子猫との日常 | ナノ


「どうしたの、津軽。自分の手なんか見つめちゃって」

「いや……」

「もしかして、ちょっと後悔とか罪悪感とか感じちゃったりしてる?」


からかうように言う八面六臂に、津軽は右手で握り拳を作りながら首を横に振った。


「別に後悔も罪悪感も感じていない。ただ…あんなことをした後だと、静雄も俺に相談なんてできないと思ってな」


そう言って苦笑する津軽に八面六臂は少し頬を膨らませるが、やがて腰に手を当てて大きなため息をついた。


「殴った相手の心配なんて、津軽は本当にお人好しなんだから」

「駄目か?」

「いや、それでこそ津軽だよ。まぁでも相談しにくいのは本当だったみたいだね。実際呼び出されたのはデリックな訳だし。…おっと、噂をすれば影、かな」


八面六臂が紅い瞳を細くして一点を見つめると、そこから金髪が2人分見えた。やがて、ピンクのシャツや黒いバーテン服が現れて白い空間に色を落とした。





デリックは津軽と八面六臂に気付くと、俺を引っ張りながら走った。


「たっだいまー」

「おかえり。早かったね」

「あ……、」


和やかに話すデリックと八面六臂とは対照的に、俺と津軽の間には気まずい沈黙が流れる。しかし、最初に沈黙を破ったのは俺だった。


「津軽、その…ありがとな。お前が殴ってくれなきゃ、俺はまたひどい言葉を奏に投げつけてたかもしんねぇ」

「静雄…」

「だから……ありがとう」


津軽の青い瞳をしっかり見据える。津軽も穏やかな笑みを浮かべた。
そんな俺たちの間に、八面六臂が割り入る。


「早速本題に入りたいんですけど?」

「……お前、八面六臂か?ジャケットはどうした」

「イザにゃんに貸してるよ」


インナー一枚で肩を竦める八面六臂に、「そういやチビたちは」と尋ねると、八面六臂は無言で向こうを指差した。よく見ると離れたところに見慣れたマントやピンクのコードが見える。その他にも、黄色や黒などの服を着た人がいたが、ここからでは顔が認識できなかった。


「にゃんにゃんはこっち来てから、八面六臂にべったり泣き付いてたからなぁ」


頭の後ろで手を組んでデリックが苦笑する。八面六臂は眉を寄せて俺の胸に人差し指をとん、と当てた。


「シズちゃんの一言で奏、臨也、シズちゃん、津軽たち…みんなの心が一時的とは言え離ればなれになったんだよ。誰がどれだけ傷ついたのか、シズちゃんには考えてほしいね」

「……悪かった」

「その言葉は俺に言うべきじゃない」


いつもより冷たい態度に、ああこいつも怒ってるんだなと申し訳ない気持ちになる。…そうだよな、こいつがどれだけ奏を好きかなんて、見てればわかる。その大好きな奏を、俺は傷つけたのだから。

うなだれる俺の肩を、デリックが軽く叩いた。


「そこら辺はシズはちゃんと分かってるんだよな?問題は奏との接し方だろ」

「ああ…」


頷くと、八面六臂はくるりと指で円を描いた。そこだけが切り取られたように映像が映る。そこには、安らかに寝息を立てる奏がいた。
その光景に少し驚いた俺を横目に、八面六臂が口を開く。


「奏は何も綺麗さっぱり記憶を失くしたわけじゃない。心のどこかでちゃんと懐かしさを感じてる。それは、今までの日常が奏に残っている証拠だよ」

「だから、静雄は変に構えなくていい。いつも通りに奏に接すればいいんだ」


八面六臂と津軽にそう言われて、俺はただ頷いた。

そうだったのか…いつも通り、いつも通りに。

そうと分かれば一刻も早く奏の傍に駆け付けたい気持ちになった。それを見透かしたように、デリックが俺の手首を掴む。


「今行ってもほら、奏寝てるじゃん。朝になってからの方がいいと思う」

「そうだな。あの闇医者の所で少し休んだ方がいい。…それとも、こちらにいるか?」

「はぁ!?」


煙管を取り出した津軽の言葉に、八面六臂は目を見開いて声を上げた。と、抗議しようとする八面六臂の後ろから、突然彼と同じ顔が二つ飛び出す。


「やっぱりシズちゃんだ!」

「八面六臂、これを返しに来ました」


ひょっこりと顔を出したのはサイケと日々也。日々也は持っていた赤いファーが付いたジャケットを差し出すと、遠慮がちに俺を見た。
そんな日々也とサイケに俺は頬を掻きながら言葉を紡ぐ。


「あー…取り乱して悪かったな」

「ううん。シズちゃんがあんなこと言うの、きっと奏のこと好きだからだよね?だからいいよ」

「はい…いいんです」


そう言って笑う二人の頭に手を乗せると、二人はくすぐったそうにまた笑った。





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