俺は今、非常に混乱している。そりゃもう色んなことがぐちゃぐちゃと絡み合ってるわけだが、その中で一つだけ言えることは。
「可愛い……」
目の前にいる恋人、奏にしゃがんで視線を合わせながら、俺は呟いた。
今日は奏とチビと新羅のマンションへ遊びに行った。
セルティに出迎えられ、お茶を出してくれた新羅にお礼を言って、素直に飲んだのが運の尽きだったんだろう。こくりとお茶を飲んでから数分もしない内に奏の体はみるみる縮み、チビと同じかそれより幼い年齢まで退化してしまったのだ。
しかも、
「しうちゃ、だっこ!」
記憶も一緒に。
ということはだ。目の前にいるのは奏の幼少期本来の姿となる。
しかし奏、あの異常な寛容さは小さい頃から持っていたのか、いきなり知らない人間に囲まれてもへらりと笑ってみせた。…恐ろしい。
んしょんしょと俺の膝の上に乗っかろうとする奏はマジで可愛すぎて、セルティなんかは新羅を怒りながらも様々な角度から写メっている。
「しずお、かなでどうしてちっちゃくなったの?」
「ん?んー…よく分かんねぇけど、小さくなったんだからお前も一緒に遊んでやれよ」
そう言って耳の付け根をカリカリしてやれば、チビは気持ち良さげに目を細めながら頷いた。…やべぇなこれ。ノミ蟲じゃなくても頬が緩む感覚に苦笑する。
そんなことを考えたからかもしれない。後方から聞こえてきた声に、緩んでいた頬も一瞬で引きつった。
「んぐ…新羅ー、なんだよいきなり呼び出して…って、は?」
「やあ臨也。とりあえずインターホンくらい押しなよ」
「新羅、これどういう…」
「うん。ちょっとちっちゃくしてみたんだ。どうかな、父さんの研究資料があったから薬作ってみたんだけど」
「新羅、お前が神か…!」
ノミ蟲はつまんだクッキーをそのままに、俺の膝の上でじゃれる二人を見つめてぼそりと呟いた。そしてセルティに写メを全部転送しろと早口に言うと、早速奏に手を伸ばす。
「…シズちゃん、邪魔」
「うるせぇ。こんな小せぇ内から手前と関わったら性格変わるかもしんねぇだろ」
「あ、その辺は大丈夫だよ。戻ったとき記憶は無くなってるはずだから」
新羅の言葉を聞くと、臨也はにんまりと嫌な笑みを浮かべた。それでもやっぱりあまり臨也には手渡したくなくて、俺は奏から手を離さなかったのだけれど。
臨也から奏を守ろうと心に決めた矢先、なんだか背中の辺りがむずむずして──。
「…………あ、れ?」
「あ」
「っつ……、なんだよ、此処どこだよ…。なんで俺こんなとこに…は?お前ら誰?え、お前、新羅のお父さんか?」
ちょっと待て。
伸ばしかけた腕がビシリと固まる。だって今の今まで目の前にはシズちゃんがいて…え?待て待て、落ち着け俺。奏が小さくなったんだ。だったら当然、目の前の茶髪で目付きの悪いこの小学生は。
「シズ、ちゃん…?」
「あ?なんだよ手前。てかそのあだ名で呼ぶな!」
ああ間違いない。こいつは紛れもなくあの平和島静雄だ。
ギギギと固くなった首をゆっくりと新羅に向ければ、新羅は目をキラキラさせて喜んでいる。…こいつ、シズちゃんにも薬飲ませたのか。
「さすが静雄だね!本当はもう少し小さくなる予定だったんだけど」
「お前、マジで俺らを実験台としか見てないな」
「しずおもちっちゃくなったの?」
「しうちゃ、しうちゃじゃ、なくなった…」
『あああ可愛い!どうしよう新羅、静雄ってこんなんだったのか!?』
「ああっ、駄目だよセルティ!そんなに目移りしちゃって、僕から離れていってしまうなんて…!やっぱり静雄には飲ませなきゃ良かった!」
「『お前最低だな!』」
セルティと二人で新羅にツッコミを入れる。その間にもにゃんこと奏は首を傾げ、シズちゃんは警戒するように俺たちを睨み付けていた。あ、セルティはヘルメット被ってるからちびっ子たちは今のところ驚いている様子はない。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。とりあえず臨也、お茶でもどう?」
「そんな怪しい茶なんか飲めるか。……あ、」
「『ん?』」
さあ、と顔から血が引ける感覚なんて初めて感じた。
ああくそ、俺のバカ!バカじゃないか俺!俺、この部屋に入った時何をした?
「臨也もさすがだね!察しがいいよ。でももう遅い」
わざとらしく肩を竦める新羅の表情は更に輝いている。くそ、こいつやっぱりお茶だけでなくクッキーにも…!
体の奥から込み上げる違和感を感じながら、俺は目の前で期待に満ちた表情をする新羅を心の中で恨んだ。
みんな、私に感謝してほしいよ。あの三人をこんなに可愛くしたのは私なのだから!