子猫との日常 | ナノ


「津軽!津軽たいへん!」


二階から聞こえてきた声に早足で階段を上ると、臨也の部屋の前でへたりこんでいるサイケがいた。その腕の中にはぐったりとして荒い息をしている臨也。サイケはそのピンクの瞳を潤ませて俺を見上げた。


「おれ、臨也のおちゃわんかたづけようと思って、ドアをコンコンしたら、臨也が出てきて、そのままたおれちゃって…」


とりあえずサイケの腕から臨也を抱き上げてベッドに寝かせる。赤くなった顔と熱い息。額に手を乗せれば、明らかに熱があった。

机の上ではパソコンとプリンターが起動したまま低い音を立てている。他にも様々な書類が散らばっていた。

臨也は最近仕事詰めで、食事も睡眠も不規則だった。今日サイケが片付けようとした食器だって、部屋に籠もりきりの臨也に用意してあげた朝食兼昼食だ。蓋を開ければ、中身は少し減ったぐらいでほとんど口が付けられていない。


「何かあったんですか?って、臨也さん…?」

「日々也、悪いがタオルと水と体温計を持ってきてくれないか?」

「ッわかりました!」


慌てたように駆けていく日々也を見て、一旦臨也を起き上がらせる。上のTシャツを脱がせると、うっすらと赤い瞳が開いた。


「あれ、俺、なんで…」

「臨也たおれたんだよ!」

「……しごと、」

「駄目だ」


ふらふらとベッドから下りようとする臨也に呆れ混じりのため息をつきながら、新しい部屋着に着替えさせてベッドに押し込む。

その後日々也が持ってきてくれた体温計で熱を計ると38.7度。残った料理を少し食べさせ薬を飲ませたところで、玄関から帰宅を知らせる声が聞こえてきた。


「ただいまー」

「あ、奏さんおかえりなさい。実は臨也さんが…」


日々也から話を聞いた奏は、部屋に来ると散らかった部屋を見てため息を一つついた。心配そうに臨也を見ているサイケを一撫でして、頬を上気させている臨也を見下ろす。

そして、両手で臨也の頬をぎゅうっと引っ張った。


「……こら」

「あ…かなで?いひゃい…」

「また仕事のし過ぎだね?」

「だって、」

「だってじゃないでしょ。いい加減体の限界越えて仕事するのやめなさい」

「……」

「返事は?」

「はい……」


奏は子供を叱る母親のように厳しい表情を浮かべる。
病人相手にそこまで言わなくても、と心中思ったが、その後見せた優しげな眼差しに思いとどまった。


「じゃあ今日はもうゆっくり休みなさい。波江さんには私から言っとくから。ね?」

「ん…」


奏は手の甲で優しく頬を撫でてから、頭を撫でる。やがて奏の腕の下から規則正しい寝息が聞こえてきた。


「全く、困った子だね」


「すごいな奏。さっきまですごく寝苦しそうだったんだが」

「そうなの?……さて。目が覚めて悪化してたら一応新羅呼ぼう」

「目が覚めたと言えば、にゃんにゃん起きたぞー」


見ると、デリックがニャン公を抱えてドアにもたれかかっていた。そういえばニャン公はデリックと少し遅い昼寝をしていたんだっけ。
ニャン公は「いざやどうしたの?」と不安げに耳を垂らしている。


「大丈夫大丈夫!臨也、ちょっと疲れたんだって。あ、じゃあイザにゃんが臨也に何か作ってあげようか」

「うん」

「おれも!」


ニャン公とサイケを引き連れて奏は階段を降りていった。やっぱり奏はすごい、と一人感心していると、ぽん、と軽く肩に手を置かれた。


「ほら、津軽も行かないと。料理は津軽の管轄だろ?」

「奏もいるから大丈夫だろう」

「だって津軽が行かなきゃ、晩飯は誰が作るんだよ」


それは…まぁ、そうだが。


「あぁでも俺と日々也はいらないから」

「どうして」

「さっき臨也の秘書さんと電話して、俺ら臨也のマンションに手伝いに行くことになったんだ」


臨也の部屋の書類まとめたらそれ持って行ってくるから、とデリックはまた部屋に戻っていった。となると、今日は泊まってくるのかもしれないな。

デリックと日々也が出掛け、静雄が帰ってきて(意外にも静雄は物騒な言葉を言わなかった)夕食を終えたあと。
ニャン公とサイケが作ったレモネードと奏が作った野菜スープを持って臨也の部屋に向かった。


「臨也、起きれるか?」

「ん……、津軽」

「どうした」

「奏に、怒られた」

「…そうだな」

「奏、俺のこときらいになった…?」


風邪をひくと精神的にも参るのは本当だなと思いながら、おずおずとこちらを見上げる臨也の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜるように撫でる。


「まさか。ほら、奏が作ってくれたスープだ。食べれそうか?」

「……、たべる」


まだ少し赤い顔で臨也が手を伸ばす。スープの前に、その熱い手に冷たいグラスを持たせると、臨也はカラリと氷を鳴らしてレモネードを飲んだ。


「はぁ…さっぱりする」

「ニャン公とサイケが作ったんだ」

「そうなの?二人に、おいしいって言っといて」


ぱあ、と表情を明るくする臨也に、俺も自然と笑顔をこぼす。最近は幼い一面もちょくちょく見せることも多くなった臨也は、少しは俺のことを信用してくれていると信じている。

スプーンで掬ったスープを素直に頬張る臨也に静かに笑いながら、俺は今回はうんと甘やかそうと心に決めた。






(津軽、野菜率高い。スープの部分だけでいい)
(駄目だ)
(薬にがい、)
(ちゃんと飲め)
(……全然甘くないじゃん)





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