子猫との日常 | ナノ


「で?事故当時と同じ境遇に立って記憶が戻ったと」

「はい……」


新羅のマンションから帰ると、新羅から連絡を受けた臨也がなんというか凄まじいオーラを放って立っていた。
黒い、黒いです臨也さん…。そして怖い!


「当時と同じ境遇って、意味わかって、」

「奏、きおくが元通りになったってほんと!?」

「…サイケ、いま大事な話してるから。後で」


リビングから駆けてきたサイケに振り向いた臨也が言う。サイケはびくりと体を強張らせて、あとに付いてきた津軽の背中に隠れた。
というかあれですか、私たちは部屋にも入れてもらえず玄関で説教ですか。せっかく記憶が戻ったのに…。


「結果オーライとは言わせないよ?まずにゃんこ。道路に飛び出しちゃダメでしょ?しかも交差点で」

「ごめんなさい…」

「ああ、それはもう私が注意したから」


項垂れたイザにゃんの頭を撫でながら言うと、臨也は今度は私の方を向いた。キッと睨まれて、久しぶりに睨まれた、なんて少し場違いなことを考える。
案の定矛先は私に向かったようで、イザにゃんを抱きかかえながらその赤い瞳がしっかりと私を見据えた。


「奏も奏だ。ひょいひょい道路に飛び出して、なに、また車に轢かれたかったの?」

「ちがっ…私はただ夢中で」

「その気持ちは素晴らしいけど、もっと周りを見てよ。実際既にシズちゃんが助けに入ってたんだろ」


言い返す言葉が見つからない。だから私はただ「はい、すみませんでした…」と言うしかなかった。

昔からよく怒られていることだ。「奏って我を顧みないよね」とか言われるけど、私自身よくわからない。だって夢中なんだもん。気を付けるとか直すとか、たぶん無理。

最後に右手で静雄を指差して、臨也は口を開いた。


「一番信じられないのはシズちゃんだよ。君何のために付いて行ったわけ?にゃんこも奏も、ちゃんと見て守らなきゃ駄目じゃない」

「…………」


黙っている静雄の顔を見ると、唇を噛みしめて視線を落としていた。

責任、感じてるんだろうな。

済んだことだし、次からはちゃんと気を付けるからと言おうとした矢先、臨也がため息混じりにまた口を開いた。


「とにかく、にゃんこのことは大人二人がちゃんと見てなきゃ駄目だし、奏のことはシズちゃんが見てなきゃ駄目。俺はにゃんこや奏が危険な目に合うのが嫌なんだよ」

「臨也……」

「わかった?じゃあ説教終わり。中入りなよ」


そう言って私たちの前からどいた臨也の横で、ありがとう、と笑った。思えば臨也は記憶を失くしてからも私のこと心配したり、優しくしたり、気を遣ってくれたりしてたんだよね。

少し顔を赤くした臨也にまた笑ってリビングのドアを開けると、サイケとデリック、日々也に突進された。


「臨也のお話おわった?」

「記憶戻ったって本当か!?」

「良かったですぅ…!」

「わ、わ、みんな落ち着いて!日々也も泣かないで…」

「「「奏だあ……!」」」


腰やお腹に回された腕の力に苦笑しつつもみんなの頭を撫でてあげると、何故か涙を浮かべて更に強く抱きつかれた。
さすがに苦しくなった私から津軽と静雄が三人を引き離す。デリックがぐすんと鼻を鳴らした。


「だって奏、記憶無いとき自分から頭撫でたりとか、しなかったじゃんか」

「え?そうだっけ?」

「そうだよ!」


力強く肯定されて、たじたじになりながら「ごめん」ととりあえず謝った。


「奏さんは悪くないです!記憶が無かったんですから」

「そ、そう…?」

「でもさ、若干の疑いはあるよね。本当に戻ったの?」


臨也にうりうりと額を突つかれて、うーん、と考える。静雄もそうだったけど、やっぱり何か確証がないと…。


「じゃあ中学校とか高校の話でもしようか。私と臨也が付き合ってた頃の話とか」

「え…奏さんと臨也さんって付き合ってたんですか?」

「うん。臨也は私の元彼」

「「元彼!?」」


日々也とデリックが声を揃えて叫んだ。うん、とまた頷いて臨也に同意を求めれば、臨也もこっくりと頷く。
静雄はちょっと不機嫌そうに眉間に皺を作って、津軽は知っていたのか反応は薄かった。サイケとイザにゃんはまあ…意味わかってないと思う。

デリックはハッとしたように口に手を当てると、顔を青くして私を見た。


「元彼と今の恋人を一緒に住ませてるって…もしかして奏って悪女なのか!?」

「待て待て待て」

「落ち着いてよデリック。別にそんなどろどろした関係じゃないよ俺たち。ちゃんと割り切ったんだから」

「(その割に未練たらたらな感じだけどな…)」

「ん?なに、津軽」

「いや…」


津軽が臨也をじっと見つめたけれど、すぐに目を逸らした。首を傾げた私の肩に、ぽん、と手を置かれる。


「記憶が戻ったことを確認できたんだし、今日は何かご馳走にしよう」

「ほんと?やった!」

「はんばーぐ、たべたい!」


サイケとイザにゃんがぴしっと手を挙げる。その姿に、みんなクスリと笑みを零した。

うん。私も記憶が戻ったって実感する。この人たちを心の底から大切だって思えて、一緒にいたいって思えて。

だから、私は小さく小さく呟いた。






(ただいま)


(いざや、もとかれ、ってなあに?)
(俺が虚しくなるから教えない)
(津軽、あくじょ、ってなあに?)
(サイケにはまだ早い)
((いじわる……))





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