今日は久しぶりに静雄と帰りが一緒になった。
「ん、」
「あ、うん」
差し出された手を握る。きゅっと軽く握り返された手がなんだかくすぐったくて、私は思わずクスリと笑いながら足を進めた。
と、目の前に人だかり。
「なんだろ?」
「さぁな。……、」
静雄が目を見開いて固まる。…なにかあったのかな?
人だかりのせいで、私は向こうの様子が確認できない。そんな私の耳に、いかにもといった感じのセリフが飛び込んできた。
「おうおうどうしたよ!?いつもの元気はどこ行ったんだコラァ」
「ビビってんのかァ?はっ、かっこわりぃなあ!」
どうやらチンピラが誰かを取り囲んでいるらしい。時折不良たちのセリフの間から弱々しい声が聞こえる。
助けに行こうかとその方向に一歩踏み出した矢先、私は静雄が固まった理由を知ることになった。
「何か言えよ!」
「ほらほら、いつもみたいに自販機は投げねぇのか?…平和島静雄さんよぉ!」
「は?」
平和島静雄?静雄はここにいるじゃん。じゃあ津軽?いやいや津軽は今頃晩御飯の支度をしてるはず。まさかデリック?ううん、デリックなら何かしら陽気な声が聞こえてくるはずだ。
歩道の端にある段差に乗って、人混みから頭一つ抜け出して様子を伺った。そこにいたのは──。
「チッ。まぁいい、てめぇらやっちまえ!」
「うひゃあああ…!違うんですよう、僕は平和島静雄じゃないんですってば!うわ、」
…そこにいたのは、紛れもなく平和島静雄だった。津軽やデリックと違ってバーテン服までおんなじ。
情けない悲鳴を上げる彼に、金属バットが容赦なく振り下ろされる。しかしそのバットは、頭を庇った彼の腕に当たりボキリと先端の向きを変えた。
「なッ…」
「いたぁ…っ!」
確かに金属バットで叩かれたら痛いと思うけど…。泣きそうな声に対して、不良は次々とバットや鉄パイプを振り下ろす。しかしそのことごとくがメキョリと曲がってしまう。自棄になった不良が素手で殴りかかった時だった。
「もうやめてください!」
「はっ!?おい、待てよ!」
彼はマフラーをなびかせて逃げ出した。これには私もびっくりだ。しかも、なんかこっちに向かってきてる?
今まで隣に立っていた静雄がさりげなく移動する。そして人混みを掻き分けて走ってきた彼の襟首を、通り過ぎようとしたその瞬間にぐいっと掴んだ。「ぎゃ、」と苦しそうな声が上がる。
「へ、平和島静雄が二人!?」
「これやべえって!今日は逃げようぜ!」
なんとも勝手なセリフを吐いて不良たちは退散していった。
そいつらを横目に、静雄にぶら下げられて縮こまっている彼を見る。
サングラスではなく眼鏡をかけていて、その奥の瞳は赤く、涙で濡れている。白いマフラーをぷらぷらさせてショルダーバッグをぎゅっと握るその姿は、とっても似ているのに静雄とは正反対だ。
「えーと…あなた、お名前は?」
「はっはい!月島静雄と申します!うぅ…」
ふーむ。やっぱり、と言うかなんと言うか。この子は間違いなくあっちの世界から来たのだろう。
とりあえず落ち着いてもらって家に連れて行こうかな、なんて考えていると、後ろから肩を叩かれた。
「や、奏」
「デリック!どうしてここに?」
「臨也のおつかい。…って、あれ?つっきーじゃん」
「デ…デリックさん」
デリックは苦笑しながら、静雄から解放された月島くんの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「まぁた迷子になったの?」
「そうみたい、です…」
「デリック、こいつは?」
「ん?あぁ、俺たちの弟で今のところ末っ子だな。極度の方向音痴でよく迷子になるんだ。きっと今回も迷いに迷ってこんなところまで来たんだろ?」
「はい…。あの、僕、ろっぴさんのところに行きたかったんですけど…ええと、気づいたらここに…」
へぇ。なんか迷子で世界越えられるってすごいかも。
しかしこの月島くん。日々也より内気なこの態度を見てると非常に……。
「(可愛いっ)」
「へ!?あの、はい!?」
母性本能をくすぐられるのよねぇ!思わず背伸びして彼を抱きしめてしまった。
ぎょっとする三人の静雄。結構レア?
「…これ、つっきー怒られるぞ。色んな意味で」
「わかる気がする」
「静雄にデリック?と、月島か?」
「「「津軽!」」」
私と静雄とデリックが声を揃える。津軽は手にエコバッグを持っていた。…買い出し?珍しいな。
私が驚いた瞬間に月島くんが慌てて腕から抜け出す。
「月島…また迷子か」
「はうぅ…すみませんー…」
どうやら月島くんの方向音痴は本当に深刻らしい。津軽は呆れたようにため息をつくと、私の方を向いた。
「どうする奏。連れて帰るのか?」
「え?うん。一応…」
「そんな!ご、ご迷惑、ではないですか…?」
全然!と首を振れば、それでも月島くんは眉を下げたままだった。静雄がなんだか意味ありげなため息をつく。そんな静雄に、こそっとデリックが耳打ちするのが聞こえた。
「安心しろってシズ。つっきーはこっちに住む予定ないから」
「あ…そうなのか?」
こくりと頷いたデリックに静雄は安心したように胸を撫で下ろしたようだった。
……んん?静雄はなにを心配してたんだろ。首を傾げる私の手を、なんだか少し明るい表情の静雄が握る。
「なんでもいいから早く家、帰ろうぜ。腹減った」
「そうだね。津軽、今日の晩ごはんは?」
「鍋にしようと思ってた」
「おっ、ちょうどいいな!」
四人の静雄に囲まれて歩き出す。すれ違う人たち一人一人が振り返るくらい不思議な集団。だけど、そんなの全然気にならない。
だって私、平和島静雄も、津軽島静雄も、サイケデリック静雄も、月島静雄も、みんなみんな大好きだもの!
(おかえり、月島)
(あ…た、ただいまです。ろっぴさぁいたッ)
(随分長いお散歩だったねぇ?楽しかったかい?)
(は、はい楽しかっ…な、なんで蹴るんですかぁ…!)
(べっつにぃ?)
4/20 静雄の日