい合う形でにっこりと微笑めば、小さく息をついてから日々也は話を始めた。


「昨日のことなんですけど」

「うん」

「あの…奏さんは、プロポーズされたんですか?その…静雄さん、から」

「え、なんで知ってるの」

「デリックから聞きました」


ああ、と納得。確か静雄が部屋に戻る途中、指輪を渡せたのはデリックのおかげだって言ってたな。きっとデリックにいろいろ相談していたんだろう。
ま、どうせ後々みんなに言うつもりだったから、いいんだけどね。


「うん、されたよ。プロポーズ。指輪もね、もらった」


ちょっと照れ臭くて視線を落とす。すると目の前から「良かったですね」と、なんというか…すごく事務的な、でもちょっとだけ暗い声が聞こえてきた。
ぱっと視線を上げると、ばっちりと目が合う。


「臨也さんのことは、どうお考えですか?」

「え?」

「えっと…臨也さんは奏さんのこと、とても大切に思ってます。なのに奏さんは静雄さんが一番大切で……上手く言えないけれど、奏さんの目には、静雄さんしか映っていないんじゃないですか?」


普段とは違う少し強気な口調。私はただただ呆然とした。別に口調に驚いた訳じゃない。その、内容に。

臨也が私を大切に思ってくれていることは知ってる。なのになんだか、彼の言い方だとまるで臨也が報われていないような、そんな小さな引っ掛かりを感じた。


「そんなことないよ。確かに静雄は私に取ってすごく特別な存在だけど、臨也だって特別な存在だもん」

「でも臨也さんではなく静雄さんを取るんですよね」

「ちょっと待った。なんだか話がおかしいよ?私と静雄は現在進行形で付き合っていて、その果てにプロポーズしてもらったの。別に私は静雄と臨也から同時にプロポーズされて、静雄を選んだわけじゃない」


拗ねたような言い方に、私は苦笑しながら説明した。だってなんだか、臨也を選ばない私が悪いみたいな、そんな言い方だったから。

だいたい臨也とは一度付き合って、ちゃんと別れた。臨也だってそのことを受け入れてくれた。酔っ払って帰ってきたあの日だって、「どうしてシズちゃんなの」と聞かれて私の答えに納得してくれた。私たちの関係はただの幼馴染み─それ以下でも以上でもないものになったはずなのに。


「臨也さんは、奏さんが思っている以上に未練がありますよ」

「……は?」

「後悔しているんです。貴女の手を離すべきではなかったと。そして、別れるという結果に導いたような自分自身にとても腹を立てている」

「ええと、」

「…と、昨日臨也さんが言ってました」


ぽそりと付け足された一言なんて、聞こえなかった。

未練がある?え?別れなきゃ良かったって、臨也が思ってる?後悔?

はてなマークがいくつも浮かび上がる。その割りに、私の思考は上手く働かない。おかげでしばらくの間、私はぽかんと口を開けてフリーズしてしまった。





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