子猫との日常 | ナノ


その人は、相変わらず美人で、淡泊で、それでいて辛辣だった。


「折原臨也を借りるわね」

「どうぞご自由に…」

「奏の裏切り者!ひーとーでーなーしー!」

「うるさいわね。仕事しないあなたが悪いわ」


私が睨まれているわけでもないのに、変に体が強ばる。刺すような視線って、正にこんな視線のことを言うんだろうなぁ…。

今、私の家の玄関には臨也の秘書である波江さんがいる。そして波江さんの片手には臨也のコートのフードが掴まれていて、臨也は私の足にしがみ付いていた。


「いーやーだー!俺奏んちにいる!ちゃんと仕事するから!」

「その常套句にもいい加減飽きたわ。いいから行くわよ」

「臨也、いい子だからお仕事終わらせてきなさい」


子供のように駄々をこねる臨也の手を引き剥がしながら、ため息をつく。
ここ最近で、臨也は相当仕事を溜め込んだらしい。普通の仕事とは違い基本的に休みが無い職業(?)で可哀想だとは思うけど…。

まぁ、情報屋は新鮮さが売りだと前に言っていたし、やっぱり溜め込むのはよくないんじゃないかなぁ。それに、家に居たってサイケやイザにゃんが邪魔をしてしまうかもしれないし、やっぱり新宿の事務所で作業をした方がいいと思う。


「それじゃあ、3日後に返すわね」

「えっ3日間も!?」

「当たり前でしょう。三日三晩寝ずに仕事するくらいの覚悟はなさい」

「嘘でしょ……」


そして、すんすん泣きながら臨也は波江さんに引き摺られて、波江さんが玄関の扉を開けたその瞬間。


「だめーっ!」


私の後ろからとたとたと軽い足音が聞こえたかと思うと、猫耳としっぽ丸出しのイザにゃんが臨也に飛び付いた。突然のことに、私と臨也は目を丸くする。波江さんは別の意味で驚いていたようだけど。


「いざや、いやだっていってるもん!だからつれてっちゃめーなの…!」


……。
どうやらイザにゃんは、臨也がどこか恐い場所にでも無理矢理連れて行かれると思っているらしい。

臨也にひっついて、「だめ、だめ」と首を振るイザにゃんに思わず立ち眩み。だって可愛すぎるでしょ…!

そしてそんなイザにゃんの姿に、臨也が耐えられるはずがなかった。


「ッあああやっぱり無理!にゃんこと3日間会えないとか寂しくて死ぬ!」

「今まで孤独死してないから大丈夫よ」


波江さんはまた淡白な表情に戻ると、何事もなかったかのように臨也のフードを引っ張った。……すごい順応性。
一方臨也はイザにゃんを抱きしめたまま「わかった!」と叫んだ。


「新宿には行く。仕事もする。その代わり、にゃんこも連れて行く」

「「…はぁ?」」


私と波江さんは再び目をぱちくりさせる。臨也は涙目で波江さんを見上げると、もう一度その条件を口にした。


「にゃんこも連れて新宿に行く。ダメなら行かない」


……本当にこの男は成人しているのでしょうか。

けれど譲る気が微塵も感じられない表情に、波江さんは深くため息をついた。


「もう、あなたが働いてくれるならどうでもいいわ」

「やった!ほらにゃんこ、着替えておいで」

「いざやは、もういやじゃないの?」

「嫌じゃないよ。だってにゃんこも来てくれるからね。奏、早くにゃんこに外出用の服着せてあげてよ」


なんとまぁ切り替えが早い。さっきまで泣いて嫌がってたのに、今は眩しいくらいの笑顔でにこにこしている。
私も一つため息をついて、波江さんに謝りながらイザにゃんを着替えさせる為に部屋に向かった。


「本当にすみません…」

「あなた、よくあんなのと幼馴染みやってられるわね」

「あはは…」


イザにゃんを着替えさせ、再び玄関に戻ったところで、波江さんにぺこりと頭を下げて三人を見送った。
誰もいなくなった玄関で、自分でもよく幼馴染みやってられるなぁ、と苦笑混じりのため息をついた。






