子猫との日常 | ナノ


「トムさんすんません、じゃあ、今日はこれで」

「おう。早く帰って祝ってもらえー?奏ちゃんに」

「…っす!プレゼント、本当にありがとうございました!ヴァローナも、ありがとな」

「謝礼、不要です。私は謝礼に相当する品物を先輩に送っていません」

「でも『おめでとう』って言ってくれただろ」

「そーよ。大事なのは物じゃなくて心なんだよヴァローナ。…さ、早く行け。奏ちゃん待ってるんだろ。また明日なー」

「お疲れっした!」


ぺこりと頭を下げてトムさんとヴァローナに背を向ける。今日の朝、俺を起こしに来たチビに「きょうは、はやくかえってきてね!」と言われたため、直帰にしてもらったのだ。
今日が何の日かくらい、いい加減自覚できる歳だ。今日は、俺の誕生日だった。

朝に奏からキスを一つもらい、事務所でもおめでとうと言ってもらって、トムさんからはプレゼントまで貰った。
取り立てもスムーズに終わったし、今日は気分がいい。
タバコを吸おうと思い取り出しかけた手を見つめ、やっぱりポケットに突っ込んで足取り軽く家へと向かった。














「ただいま」

「「おかえり!」」


家に帰ると、早速チビとサイケが俺を迎えてくれた。二人に両腕を引っ張られながらリビングへ行くと、テーブルの上にはたくさんの皿が並べられていた。


「おかえり。さ、座って。今日の主役なんだから」


奏が指差した場所に腰を下ろす。胡坐をかいた俺の足の上に、チビがちょこんと納まった。


「あっこらダメだろにゃんにゃん」

「きょうはここがいい!」

「別に構わねぇよ」


そう言って頭を撫でてやれば、チビは気持ちよさそうに笑う。全員が座り、奏がパン、と手を叩いた。


「じゃあ、改めてみんなでお祝いしよう。静雄、誕生日おめでとう!」

「「「おめでとう!」」」


みんなが笑って拍手をしてくれる。こんなに大人数に誕生日を祝ってもらうのは初めてで、なんだか、胸の辺りがくすぐったくなった。


「俺からのプレゼントはこの料理だ。残らない物で悪い」

「んなことねぇよ。すっげぇ美味い。ありがとな」


本当に津軽は大したものだと思う。こんだけの料理をどれくらいの時間をかけて作ったのだろう。たぶん、一日中かけたに違いない。


「俺からはこれ!」

「開けてもいいか?」


デリックが頷いたので、差し出された袋を開けると、中からポーチのようなものが出てきた。ああ、これは良く知ってる。


「シガレットケースか」

「そ。シズ今タバコ減らしてるだろ?自分で決めた本数だけそれに入れておけば、少しは手助けになるかなって」

「なるほどな。助かるよ、ありがとう」


実は欲しかったんだよな、シガレットケース。でもなんだか気恥ずかしくて買えなかった。革製のそれを横に置くと、視界に握りこぶしがずいっと割り込んだ。


「はいシズちゃん、俺からのプレゼント」

「…は?手前が?俺に?」

「そう!また一年寿命に近付いたシズちゃんを祝して、これをあげよう」


言ってることは気に食わないが、贈り物をされてまぁ悪い気はしない。素直に手のひらを上にして出すと、臨也は手を開いた。手のひらには、ころりと転がる2つの筒。


「……これは、」

「使いかけの電池」

「舐 め て ん の か 手 前 は」


ああ馬鹿だった。一瞬でもまともなプレゼントを想像した俺が馬鹿だった!
だが握った瞬間にぐにゃりと形を変えた電池を投げ付けるよりも早く、臨也がぽいっと何かを投げてきた。


「んあ?なんだこれ…メガネケース?」

「幅を広げればそうなるかな。サングラスケースだよ、それ。シズちゃんさぁ、仕事中は仕方ないけど家にいる時くらいサングラスしまいなよ。いつもそこら辺に放っておいてるんだもん、踏まれたって文句は言えないよ?」

