子猫との日常 | ナノ


「あーあ」


奏とシズちゃんが部屋を出て行った後、俺は隠そうともせずにため息をついてテーブルに伏せた。ごつ、と固いテーブルに額が当たる。


「いざやどうしたの?ぐあい、わるい?」

「んー?大丈夫だよ。にゃんこは優しいなぁ」


テーブルに付けたままごろりと顔を横に向けると、丸い純粋な目がこちらを心配そうに見ていた。ぽすぽすとその小さな頭を撫でてあげる。
と、そんな俺の頭を別の手が撫でた。この撫で方は、うん、すぐに誰かわかるよ。


「やっぱさぁ、人に頭撫でられるのって気持ちいいよねぇ。なんでだろ」

「なんとなく安心するから……じゃないか?」


俺の頭を撫でる大きな手の主である津軽が答える。その隣にはサイケが座っていて、おれもおれもと津軽の手を自分の頭の上に置いていた。まったく、俺と同じ顔してさぁ、なーんでそんな純粋さを持ってるんだろうねぇ。


「……シズちゃん、渡すのかな。言っちゃうのかな」


ぽつりと溢した言葉が、テレビもつけていない静かな部屋に、これでもかというほどに響く。

シズちゃんが前からタバコを控えたり公共物を大事にしていることは知っていた。その我慢で貯めた金を何に使うつもりなんて、考えなくても解っていた。そしてシズちゃんがそのブツを買ったことも、俺の情報網はしっかり捉えていた。

なんて嬉しくない情報だろう。金にもならなければ弱味にもならない。だって相手はあのシズちゃんだ。そしてシズちゃんの相手は…あの、奏だ。


「たぶん、な。シズはやるときはやる男だ」


事情を知っていたのか、デリックは穏やかな笑みで部屋の入り口の方を見た。これではっきりした。シズちゃんは、奏に告白するつもりだ。…いや、告白なんてもんじゃないか。ええっと、そう、プロポーズ。

デリック以外は事情を知らなかったのか、きょとんとしている。日々也が「何をですか?」と首を傾げた。


「プロポーズだよ、プロポーズ」

「えっ、プロポーズ!?」

「ぷろ、ぽーず?」

「津軽、プロポーズって、なに?」

「結婚してくださいとお願いすることだな」


津軽がサイケとにゃんこに説明するのを聞いて、改めて言葉にしてみると更に気持ちが沈んだ気がした。なんとなくにゃんこを抱き上げて、膝の上に座らせる。
2つ生えた猫耳の間に顎を乗せると、反応したように耳が垂れ下がった。もーホントに可愛いんだからにゃんこは!


「けっこんて、おれ知ってるよ!けっこんしたら、ずっと一緒にいるんだよね」

「そーいうこと。でもな、サイケ兄ちゃん。あんまり言うと臨也がヘコむからちょっと自重しような」

「なんだか良いのか悪いのか…いや良いことなんですけど、うーん……あ、お酒!ワイン開けましょうか!」


なんて心優しいんだこの子たち。別世界ラブ!俺は別世界が好きだ愛してる!あ、正確には別世界の住人か。

日々也がワインをコップに注いで手渡してくれる。各々ビールやワインを手に取って(にゃんことサイケはオレンジジュースだ)、なんともなしによく分からない乾杯をしたあと、一気に葡萄色の液体を飲み干した。


「…っはー、おいし」


値段の割りに旨いかも。あー、今夜は酔うだけ酔ってさっさと寝ようかな。奏が嬉しそうな、幸せそうな顔で戻ってくるのなんて、見たくないもん。それに右手の薬指に光る物があったら、俺絶対奏と目合わせられない。

トクトクとワインを注ぐ。ふん、中身が無くなったって、長らく外出してる二人が悪いと逆に文句を言ってやる。


「俺の味方は君たちだけだよ、まったく…」

「う?いざやけんかした?」

「違う違う。ただ、そうだな…ちょっと寂しいなって、思っただけ」


奏はもう“みんなの奏”じゃなくなるんだ。本当の意味で、あの忌々しい化け物に独占される。
あーもう!奏、シズちゃんのプロポーズをスッパリ断らないかなぁ!!

後ろに手を付いて天井を見上げると、ぎゅっと正面から抱きつかれた。視線を下に向けると、にゃんこが俺の胸に顔を埋めていて。


「いざや、ひとりじゃないよ!ぼくがいっしょにいるよ。だから、さびしく、ないよ」


ちょっとちょっと、なぁんでにゃんこが泣きそうな声出すの。サイケも「そうだよ!」とピンクの瞳を真剣にしてこちらを見ている。いや、サイケだけじゃない、か。ここにいるみんな、同じ気持ちってこと、か。

……ははっ、敵わないなぁ。


「…そうだね。寂しくない。みんないるから」


にゃんこの頭を撫でて、苦笑しながら頷いた。なーんだ、俺ってば結構幸せ者じゃん。友達いっぱいいるじゃん。ぼっちなんかじゃないよざまあみろ。

主に冷たい秘書と双子の妹に向けて心の中で悪態をついてから、にゃんこの額にちゅっとキスをする。にゃんこは嬉しそうに目を細めて、俺の頬にキスをした。キスってかちゅーかな、にゃんこの場合。

案の定俺はにゃんこを抱き締めて、そしてさっきよりは賑やかになった部屋でぽつりと呟いた。


「みんな……ありがと」


予定変更。今日はまだ、眠れそうにない。






(失くしても失くさない)


(ただいまー。…あれ、みんなどうしたの?)
(…日々也様が現れました)
(は?デリック?)
(俺は日々也様に比べれば立場の低い卑しい下僕です…)
(え、何、何があったの!?ねぇ津軽!)
(日々也が、壊れた)
((???))





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