頭を冷やすと言って家を出てきた俺だったが、気付くと知り合いのマンションまで来ていた。俺を出迎えてくれた友人は俺の姿を見るとパタパタとPDAに文字を映し出す。
〈話は聞いてる。とりあえず中に入れ〉
一歩下がった首無ライダー、セルティに「悪いな」と呟いて玄関に入った。リビングに行くと、いつものように白衣を着た新羅があまり見せない真剣な表情を浮かべて座っていた。
「やあ静雄。こんな時間に来たことは許してあげるよ。ついさっき臨也から電話があったんだ」
「……臨也は、なんて」
「奏の現状と、アフターケアについてさ。と言っても、僕は怪我の診察と簡単なカウンセリングしかできないけどね」
そう言って肩を竦める新羅は俺を一瞥して、一呼吸すると再び口を開いた。
「あと…聞いたよ、静雄が奏に言ったことも。臨也がきっと僕の家に来るだろうって言ってた」
臨也に行動を読まれたことにイラつく暇もないほど、今の俺は脱力していた。自分の言った言葉が頭に響く。ああ、新羅も俺のことを怒るのだろうか。それとも呆れた目で見るのだろうか。
しかし新羅は、そのどちらもしなかった。
「まぁ、静雄の気持ちもわかるよ」
今まで落としていた視線を上げる。そこには、苦笑した新羅の顔があった。
セルティは新羅の隣で何か言いたそうにモジモジしているが、新羅の話が優先らしくPDAは出さない。
「だって普通の人から見たら奏は異常だもん」
「は…?」
きょとんとする俺に、セルティの肩も跳ねる。首から出る影が戸惑っているようにゆらゆらと揺れた。
「臨也の幼馴染みだよ?普通な方がおかしい」
「奏のどこが異常だって言うんだよ」
「一言で言えば"寛容さ"さ」
「寛容?」
俺とセルティが首を傾げる。新羅は隣に座るセルティに鼻の下を伸ばしながら、そうだよと頷いた。
「奏は人間や物事を何でもかんでも受け入れる。臨也の歪んだ性格も、俺の恋愛観も、静雄だってそうだろう?そしてそのことは周りから見たら異常なのさ」
思えば、そうかもしれなかった。
奏は最初は驚きこそするものの、すぐに受け入れる。それは俺の力を見た後も、俺の存在を受け入れてくれたことと同じだった。
チビだって、津軽たちだって、奏はほいほいと受け入れて自分の家に住ませている。
それは、確かに普通の人間にはできないことだ。
「ただし、奏は自分が受け入れられる側になると極端に臆病になる。だから、今の奏に本質的な部分が残っているとすれば、静雄の言葉が心の奥に突き刺さっているかもしれないね」
新羅の言葉を聞いて、一層後悔の念が襲ってきた。
そうなのだ。端から見ればあれが普通の反応。奏が責められる理由はどこにもない。なのに、俺は奏のことを全否定して…。
「静雄は奏が自分を受け入れてくれる喜びで、その異常さには気付かなかったのかもしれない。だから俺は今の奏を否定したい静雄の気持ちも少しはわかるよ」
「そう、だな…。いや、俺も確かに思ったんだ。俺と普通に接するなんておかしな奴だって。でも、それより嬉しさの方が強くて…そうか、今まで普通に一緒にいてくれた奏は、普通じゃなかったんだな」
別に奏のことを悪く言ってるわけじゃない。一緒にいてくれたからこそ、俺は奏を好きになったんだ。人に触れることを恐れていた俺に、勇気をくれたのは奏だから。
でも、だからこそ。
「どんな顔して奏に会えばいい……」
膝の上で拳を握る。
今の奏は俺に怯えているかもしれない。あんなことを言ったんだ、傷ついてるに決まってる。
やり場のない感情に眉間に皺を寄せていると、新羅はまた苦笑した。
「悩む時間が必要かな」
〈なんなら今日は泊まっていくか?〉
「え!?ちょっと待ってよセルティ!俺とセルティの愛の巣に他人を一晩でも泊めるなんて私は耐えられなゴフッ」
〈他人じゃない、友人だ!〉
新羅の鳩尾に綺麗に一発パンチを入れて、セルティは文字を打ち直したPDAを俺に向けた。
〈一晩考えるだけでも自分の考えがまとまる筈だ。私たちはいくらでも相談に乗る。今すぐ奏の所へ帰りたいのなら止めはしない〉
「いや、まだ頭ん中がぐちゃぐちゃしててよ。今会ったところで何て言えばいいかもわかんねぇし…。悪ぃけど、一晩世話になるわ」
結局、寝るためにリビングのソファを貸してもらった。俺が一人で考えたいと言うと、まだ文句を言い続ける新羅をセルティが宥めながら(時々鉄拳制裁を加えながら)、二人はそれぞれの自室へと向かった。
一人残ったリビングでしばらく座ったまま考え事をしていたが、やっぱり煮詰まるばかりで、どんな風に奏と接すればいいのかさっぱりわからない。
ぐしゃりと髪を掻き上げた時に、ふと津軽の言葉が浮かんだ。
『もし話したいことがあったら名前を呼んでくれ。すぐ行くから。…静雄も』
「…つが、……デリック」
なんとなく津軽とも顔を合わせづらくて、デリックの名を呼んだ。くっそ、自分で自分が情けない。
そんな情けない俺の前にも、デリックは淡い光と共に現れてくれた。
「デリック」
「シズ…」
「俺、相談したいことが、」
ガチャン。
機械音と共に、俺にヘッドホンが装着される。突然のことに目を見開けば、デリックはにかっと笑って俺の手を取った。
「相談する人数は多い方がいいだろ?」
ヴヴ…というどこかで聞いた音を聞いた瞬間、俺の視界は白く塗り潰された。