子猫との日常 | ナノ


静雄が八面六臂だと言った臨也そっくりの青年は、なぜか酷く慌てているように見えた。真っ赤になった顔を臨也とは色違いのコートで半分隠しながら、視線をきょろきょろさせている。


「(可愛いなぁ)」


照れ屋さんなのかな?暢気に相手を観察していたところで、あれ?と疑問が一つ。


「確か八面六臂ってこっちの世界に来れないんじゃ…」

「ああ、なんか俺が触れてる間だけは居れるらしい」


そういえばずっと静雄と手を繋いだまま。……なんだか新鮮な光景だ。だっていくら別人と言っても顔は臨也だし。

それにしても私と目を合わせてくれないんだけど…。


「なんか…話しづらいかな、私」

「そっ、そんなこと!」


な、い……と語尾を小さくして、一瞬合った視線をまた逸らした八面六臂に苦笑する。うん、照れ屋さんなんだきっと。

それから私は八面六臂をソファに座らせて、どうせならと質問することにした。
ちなみにイザにゃんは八面六臂が大好きみたいで、八面六臂の膝の上にちょこんと座って満面の笑みを浮かべている。…ちょっと妬ける。


「ええと、質問していい?」

「あ…うん」

「デリックが後々もう一人増えるって言ってたんだけど、それ本当?」

「……うん、本当」


こくりと頷いた八面六臂を見て、やっぱりベッドを買わなきゃいけないかな、なんて考える。さすがに部屋はもう無いから、後々来るもう一人はデリックと相部屋にしてもらうしかない。


「あ、もしかして今度も静雄や臨也にそっくりな子が来たりするのかな」

「たぶん。俺も、その新しい存在が生み出されるまでは姿や性格は分からないんだ」

「へぇ……」


じゃあどうしてもう一人来るって分かるんだろう。この疑問をそのまま質問すると、「なんとなくだけど、はっきり分かる」と返された。…なかなか難しい世界だ。


「そういえばさ、どうしてイザにゃんや津軽たちは最初記憶が無かったの?」


後から来たデリックはしっかりあちらの世界を記憶していた。それに、津軽もサイケも思い出したと言っていた。ということは、元々あった記憶が消えてしまっていたのだ。

何度も質問することに申し訳ないと思いながら尋ねると、八面六臂は依然として顔を赤くしたままちょっとだけ声を小さくした。


「あれは…俺のミスで」

「ミス?」

「あちらの世界からこちらの世界に移動させるのは、初めてだったから…。ちょっと、失敗した、というかなんというか……」


決まり悪そうにぽそぽそ呟く。よく分からないけど、誰だって初めは失敗するということだろうか。津軽たちはそんなに気にしてなかったみたいだから、いいのか…な?


「ただ、イザにゃんはわからない。この子は元々あっちにはいなかったから」

「そっか」


話の内容をほとんど理解できていないイザにゃんは、ただ首を傾げただけですぐ八面六臂の袖のファーで遊び始めた。改めて思う。

……不思議だ。


「…俺、そろそろ帰るね」

「えっ、もう!?やだやだ、もっとろっぴといっしょにいるー!」

「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「いや…あんま長く居ると、帰りたくなくなるから」


ちょっぴりだけ苦笑した八面六臂に、私は胸がきゅっとなったのを感じた。なんとも言えないその感覚に、体が勝手に動く。


「〜〜〜ッ」

「っあ、ごめん!」


気付くと私の手は八面六臂の頭の上にあって、彼の頭を撫でていた。息をのんだ八面六臂から思わず手を離す。

無意識の行動は大抵後になって恥ずかしいと思うのだけれど、本当に何やってるんだろう私。ただ、なんとなく撫でてあげたいなって思った…んだと思う。…たぶん。

あはは、と取り繕うように笑う私を見て、八面六臂がくすりと笑った。


「やっぱり奏は奏だね」

「え?」

「本当にもう帰るよ。ごめんねイザにゃん。でも、今度からは本当にいつでも会えるから」

「……うん」

「いい子だね」


イザにゃんは耳を垂らして八面六臂の膝から下りた。イザにゃんの耳の付け根をカリカリとかいて八面六臂は立ち上がると、私の方を向く。


「あの、一ついい?」

「なに?」

「手、出して」


なんだろうと疑問を浮かべながら手を差し出すと、八面六臂も袖から手を出して私の手を握った。


「俺が生まれたのは、奏がいたからなんだ。俺は奏から生まれたんだよ」

「へ…?」

「俺だけじゃない。サイケも津軽もデリックも、きっとイザにゃんも。みんな奏がいるから存在できるんだよ」


えーと、待て待て。帰り際にまた謎を残してくれるな八面六臂くん。
手を握られたまま、はてなマークを浮かべる私を見て、八面六臂はまた少し笑った。


「だから会いたかったんだ。…この一言を伝えたかった」





「……ありがとう」





少し頬を染めて、でも一番自然な笑顔で八面六臂はそう言った。
瞬間に静雄の手を離すと、彼の体がブブ…とブレて、私が何か言う前に跡形もなく消えてしまった。


「え?え?」

「突然すぎんだろ…」

「最後、どういう意味?」

「俺に聞くな」


静雄も呆然と今まで八面六臂が立っていた場所を見つめている。ああもう!突然ワープしたりしてきたり、これってセルティよりもすごい都市伝説じゃないの?


「イザにゃん」

「なぁに?」

「今度八面六臂に会ったら、また聞きたいことが出来たからさっさと会いに来なさいって言っといて」

「わかった!」

「てことは俺また手繋いだままかよ……」

「いいじゃん。臨也じゃないんだから」


そうだけどよ…と溢す静雄の手を取る。ほんと、さっきまではこの手を握ってここに立ってたのに。


「ただいま」

「あ、津軽おかえり」

「つがるきいて!さっきね、ろっぴがきたんだよ!」

「八面六臂が?」


津軽は深く追及せず「そうか」と嬉しそうに言っただけだった。
そしてイザにゃんを抱き上げながら苦笑する。


「奏、飯食いたいんだが…」

「え?あ、ごめん!まだ料理途中だった!」

「いい、俺も手伝う」


八面六臂が来たからすっかり朝ごはんの支度を中断していた。慌ててキッチンに戻ると、後ろから津軽も付いてくる。津軽はイザにゃんを下ろすと、臨也とサイケ、それからデリックを呼んでくるよう伝えて私の隣に立った。
うう…すみません…。


「静雄、お皿とお箸出してくれる?」

「おう」


休みの日なのに少し慌ただしい朝になってしまった。
ただ、突然の訪問客に握られた手の温もりはまだ少し残っていて、ちょっと愛しいとか、そんなことを思った。






(ありがとう、愛してる)


後半は、さすがに言えなかったな。





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