子猫との日常 | ナノ


「それにしても、一年って早いなぁ」

「それ、元旦に言うセリフかよ?」


まだ明かりのつくリビングで、奏がしみじみと言った言葉に苦笑する。まだ年が明けてから2時間程度しか経っていないのに。
奏は俺の隣でちびりとビールを飲んだ。


「私、過ぎちゃってから時間の大切さを噛みしめる方だからさ。昨日の時点では"今年"なのに、もう"去年"になってる。そう思うと、時の流れって無常だなーって改めて感じるわけ」


特番のバラエティー番組を横目に、またビールをちびりと飲む。

今、リビングには俺と奏の二人きり。
0時を過ぎてまもなく寝息を立て始めたチビとサイケを連れて、朝早いからと津軽も2階へ上がった。臨也は一時間ほど前に奏に双子の妹たちの所へ追いやられた。どうやら、奏の携帯に遠回しに『寂しいから兄と一緒に年越しを祝いたい』みたいな意味を込めたメールが届いたらしい。デリックはつい先程2階へ上がった所だ。


「今年も、あっという間なのかなぁ…」

「中身が充実してるなら、別にいいんじゃねぇの」

「…そうだね。うん、そうかも。去年だって、イザにゃんたち来てからあっという間だったけど、楽しかったし幸せだったし」


くすくす笑う奏の横顔を見て、思わず抱きしめたくなった。

今年は、俺が去年以上に幸せにしてやる。

そう言いたいのに口からは出てこない。そんな自分に情けなさを感じながら、俺はビールを一気に飲み干した。飲んでから、思う。


「(酒の力を借りて、そんな大事なこと言いたくねぇ)」


ああ全くその通り。酔った勢いで言った所で、その覚悟を後で疑われるのは嫌だし、何しろ奏は結構酔っているから記憶が曖昧になっているかもしれない。

だけど、今年中には、いや半年中にはどうにかして今の関係から一歩も二歩も進みたい。それが多分、幽が言っていたことにも繋がるのだろう。

なんて新年早々難しいことを考えていた俺の腕を、奏が引っ張った。


「なんだよ」

「ここ、座っていーい?」

「は?って、おい」


ソファに背を預けて床に胡坐をかいていた足の中央を指差して、俺が返事をしない内に奏がそこに座った。

奏は俺に背中を預けている状態でまたテレビへと視線を戻す。なんだよ、これじゃあ聞いた意味ねーじゃねぇか。…断るつもりもなかったが。


「ふふ、あったかい」

「……そうだな」


奏のお腹に手を回すと、また機嫌が良さそうに笑う。俺はその小さな肩にこつん、と額を乗せた。


「静雄くんは今年も甘えたさんだねー」

「うっせ……」


酒とは違う、柔らかないい匂い。
奏はくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。
しばらくすると、その手が力なくぱたりと落ちる。


「奏?」


腕の中には、すーすーと静かに寝息を立てている奏。
上に連れていこうかとお腹に回した手をどけようとしたら、奏がその手をやんわりと握った。


「し、ずお……」


寝言、か?小さく呟いた言葉の後にはまた規則正しい寝息。俺の胸にじんわりと染みる温もりが堪らなく愛しくなって、後ろからぎゅうっとまた抱きしめた。

















ふわり、と何か柔らかいものが掛けられた感覚にうっすらと目を開ける。


「あ、起こしたか?」


小声で津軽がそう尋ねた。体の上には毛布。どうやらこれを掛けた感覚だったらしい。


「ベッドに寝かせようと思ったんが、なかなか離してくれなくてな」


津軽は苦笑しながら私のお腹の辺りをつん、と突いた。そこには静雄の手。…あ、そういえばここ静雄の膝の上か。
少し顔を傾けて静雄の顔を見上げると、くかー…となんとも気持ちよさそうな寝顔が目に入る。


「起こしてもいいなら、手、外すけど」

「…んーん、いいよ、このままで。津軽はバイト?」

「ああ。なんたって今日は忙しいからな」

「そうだね。気を付けていってらっしゃい」

「いってくる」


働き者の背中を見送って、静雄の胸に背を預けたまま何の気なしに静雄の手に自分の手を重ねた。
大きくて熱い。手の甲を撫でると、また僅かに力が込められる。


「んん……かなで…、」


耳元で囁かれる自分の名前を聞いて、少し顔が熱くなる。どうやら寝言だったらしい。
毛布からもそりと手を出して静雄の頭を撫でながら、自分が寝る前に言った覚えのある言葉を思い出して、少し笑った。


「くす…今年も、たくさん甘えさせてね」






(今年もよろしく、お互いに)


結局、朝帰ってきた臨也が静雄を叩き起こすまでホールドされたままでした。





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