子猫との日常 | ナノ


「奏ー、チーフがお呼びだよー」

「うん、いま行く…!」

「奏、昨日のデータの統計出た?」

「ん、…はいこれ」


ありがと、と奏から書類を受け取って、同僚2人はチーフの元へ向かう奏の後ろ姿を見つめた。


「働くねぇ」

「最近奏、仕事増えたよね。…明らかにあの鬼チーフのせいだと思うけど」

「でも、よく頑張ってるよ。私だったら耐えられない」


二の腕をさする同僚に苦笑しながら、もう一人は奏が入っていった会議室を見てため息をついた。


「ちゃんと休めてればいいけど…」










「ただいまー」


玄関から奏の声が響く。チビとサイケがぱたぱたと駆けていき、津軽と日々也は奏の晩飯を用意するべくキッチンへ向かった。

最近、奏は帰りが遅い。残業をしていて、且つ家でも夜中までパソコンや書類とにらめっこ状態だ。
おかげで俺はあんなことやこんなことがお預けになっている。…若干、寂しい。


「お疲れさまです」

「ありがと」

「かなで、きいてきいて!きょうね、こうえんで、ちょうちょみつけたんだよ」

「待ったにゃんこ。奏は今からご飯食べるから、終わってからにしようね」


臨也がチビを抱き上げる。奏は「大丈夫だよ」と笑って、自分の隣をトントンと軽く叩いた。笑う奏の顔をじっと見たあと、臨也が奏の隣にチビを降ろす。

臨也はため息をつきながら、ソファに座っていた俺の隣に腰を下ろし(だいぶ間の距離が開いていたが)、キッチンから戻ってきた津軽に拗ねたように声をかけた。


「奏って、他人のこと言えないよね。俺が風邪ひいた時お説教したくせに。…これで体調崩したら今度は俺が説教してやる」


両隣にチビとサイケを座らせて、あいつらの話を楽しげに聞く奏を見て俺も拗ねたい気持ちになる。仕事で忙しいのに、ちゃんと他の奴らの相手もして。でも恋人である俺とは必要以上の触れ合いはなくて。

その内風呂からデリックが上がってきたので、俺は奏が飯を食ってる間に風呂に入ることにした。





「奏、風呂あいた…」

「シズ、しーっ」


風呂から上がると、そこにはソファに座って膝にチビを乗せたまま眠った奏がいた。てかソファの上でパソコンを起動させてるって…。
デリックが人差し指を立てるのに習って、サイケもしーっと指を立てる。


「奏ね、おしごとしながらお話してたんだけど、いつの間にかねちゃったの」

「疲れてるんだろう」

「仕事に加えて、家に帰れば俺たちの相手もちゃんとしてくれるもんな」


津軽とデリックが、同時に奏を見る。その瞳には、何か暖かいものがある気がした。


「僕たちに気を遣って、お仕事が滞ってなければいいのですが…」

「んー、それに関しては大丈夫だと思うよ。さっきちょっとだけパソコン見たらさ、奏、だいぶスケジュール詰めて仕事してるみたい。このペースだと書類の締め切り3日前には余裕で終わると思う」


カチカチとマウスを動かしながら、臨也はわからない、というような顔をした。
確かにわからない。そんなに根詰めて仕事をする理由はあるのだろうか。余裕があるなら、もう少しゆっくり過ごしてもいいと思うが。


「締切日はいつなんだ?」

「5月6日」

「「ふぅん…」」


津軽とデリックが二人で何やら意味ありげな目配せをしたのを、俺は見逃さなかった。首を傾げたのは俺だけじゃなかったらしい。サイケがぴょこんと津軽に抱きつく。


「? ねぇ津軽、それってなにかあるの?」

「いや…あくまで推測だからな」

「デリックは?教えてよ!」

「……だーめ」

「むぅ。津軽もデリックもいじわる!」

「あんまり大きい声出すと奏が起きちゃうぜ?お兄ちゃん」


ニヤリと笑って、デリックはサイケの頭をくしゃりと撫でた。まったく、一応こいつらは兄弟らしいが、どっちが兄か忘れるな…。


「ま、とりあえず、俺らは奏の仕事が少しでもはかどるように協力しようぜ。な、シズ?」

「あ、ああ」

「じゃあ静雄さんは奏さんをベッドまで運んでくださいね」


日々也がくすくす笑いながら、奏の膝上から同じく寝息を立てているチビを抱き上げた。俺も起こさないように、そっとその細い体を抱き上げる。…ちょっと軽くなったんじゃねぇの、こいつ。朝と晩はちゃんと食ってるけど昼はどうしてんだろ。


「5月6日、か…」


リビングを出るとき、うわごとのような呟きを聞いて視線を向けると、なぜか臨也が少し顔を赤くしながら、でも眉根を寄せていた。
「ばかじゃないの」という言葉がまた聞こえてきて、頑張っている人間にそりゃあねぇだろ臨也くんよぉ?とキレそうになったが、腕の中の重さにぐっと堪える。


「じゃあ俺ら寝るから」

「ああ、おやすみ」

「おやすみ」


デリック、日々也と共にリビングを出る。風呂は明日の朝にでも入らせればいいか。

久しぶりに一緒に寝るかな。

すやすやと眠る恋人に、俺は優しく優しく、労りと愛をこめたキスを贈った。






(5月6日の3日前)


(ねぇ津軽…俺、自惚れていいかな)
(5月3日までにはどうしても仕事に一区切りつけたいんだろう。…良かったな)
(うん…!)





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