子猫との日常 | ナノ


臨也が旅行を提案した時、これだ、と思った。
理由はよくわからない。ただ本能的に、これはチャンスだと、これしかないのだと、心の奥で勝手に叫んで決めつけた俺がいて。

トムさんに紹介してもらった宝石店(なんでもそこのオーナーと知り合いらしい)に行き、タバコを控え公共物を大事にするようになってから少しは貯まった金で買える指輪を探した。


「たっけ…」


それでもやはり高いもんは高い。ズラリと並ぶ指輪たちがこれでもかと言うほど光り輝いていて、まるで「買えるもんなら買ってみろ」と挑発しているようだった。

誕生日にあげたネックレスだって、指輪を見越して少し控えめの値段のものを買ったのだ。ここで妥協してしまっては男ではないと、俺はしばらく禁煙する覚悟を決めて店員を呼んだ。










旅行当日、俺は朝から緊張していた。緊張っつーかなんつーか…とりあえず落ち着かなかった。表面はいつも通り振る舞っているつもりでも、内心は常に指輪に意識がいってしまって。
そんな俺が平然としていられるはずもなく、案の定、ホテルに行く前に立ち寄った湖の畔でデリックに見破られてしまった。


「そっか、ついに渡すのか。大丈夫!シズならきっとやれるって!」


ぽん、と軽く肩に置かれた手はいつものように俺に勇気をくれた。ああ、いつからデリックはこんなにも俺にとって大切な存在になったのだろう。デリックだけじゃない、津軽も、俺と同じ顔をしていながらいつも俺が励まされて。

そっと、自分のショルダーバッグに手を伸ばす。財布ではない固い感触を確かめてから、俺はよし、とまた揺らぎ始めていた決心を立て直した。





風呂も飯も終えて、ダラダラと過ごしていた俺は、いつ切り出そうかと内心そわそわしていた。何だかんだでタイミングを掴めていないからだ。

部屋の露天風呂から上がってきたデリックたちの会話を聞きながら、今しかないと、俺は思った。
デリックと津軽と日々也が、後押しするように俺と奏を二人きりにしてくれたことに感謝しながら、奏を連れて中庭へ向かう。最初からここに連れてくる気はなかったが、そこだけがやけに幻想的で、俺の足は自然とそこへ向かった。

外に出た瞬間に、まだ冷たい夜の空気が頬を撫でる。隣で奏が小さく震えたのが見えた。


「寒いか?」

「ううん、平気」


首を振る奏を連れて噴水の前まで行く。俺たち以外に人はいなかった。無計画で入ってなんだが、誰もいてくれるな、と願っていた俺にとっては願ったり叶ったりだ。


「日々也の言ってた通り、星、綺麗だね」

「……そうだな」


夜空をなんともなしに見上げる。東京ではなかなか見られない星空に、今はただ噴水の音が流れた。

ずっとこの時が続けばいいと思うほど、心地好い空間。けれど俺はそこから一歩踏み出そうと決めて奏をここへ連れ出した。今さら引き返すのは、俺の心に嘘をついたことになる。チビとサイケに顔向けできねぇなぁと自分で少し笑った。

だから、踏み出さなければ。
握った手に力をこめる。


「なぁ奏、」

「なに?」

「お前はさ、どうして俺を好きになったんだ?」


きょとんとする奏に、俺はじっとその答えを待った。つもりだったが、どうやら俺はやはり気が短いらしい。

矢継ぎ早に質問を重ね、何やってんだ、なんて。今から大事なことを言うのに、どうしてわざわざ奏の気持ちを確認しようとしたのだろう。言うまでもなくそれは俺の弱さで、でも奏はこう言ったんだ。


「……好きだよ。静雄の強い所も、優しい所も、弱い所も全部好き。もちろん、一緒にいて落ち着くし、癒される。だからどうしてなんて関係ない。私が今、静雄を好きなことに変わりはないんだから」


思わず息を呑んだ。まっすぐ俺を見据えた瞳は、やっぱり奏のもので。その瞳で、全部、好きだって、奏は言ってくれたのだ。意識しなくても、勝手に顔に血が上るのがわかった。

奏も自分で言って恥ずかしかったのか、目を伏せてしまった。長い睫毛が赤い頬に影を落とす。

奏がこんなにはっきりと言ってくれたんだ。しっかりしろ、俺!元々、俺が言いたいことがあるから連れ出したんだろうが!

ぐっと両手で握り拳を作る。


「俺は…俺も、奏のことが、好きだ」

「う、うん」

「奏と一緒にいると、心があったかくなる。居心地がよくて…いつも、惹かれてるんだ。もっと一緒にいたい、って…」


言い出すと止まらなくなりそうなくらい奏が愛しくて堪らないのに、言葉はつっかえて上手く出てこない。
未だ伏せたままの視線を上げさせる為に「奏」と名前を呼ぶと、奏はちゃんと俺の方を向いてくれた。顔を上げた奏は月明かりに照らされてとても綺麗、で。


「もっと…いや、ずっと、一緒にいてくれ。愛してるんだ、奏。だから…」


着替えてからもずっと大事に持っていた小箱を羽織から取り出す。それを奏の目の前に出して、そして俺は一番言いたかった言葉を口にした。










「俺と、結婚してください」










パカリと開けた小箱の中で、俺が選んだシルバーリングが月の光を受けて光っていた。





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