子猫との日常 | ナノ


「そういえば、イザにゃんはどうしたの?」


受け取ったジャケットをいつものように着崩して、八面六臂は日々也に尋ねた。日々也が少し苦笑する。


「泣き疲れたのか、眠っています。今はリンダたちが付いてくれてますよ」


リンダ?聞いたことのない名前に首を傾げる。誰だよ、と聞こうとした矢先、八面六臂が口を開いた。


「そう。俺疲れたからちょっと休むね。…シズちゃん、君は奏の傍にいれる人間なんだからさ、簡単に離れちゃダメだよ」

「あ、ああ…」


最後にちょっとだけ本当に疲れた表情を浮かべて、八面六臂は姿を消した。それにしても、出たり消えたりとこの世界はワープ空間なのだろうか。慌てて後を追うように姿を消した日々也が立っていた場所を見つめて、俺は再び首を傾げた。





シズちゃんたちから離れたあと、俺はすぐに膝をついた。体が重い。頭が痛い。それでも最初よりは大分楽になったと一人考えていると、背中に労るような温もりを感じた。


「……日々也」

「大丈夫ですか?」


俺の顔を覗き込みながら水を差し出す日々也にお礼を言って、一気に水を飲み干す。染み渡るようなその感覚に息をつくと、日々也は心配そうな表情で俺を見つめた。


「大丈夫だよ」

「でも…八面六臂、奏さんの記憶が失くなってからずっと調子悪いじゃないですか」


安心させる為に頭まで撫でたのに、日々也はますます泣きそうな顔になった。

…津軽といい、日々也といい、もう少しひねくれても良かったのにな。


「奏が記憶を失うということは、この世界がなくなるのとそう変わらないからね。でもこの世界はヒビだらけとは言えまだ残ってる。だからさっきも言ったけど、奏は完全に記憶を失っているわけじゃない」


まぁ、そのヒビを隠すのに体力を使ってるわけだけど。

そう付け加えると、日々也は唇を噛みしめた。わかってくれたかな。俺、あんまりみんなに心配とかかけさせたくない主義なんだよね。
だからさ、


「そんな顔しないでよ。俺としては、笑ってありがとうって言ってくれたら、それだけで頑張れるんだから」


ハッとしたように日々也は顔を上げると、なんとも面白い顔をした。たぶん笑おうとしてるんだろうけど…駄目だ笑える。


「ぷっ…わかったわかった。じゃあ俺はおとなしく心配されるよ。でもこのことは他のみんなには内緒だよ?」


こくりと頷くのを見て、俺はよいしょと立ち上がる。
ふかふかのソファを出してぼすんと埋もれるように座り、隣をぽんぽんと叩くと日々也もおずおずと座った。


「こっちが結構頑張ってるのに、シズちゃんてば何してるんだろうねぇ」


ため息と共に愚痴がつい零れた。本人が目の前にいないのだから、少しくらいいいだろうと続ける。


「シズちゃんはさ、奏に一番愛されて、一番必要とされてる存在なのに。せっかく一緒にいれるのに、自分から突き放すとかバカじゃないの」

「……」


隣で日々也が困ったように視線を泳がせた。優しいなぁ。臨也だったらすごく意見が合いそうだけど。でも普段の臨也とは相性が悪そうなんだけどね。俺、あそこまで歪んでないし。

でも、ただ聞いてくれるだけで良かった俺は、更に言葉を続けた。


「俺だって奏の傍にいたい。奏の力になりたい。…でもできないんだよ。だからシズちゃんや臨也、日々也たちに頑張ってもらいたいわけ。それなのにさぁ…」


シズちゃんは、ずるいよ。

……ああそうか。俺、シズちゃんが羨ましくて、嫉妬してたんだなぁ。だから、必要以上にイライラしたんだ。

ソファの背もたれに寄りかかって目を閉じると、そっと手を取られた。閉じた目を再び開いて、視線を移す。


「八面六臂の想いは、ちゃんと奏さんに届きますよ」

「日々也…」

「こんなに奏さんを愛している八面六臂の想いが、奏さんに伝わらないはずがありません。きっと大丈夫です」


そう言って微笑む日々也をしばらくポカンと見つめていると、日々也は顔を赤くしてもごもごと口を動かした。


「すっすみません…新参者の僕がこんなこと言っても説得力ないですよね…!」

「いや?少なくとも俺は日々也の言葉で大分元気になったけどね」

「あ…そ、うですか?」


上目遣いで聞いてくる日々也にそうだよと返して頭を撫でてやると、嬉しそうにへにゃりと笑った。我ながら似てないと思う。俺、こんな顔できないもん。

日々也はソファから立ち上がると、マントを取って俺にかけた。


「でも今は休んでください。無理はなさらないように」


いいですね?と念を入れる日々也に苦笑しながら頷いて、ゆっくりと目を閉じる。

すぐ微睡み始めた俺を、誰かが撫でてくれた気がした。






(異世界の頑張り屋)






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