子猫との日常 | ナノ


夜。
風呂上がり、部屋に戻った俺は、なんとなくぼんやりと天井を見つめていた。
いくら馬鹿な俺でも、悩みの一つや二つくらい持ってるわけで。何という気もなくため息をついたところで、小さなノック音が響いた。


「……お前か。どうした?」

「タバコ、くれたりする?」


ドアを開けると、そこには俺と瓜二つの顔をしたデリックが立っていた。…この感覚にもいい加減慣れた。
最初は津軽を見るたびに、同じ顔に中身は違うと変に劣等感を抱いたりしていたが(今もたまに感じたりする時がある)、もう一人の、俺とは違う人間だと認識するようになってからはそんなに気にならなくなった。

別に断る理由もない。
デリックを部屋に招き入れると、彼は「さんきゅ」と部屋に足を踏み入れた。


「俺、夕方に切らしちゃったんだよね」


タバコ、と苦笑して、デリックは俺からタバコを受け取った。銘柄は俺と同じものを吸っているから、すぐに口にくわえると、ベランダに出て火を点ける。

俺はベランダが付いている部屋を自分の部屋にした。家の中で吸いたくなったら、すぐここに出て吸えるからだ。やっぱり、奏やチビがいる空間の中でタバコを吸うのは気が引ける。

外に出たデリックに続いて、俺も出た。デリックは俺に箱を差し出す。


「シズは?」

「いや、いい」

「シズ、最近タバコ吸わなくなったよな」

「ん…知ってたのか」


頷いて、デリックは白く細長い煙を吐き出した。その独特の匂いに思わず沸き上がる欲望を押さえ込む。


「あれか?タバコの値段が高くなったってやつ」

「あー…まぁ、それもあるんだけどよ、…少しでも金を貯めたくて」

「金?」


ベランダの柵にもたれかかりながら、デリックは首を傾げた。プランと揺れるヘッドホンのコードを見つめる。
ぷらぷら、ぷらぷら。小さく揺れるそれは、まるで今の俺のようだった。


「何買うの?」

「……、まだ」

「とりあえず貯金、か。シズ偉いなー」


笑って、デリックはまたタバコをくわえた。
その様子を見て、俺はコードから目を逸らしながら小さく声を出した。


「…指輪、を」

「へ?ゆびわ?」


デリックが一瞬きょとんとした表情になる。でもその意味を理解したのか、にかっと笑うと俺の肩をばしんと叩いた。


「すげーじゃん!なに、プレゼントで渡すの?それとももっと別の意味で?」

「別の意味の方…に、したいと思ってる」

「うお、マジか…すげー」


タバコの灰を手持ちの灰皿に落としながら、デリックはなんだかブツブツ言っていた。正直、ここまでの反応をされるとは思ってなかった。というか、指輪を買うことがどういうことを意味しているのか気付いてもらえるとは思わなかった。


「でも、」

「ん?」

「なんかやっぱ…自信がねぇんだよな……」

「自信?」

「ああ。俺、まともな仕事してるとは言えねぇし、借金もしてるし、性格だってよくできた方じゃねぇ。何より、化け物染みた力を持ってる。こんな俺が、奏にそんなことする資格あるのか…って」


てか話しすぎだろ俺!まさかこんなに簡単に悩みを打ち明けるとは自分でも思わなかったぞ!

それくらいデリックは話しやすかった。例えるなら…そう、トムさんだ。気さくで、理屈っぽさは無いけど頭がいい。ただ違うとすれば、トムさんは年上だとか貸しがあるということで気を遣うが、デリックにはそれが要らないということだろうか。
俺と同い年(たぶん)だろうし、新羅との腐れ縁やノミ蟲との因縁とは違う、単純な友達という感覚が、あるのかもしれない。

ぐだぐだと考える俺の顔を見て、デリックは苦笑した。


「そんな思い詰めた顔すんなって」

「あ、いや…」


今考えていたことはさっきと全く関係ない。
そう言おうとした瞬間にデリックにびしりと指を差されて、俺は思わず口をつぐんだ。


「シズなら、大丈夫!」

「……は?」

「俺は津軽たちより後に生まれたし、この家に来て日も浅いから、シズのことを全部知ってるわけじゃない」

「まぁ…」

「でもさ、そうやって不安になってるシズを見てるとさ、奏のこと愛してるんだなーって、すごく感じる」


腕を組んでうんうんと自分で頷くデリックを前に、俺はただぽかんと口を開けた。


「シズの悩みは、ただ単に自分の欠点を失くすんじゃなくて、奏を不安にさせないように失くしたいものだろ?」


言い換えると、そうなのかもしれない。
胸を張れるような仕事して、借金も無くて、力をコントロールできる。
それは今の俺からはほど遠い理想の中の理想の姿だ。でも奏と一緒になるために、その理想に近づきたいと思っている。


「自分で目標作って変わるのはすごく大変だと思う。ましてやそれが他人のためなら、その人を相当愛してないと無理だと思うんだよ」


だから、とデリックはまたタバコを口に入れて煙を吐き出した。


「だから、まぁ…シズにそれだけ奏を愛してる気持ちがあれば大丈夫!ってことを、俺は言いたいわけです」

「お、おう…」

「自信持って。シズは、シズが考えてるほど酷い男じゃないよ。すんげぇ優しいし、実は割と責任感あるし、強い信念を持ってる。俺、シズのこと大好きだ!」

「あ…サンキュ、な」


なんというか、色々と。
おかげでぐずぐずした考えを払拭できた気がする。
やれることからやっていこう。少しずつでいい。傍に奏さえいてくれたら、俺は頑張れる。

胸がすっきりしたような感覚に笑顔をこぼすと、いきなりデリックが「よしっ」と声を上げてタバコを灰皿に押しつけた。


「じゃあ俺もタバコ減らす」

「や、お前は別に」

「だってほら、仲間がいた方が続けられる気がしねぇ?津軽だってこっちじゃ全然吸わないし」

「え、津軽ってタバコ吸うのか?」

「タバコっつーか、煙管だな津軽の場合。あっちの世界じゃたまに吸ってる」


そうだったのか…。確かに津軽が煙管をくわえているところなんて見たことがない。
しかし、そうだとしたら津軽すげぇな。俺はまだ半日も保たねぇ。


「そうだ、どうせなら減らすんじゃなくて禁煙の方がいいんじゃない?将来的に」

「ま、まぁ、そうか」


将来的に。
その一言がずしりと重くのしかかる気がした。いや、さっきデリックに励ましてもらったばっかじゃねぇか。くよくよすんな俺!


「デリック、ありがとな。俺、やるだけやってみるわ」

「ん。頑張れよ」


おう、と頷いて部屋の中に入る。デリックも俺のあとに続き、「じゃ、寝ようかな」と部屋に戻っていった。

さっきと同じ天井を、さっきとは違う気持ちで見上げた。






(相談役)


(相談できて良かった)
(たくさん話せて良かった)





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