カタカタカタカタ。


「……」


カタカタカタ。


「…、」


カタカ


「ッ…!」

「さっきからいい加減にしてくれない?」


今までキーボードの音しか響かなかった部屋に、冷たい言葉が響く。波江は俺を睨みながらかなり怖い顔をした。


「や、無理」

「気持ち悪いのよ。パソコンの画面見ながら顔をにやにやさせたり体をうずうずさせたり、しまいには抱きつくあなたが」

「にゃんこは気持ち悪くないよねー?」

「いざや、きもちわるくないよ?」


ほれ見ろ、と見返してやれば波江はイライラしたように自分のパソコンに視線を移した。そうそう、イライラするなら見なきゃいいんだよ。こっちはこっちで勝手にやるからさ。

俺は今にゃんこを膝の上に乗せて仕事をしているわけだけど、何分可愛すぎてぶっちゃけ仕事にならない。いや、まぁやることはやってる…はずだ。


「いざや、おりていい?」

「えー」

「おえかきしたい」


仕方ないなぁ、とソファまで連れていき紙とペンを用意してあげた。クレヨンとかは無いからこれで我慢してね。

にゃんこはにこにこしながらせっせと絵を書き始める。その様子を横で見ていたら、何やら冷たい視線を感じた。
はいはいわかってますよ。仕事ですね了解です。


「いざやー!」


またしばらくして、何かくすくす笑い声が聞こえると思ったら、にゃんこが俺に駆け寄ってきた。


「みてみて!これおっきいの!ぼうし、まえみえなくなるの!」


その姿を見て俺は思わず鼻血を出すところだった。
にゃんこが俺のコートを着ていたからだ。
袖も丈も長すぎてぶかぶか、フードを被ればあまりの大きさに顔が半分隠れてしまう。

何が面白いのかフードを被ってけたけた笑うにゃんこを、俺は気付けば抱きしめていて、それからの行動は実に早かった。


「……変態」

「だめだ可愛すぎて死ねる」

「いざや?」


目の前にはコート一枚だけを着たにゃんこ。裾からは足の肌が直接見えている。
床をばんばん叩く俺に、にゃんこは、くてん、と首を傾げた。…あ、だめだ俺。パソコンと向き合う気が全く無くなった。秘書の氷のような視線もドリルのような言葉も気にならない。


「ちょっと」

「なに!?今日は俺もう仕事しないよ!?」

「来客よ」

「は?」

「あなたの大嫌いなバーテン服がバーテン服じゃない格好で立ってるわ」

「なにそれ…あ、デリックじゃん」


モニターにはスーツ姿のデリックが映っていた。すぐに鍵を開けてやると、デリックはいつもの調子で軽く笑った。


「手伝い兼配達です」

「どういうこと?」

「奏が手伝いに行ってあげてって。ほら、奏は仕事だし津軽は家のことやってくれてるし、サイケはきっと無理だろうし?」


ああ、と納得。奏もにゃんこを連れて行った時点で仕事がはかどらないことを悟ったんだろう。すごいね奏、実際はかどってないよ。
デリックは波江に軽く挨拶をすると、手に持っていた紙袋をテーブルに置いた。


「そういえば、配達って言ってたね」

「ん。これ、津軽が昼飯作ってくれた」

「津軽が?」

「秘書の人もどうぞって」


本当に気が利くというか何というか。人間として完璧だね津軽。
紙袋から津軽が作ってくれた昼食を出し終えると、デリックはにゃんこを指差した。


「ずっと気になってたんだけどさ、なんであんな格好してんの?」

「成り行きで。でもすごく可愛いよね」

「否定はしないけど…なんかシズがすごい怒りそう」

「でりっく、ごはん?」

「あぁ。みんなで食おうぜ。いいよな、臨也」

「うん。波江も食べようよ。津軽の料理美味しいから」

「もう、何があったのか聞くのも億劫だわ」


デリックを一瞥して波江はソファに座った。深い詮索はしないようだ。俺だってにゃんこやサイケたちとの出会いを話すのは大変なんだから、それはそれでいいんだけど。



それから昼食を終え、俺はまたにゃんこを膝に乗せてパソコンに向かい、デリックには簡単な書類整理をしてもらった。そして、空が赤く染まり始めた頃にデリックは立ち上がった。


「臨也、悪いけどそろそろ帰るな」

「そう。今日は助かったよ。ありがとう」


いや、と笑って、デリックは寝ていたにゃんこを抱き上げる。


「……臨也、離して」

「いや」

「あ、そういや奏から伝言あったんだ。『イザにゃんは今日一日だけ。早く会いたかったらさっさと仕事片付けて帰ってきなさい』だってさ」

「いいこと言うわね。伝言の意味がわかったら早くその手を離しなさい」


横から波江にぴしゃりと言われ、渋々手を離した。
じゃ、と手を振って出て行ったデリックとにゃんこの姿を、俺は見えなくなるまで全面ガラスの窓から見ていた。






(依存症)


(波江さん、やる気が全く起きません……)
(じゃあ帰るのは一ヶ月後かしらね)
(…頑張ります)





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