「おつかいをさせてみよう」
すべては、この一言から始まった。
たまたまやっていた特番を見ていた臨也がそう提案したのだ。テレビでは小さな女の子がおつかいの袋を持って必死に坂道を登っている。
一緒に見ていた奏と静雄とデリックは、揃って目をぱちくりさせた。
「おつかいって、誰に?」
「にゃんこ」
「なんでだよ」
「面白そうだから」
「…大丈夫か?」
「デリックが後ろから付いていくから大丈夫」
「俺かよ!」
がっくりと肩を落とすデリックに、奏は苦笑してその肩を叩いた。
「明日は休みだし、私も付いていくよ」
「待て。なら俺が行くからデリックは家にいてくれ」
すかさず静雄がデリックを指差す。元より静雄に協力的なデリックはあっさり頷いた。
すっかりおつかいに行かせる雰囲気になったにも関わらず、提案者である臨也は少し不機嫌になりながらも指を立てる。
「で、どこに行かせるかなんだけど」
「あそこがいいんじゃない?近くの小さなケーキ屋さん」
「俺もそこがいいと思うんだよね。…よし明日の朝隠しカメラ取り付けにいこう。あ、もちろん奏たちにはビデオカメラ持たせるから」
すぐにカチカチと携帯を弄りだした臨也に、奏は苦笑混じりのため息をついた。静雄もため息をつくが、それは奏とは違い呆れたようなもので、デリックが軽く笑う。
「とにかく、明日が楽しみだな!」
デリックの言葉に、他の3人も素直に頷いた。
翌日。
昼食を終えてのんびりとした時間を過ごしているリビングで、奏がイザにゃんを呼んだ。
「イザにゃんにね、お願いしたいことがあるんだけど」
「おねがい?」
「うん。おつかいに行ってきてほしいの」
「おつかい……」
言って、イザにゃんはじっと奏を見つめた。まだよく分かっていないような表情に、奏が更に説明を加えようとしたところで、イザにゃんの肩からピンクの瞳が覗いた。
「イザにゃん、おつかいするの?」
「そうだよ」
「おれもいっしょに行く!」
びしっと手を上げたサイケを見て、奏は笑って頷いた。これは予想の範囲内だ。だから、今日のおつかいのことも敢えてサイケには教えなかった。
サイケもイザにゃんの隣に座らせて、もう一度説明をするために口を開く。
「じゃあ二人には、今日のおやつのケーキを買ってきてもらいます」
「「ケーキ!」」
「いつも行く公園の近くにあるケーキ屋さんわかる?」
「「うん」」
「そのケーキ屋さんで、ショートケーキを3つ、チョコレートケーキを2つ、あとはイザにゃんとサイケが食べたいケーキを一つずつ買ってきてください」
比較的易しめな内容を、イザにゃんとサイケは確認するように呟いた。
その様子を見て、デリックがぽす、と二人の頭に手を乗せる。津軽もデリックの隣に立つと目を細めた。
「二人とも、頑張れよ!」
「無理はしないようにな」
「「うん!」」
元気よく頷いた二人にお金を渡して玄関で見送ると、二階から臨也が降りてきた。
「どう?上手くいった?」
「完璧。さ、私たちは後ろからついていくよ、静雄」
「ん」
「サイケたちは大丈夫だろうか…迷子とかにならなきゃいいが……」
「津軽は心配性だなぁ!だーいじょーぶだって!」
心配そうに眉を下げる津軽の背中をデリックがばしんと叩く。奏と静雄は顔を見合わせて小さく笑うと、ビデオカメラを持って二人のあとを追い掛けた。
(早速道間違ったぞ)
(こりゃ前途多難だわ…)