パキ…ン。
「「あ」」
軽い、何かが割れた音に続いて、これまた軽く発せられた言葉は、しかしその裏に重い意味があった。
固まった二人の後ろから、あちゃー、とため息混じりの言葉が漏れる。
「ど、どうしよう!」
「どうしようってなー、それはもう蘇生不可能だな」
「そせい…?」
「もう直せないんじゃないかってことだよ」
デリックが肩を竦めながらそう言うと、同時に二人が目を潤ませた。ピンクの瞳がみるみる滲み、黒い猫耳がぺたんと下がる。
泣きそうな二人の間には、割れたサングラス。それは紛れもなく静雄のもので、ブリッジは曲がりレンズは大きく割れていた。これではデリックの言う通り、直すという考えは捨てた方がいいだろう。
「静雄、おこるよね…?」
「……たぶんな」
「今日は奏さん、遅いですしねぇ」
日々也がキッチンから戻ってきて、割れたサングラスを見た。思わず苦笑を漏らしてしまう。常に身に付けているサングラスだからこそ、静雄は怒るだろう。
そして、静雄の唯一のストッパーである奏は今日友人と飲んでくるので帰りが遅い。臨也も臨也で、何やら用事があるらしく今はいなかった。
「そもそも、どうして壊してしまったんだ?」
津軽がテーブルを拭きながら尋ねる。
「さいけが、ふんだ」
「っちがうよ!イザにゃんがしっぽで静雄のサングラス落としたから…!」
「わざとじゃないもん!ぶつかっただけだもん!!」
「だったらおれだってわざとじゃないっ!」
おやおやとデリックたちは少し目を丸くする。
いつも仲良く遊んでじゃれあう二人がケンカなど、本当に珍しいことだったから。
ぼくじゃない。
おれじゃない。
さいけが。
イザにゃんが。
デリックたちが最早半泣きで言い合いをする二人を落ち着かせようとした時、5人の後ろから声が掛けられた。
「何やってんだ?」
「シっ…シズ…」
そこに立っていたのは風呂から上がってタオルを首にかけた静雄。
そしてびくりと肩を揺らしたデリック越しに、変わり果てた自分のサングラスを見てしまった。
「おい……これやったの、誰だ…?」
さあっとサイケとイザにゃんは顔を青くする。
眉根を寄せて頬を引き吊らせるその表情は、明らかに怒りを表していた。
「っちが、おれじゃない!イザにゃんが落としたんだもん!」
「さいけずるい!ぼく、おとしただけだもん!ばきってしたの、さいけだもん!!」
尚も言い争う二人に、静雄以外は困ったように顔を見合わせる。しかし誰も二人を庇うようなことはしなかった。二人の成長に深く関わることだからだ。
静雄は大きく息を吐いて、二人の前に座った。
「…おい。嘘つくなって、言われてなかったか?」
「「うそじゃない!」」
「でも、お前ら二人で自分は悪くねぇ相手が悪いって言ってるじゃねぇか。なら、どっちかが嘘つきってことだよなぁ?」
静雄の言葉に二人はう、と言葉を詰まらせる。
「うそじゃ、ないもん…」
「あ?」
「ぼく、うそついてないもん…さいけがこわしたんだもん…!」
「じゃあ、悪いのはサイケだけか?」
「……」
静雄の問いに、イザにゃんは黙りこむ。そして少しだけ、首を横に振った。
「じゃあサイケ。お前は、本当にチビだけが悪いと思ってるか?チビのせいでサングラスが壊れたのか?」
「……ううん」
ぷるぷると首を横に振って、サイケはちらりとイザにゃんを見た。俯いたイザにゃんの目は、今まで留まっていた涙がぽろりと溢れる寸前だ。
静雄はもう一度息をつくと、じゃあ、と再び口を開く。
「二人とも、何か言うことあるな?」
「ん……」
サイケがぱちぱちと瞬きを繰り返しながらイザにゃんと静雄を交互に見る。
「ごめんなさい…」
「ごめん、なさい…ごめんなさいっ…」
おずおずと口を開いたサイケに続き、イザにゃんも謝る。イザにゃんはもう限界だったのか、ぽろぽろ涙を溢しながら静雄に抱きついた。静雄は優しくその小さな背中を撫でる。
「いいか。嘘はついてなくてもな、自分が悪いときはそれを認めなきゃなんねぇ」
「「うん…」」
「サングラス割ったのは別に気にしねぇよ。ケースあんのに放っておいた俺も悪いしな。俺が怒ったのは、お前らがお互いになすり付け合ってたからだ」
もう、こういうことしないな?
そう静雄が問い掛ければ、二人ともこくりと頷いた。
「んくっ…ひっく、」
「ほら、もう泣くなよ」
「でも、しずおのっ、たいせつ、こわした…っ」
「あー…」
びえぇ、と泣くイザにゃんに困ったように頭をかきながら、静雄はサングラスへと目をやる。
…まぁ、大切っつーか、気に入ってたのは気に入ってたからなぁ。
正直ショックだが、申し訳なさそうなサイケとイザにゃんに気付かれないように、「気にすんな」と静雄は笑った。
「(……俺も随分変わったもんだ)」
たぶん、いい方向への変化だと自負しながら、静雄は幼い二人の頭を泣き止むまで撫で続けた。
(シズ…いいお父さんだな)
(ああ)
(そうですね)
(なッ…お前ら、なんだよその目…ッ)
(いや、子供ができても静雄はいいお父さんになれると思ってな)
(奏も安心だな!)
(は……ッ!?)