「お、おう」


急にペラペラ喋りだした臨也に少し戸惑いながら頷く。一応プレゼントってことで、いいんだよなこれ…。


「臨也」

「なに?」

「あ…ありがとよ」

「百均だけどね」

「……」


堪えろ俺…!今日はケンカとか、暴力とかしたくないんだから。
そんな俺を宥めるように、奏がまぁまぁとまた袋を取り出した。


「次は私からね。はい」

「ん…ありがとな」


カサリと袋を開けると、そこには紺色のコートが入っていた。広げてみると、それはハーフコートで、よく見ると所々に青色のチェックのラインが入っている。


「今のコート、割とボロボロだから。まぁ、2年前に私があげたやつなんだけど。替え時かなーって」

「そうか…。ええと…悪いな。俺、すぐ暴れちまうから」

「ううん、いいの。それでも静雄は大事に着てくれてたし。だから、このコートも大事にしてね」

「ああ。ありがとう」


くすくすと笑った奏は、もう一つ紙袋を取り出した。


「これは幽くんの分。預かってたの」

「そうだったのか」


そういや今朝メールでプレゼントは奏から貰ってと言っていた気がする。開けると、手袋とマフラーだった。


「いい色。これで防寒はバッチリだね」

「ああ。本当に。幽にもあとでメールしなきゃな」


みんなからのプレゼントに心がぬくぬくしていると、俺の膝の上でチビがそわそわと動きだした。


「ん、どうした?」

「かなで、ぼくとさいけのぷれぜんともだしたい」

「うん!おれたちからもシズちゃんにプレゼント、あるもん!」

「ふふ、そうだね。みんな渡したんだし、ちょっと早いけど出そうか」


そう言うと奏はキッチンに向かい、そして大きな皿を持って戻ってきた。


「おお…」

「これが、おれたちからのプレゼントだよ!」

「がんばった…!」


テーブルに置かれた皿の上には、真っ白なクリームと真っ赤なイチゴ、そしてチョコレートでデコレーションされたケーキが乗っていた。真ん中に『ハッピーバースデーしずお』と何とか読める字で書いてある。


「津軽の完全監修のもと、にゃんにゃんとサイケで作ったんだぜ」

「たくさんくりーむつけたんだよ!」

「文字はおれとイザにゃんでこうたいで書いたの!」

「そっか。二人とも、ありがとな。すっげぇ嬉しい。…津軽も、ありがとう」


本当に、こんなに多くの人たちに祝ってもらうのは初めてだった。ああ、俺は今、すごい幸せだなんて、柄にもなく考えて。
緩みっぱなしの頬で、ただひたすら「ありがとう」と、それしか出てこなかった。


「ん…?」


切り分けたケーキと、津軽が密かに作っていた俺を模したムジパンを頬張っていると、突然デリックがヘッドホンに手を当てた。


「ああ…なるほど。ん、わかった了解」

「デリック?」

「八面六臂から。シズにプレゼント送ったって」


ピンポーン──…。

まるでタイミングを見計らったようなインターホンの音に、奏がモニターを覗き込むと、スピーカーから声が聞こえてきた。


『あっあの!こちらは空谷奏さんのお家でよろしいでしょうか?』

「…………へ」

『えっと…八面六臂からプレゼントのお届けです』


「どうした奏…、あ?」

『というか、あの…僕がプレゼントです!』


いや。いやいやいや。
こんなにビッグなプレゼントを貰うのも初めて…ってか、


「「……馬?」」

『…日々也様、もしや日々也様ご自身のお顔が見えていらっしゃらないのでは』

『えっ…あ、そ、そうなんですか?』


やけに冷静な声に、少し慌てたような声の後。

モニターに映ったのは、恥ずかしそうに頬を染める、臨也の顔だった。






(おめでとう)


(サプライズ過ぎる…)
(八面六臂め、やってくれるじゃない…。とにかく外に出てみよう)





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