子猫との日常 | ナノ


「でさ、私大事なことに気付いたんだ」


あのあとお風呂に入ってさっぱりした私たちは(イザにゃんと入ろうとしたら静雄に取り上げられた)リビングで寛いでいた。
すーすーと寝息を立てるイザにゃんの頬を撫でる。


「なんだよ」

「明日から、この子どうしよう」

「どうしようって……あ」


静雄も気付いたみたいだ。

日中、イザにゃんの面倒を見る人が居ないということに。


「保育園に預けるわけにもいかないし……」

「一人で留守番なんてできるわけねぇよな」

「「………………」」


2人して沈黙。
当てが無いわけじゃない。
それは静雄も同じだろう。
ただ、当てにしたくない。


「けど……、他に居ないよねぇ」

「……だな」


静雄が顔をしかめて言う。
いつも怪我の手当てをして貰ってるのに、そこまで嫌そうな顔しなくても。

ここまで言えば分かるだろうか。そう、私たちがいま思い浮べている人物は。


「流石にいきなり解剖はしないよね?……新羅」


岸谷新羅。

池袋に住んでいる闇医者であり、私と静雄の同窓生だ。
都市伝説である首無ライダーと暮らしているだけで変り者なのに、性格も彼は輪をかけて変だった。

周りに居たのが静雄と臨也だったから唯一の常識人のように見えたかもしれないけど、実際はそうでもない。臨也でさえ引くほどの変態っぷりを持ってるし。


「……新羅に電話しよ」


乗り気じゃないけど、背に腹は代えられない。カチカチとボタンを数回押して、携帯を耳に当てた。
コール音が止むと同時に聞き慣れた声が聞こえてきた。


『もしもし。久しぶりだねぇ。奏から電話なんてどうしたの?』

「久しぶり。あのさ、実は頼みがあるんだけど……明日、仕事ある?」

『無いけど』

「じゃあ、子供を一人預かって欲しいの」

『子供?…ハッ!もしかして静雄との間の!?えー隠し子なんて聞いてないよ!』

「アホ。違うわ」


やっぱりこいつに頼んだ私がバカだった。
新羅は違うの?とあっけらかんと答える。こいつ、からかってんのか素なのか分からない。

心に若干の不安を残しつつ、簡単にイザにゃんのことを説明し、明日の朝新羅のマンションに行くことを約束して電話を切った。


「新羅、なんだって?」

「いいって言ってくれたけど……あああ激しく不安だわ」


セルティも仕事が休みだったらいいんだけど、そんなに都合よくはいかないだろう。
すやすやと眠るイザにゃんの寝顔を見て癒される反面、私は深い溜め息をついた。









高級マンションの最上階。
インターホンを鳴らすとはーい、と返事が聞こえてドアが開く。その隙間から、白衣を着た新羅がひょっこりと顔を出した。


「いらっしゃい。わ、静雄も一緒なの?やっぱり隠し子だったんじゃふがはッ!」


静雄に殴られた新羅は痛そうにお腹をさする。
頼みごとをする相手を殴るのは良くないよ静雄くん。


「それにしても随分可愛い子だね。隠し子じゃないのは確かかな。静雄に似てないしげふッ!」


そして学習しようよ新羅くん。
イザにゃんは私に抱かれたまま状況を把握できないでいる。
仕事でそんなに時間が無いのもあって、説明よりも見せた方が早いとイザにゃんの帽子を取った。


「うわあ本当に生えてる」


興味深いね、と眼鏡を掛け直す新羅。どうしよう今ちょっと目が光った気がする。
イザにゃんは突然知らない人にまじまじと見つめられて動揺しているようで、私の足に抱きついた。


「先に言っとく。解剖とかしないでね」

「やだなぁ!いくら僕でもこんな小さい子を初対面で解剖するわけないじゃないか!」


それは初対面じゃなかったらしてもいいよね?みたいなニュアンスを含んでるのだろうか。含んでないことを祈りたい。


「血液検査とかも駄目。むやみやたらに体触ったりするのも駄目。いい?」

「したら殴る」

「殴るって……。わかったよ。というか、僕は預かってあげるのに随分な物言いだね」

「ご、ごめん」


そこは素直に謝る。
腕時計を見ると、もうそろそろ出なければ会社に間に合わない時間だ。

今朝家を出るときイザにゃんに別の家に行くと説明したけど、いざ私たちが出ていこうとするとスカートの裾をきゅっと掴まれた。


「かなで、いっちゃうの?しずおも?」

「ごめんねイザにゃん。ちゃんと迎えに来るから。それまでこのお兄ちゃんといい子で待っててね?」

「………やだ」

「おい、」

「やだぁ!ぼくもいく!」


静雄のズボンと私のスカートを両手に握っていやいやと首を振る。や、やばい。流されそう。

静雄も振り払えないらしく、どうしたものかと私を見る。
いや私を見られても。ぶっちゃけ私の方がイザにゃんに負けそうだから。

その時、やだ、やだと言い続けるイザにゃんを新羅が抱き上げた。ちょっスカートめくれる!


「奏と静雄はお仕事だから、お留守番してようね」

「やぁっ!」

「いい子にしてないと、お迎えに来てくれないよ?」


新羅は子供の相手が上手い。
その点も含めて新羅に頼んだのは間違いじゃなかったようだ。

イザにゃんは新羅の言葉を聞いて、それもやだ、と仕方なくズボンとスカートを離した。くぅっ可愛い!!


「ごめんねイザにゃん。なるべく早く迎えにくるから」

「うん……」

「いってらっしゃい。ほら、イザにゃんもいってらっしゃーいって」


新羅が促すけれど、イザにゃんはそっぽを向いて新羅の肩に顔を埋めてしまった。拗ねてるみたいだ。
いやもうその仕草すら可愛すぎてにやけちゃいます。


「あはは。じゃ、この子のことは任せて」

「うん。ありがとう。いってきます」

「いってくる」


玄関を出る私たちの背中に新羅はもう一度いってらっしゃいと声を掛けてくれた。


「まさかあんなに駄々こねるとは思わなかったよね」

「そうだな」

「静雄、ちょっとイザにゃんのこと気に入ってきたりして」

「あいつはノミ蟲かもしれねぇ。ノミ蟲が本性を隠してる可能性がある限り、油断はできねぇ」

「……あっそ」


そこまで警戒しなくてもいいと思うんだけどねぇ。臨也が体だけ変化したとしてもあの小さい体じゃやれることは限られちゃうし。

今日は仕事をさっさと終わらせて早く帰ろう。
そう決心して、私は静雄と別れて会社へと向かった。










平和島静雄が女子供を連れて歩いていれば、噂にならない訳がない。
そしてその噂はネットに、または独自の情報パイプに流れ、多くの人々が得るものとなる。

ここにも、携帯電話を見つめて笑う男が一人。


「……、…」


彼は何かを呟いたが、それは雑踏の中に消え去り、誰にも届くことはなかった。





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