子猫との日常 | ナノ


「うそだ…信じられない、あり得ない……」


隣でぶつぶつ呟いている八面六臂に若干イライラし始めた頃、俺はまだ奴の手首を掴んだままということに気が付いた。このまま掴んでいる必要もないので、俺は何気なく手を離した。

瞬間、


「?…わ、シズちゃん…っ」

「あ?」


手を離した途端に、八面六臂の体はまるで擦り切れたビデオテープのようにブレ始めた。八面六臂が慌てて俺の手を掴む。するとそのブレはすぐに無くなった。
んだよコレ…。さっきから訳わかんねぇことばっかりだ。


「もしかして、シズちゃんに引っ張られてるからこっち来れるのか…?」

「どういうことだよ」

「非常に言いにくいことなんだけど…たぶん、俺がこっちに居るためにはシズちゃんに触れていなければならない、んだと思う」

「はぁ!?」

「うぅ…ん」


俺が大きい声を出したからか、ベッドの中のデリックが小さく呻いた。それから寝呆け眼のままのそりと起き上がったデリックは、ぐっと伸びをして首を傾げる。


「はれ…?なんれ八面六臂がここにいんの…?あ、れ、ヘッドホン無い……」


自分の耳に手を当てて、デリックはそこでようやく俺の存在に気付いたようだった。覚醒してきた意識で改めて状況を確認すると、「へ?」と情けない声を上げる。


「あれ、シズ…俺のヘッドホンで何して……」

「興味本位で付けてみた」

「そしたらシズちゃんが俺たちの世界に来て…成り行きで連れ出された」

「…あ、試しにデリックと手繋いでみたらどうだよ」

「うーん、ダメだと思うけどなぁ」


そう言いながら、八面六臂は俺から手を離しデリックの手に触れた。途端に体がブレる。しかも触れたデリックの体もブレ始めたのだからびっくりだ。


「あ、ダメだ、デリックまで連れてっちゃう」


すぐさま俺の手を掴んで、八面六臂は息をついた。ため息つきたいのはこっちの方だ。何が悲しくて男と手を繋いでなきゃなんねぇ。


「とりあえず、シズ、ヘッドホン返して」

「シズ?」

「そ。俺がシズちゃんっつったらキモイでしょ?」

「キモイな」

「だからって静雄は嫌なんだ。自分の名前だし。だから、シズ」

「……別にいいけどよ」


返してもらったヘッドホンを装着して、デリックはもう一度伸びをした。と、今更ながら八面六臂の手を掴んだ理由を思い出して、ぐいっとその手を引っ張っる。


「わっ…何、いきなり」

「何って…お前、会いに来たんだろう」

「え」

「せっかく俺が連れてきてやったんだ。会えばいいだろ」


手を繋いでる姿を見られるのは恥ずかしいけどな。そう付け足して俺は部屋を出た。
こいつの会いたい人はなんとなく分かる。それに、こいつなら別に会わせてもいいんじゃないかと、何故かそんな気持ちが沸いていた。


「ま、待って!いきなり会うとか、心の準備が……っ」

「んなもん、しなくたって大丈夫だろ……奏、」

「ッ!!」


小声でひそひそ話す八面六臂を横目に、俺はリビングのドアから奏を呼んだ。今見えてるのは俺の体だけ。なんだか手を引かれている気がするが、気にしない。


「あれ、起きたんだ。おはよう」

「……しずお、ひとり?」


キッチンで朝食を作っていた奏の声に、八面六臂がびくりと跳ねたのが分かった。続いて発せられたチビの言葉にもまたびくりと反応する。
チビはぴくぴく耳を揺らしてこちらを見ている。もしかしたら、気付いているのかもしれない。


「ぼーっとつっ立っちゃって、どうしたの?」

「いや、実は…」


隣で「無理、無理!」と首を横に振る八面六臂を無理矢理引っ張りだす。前によろけるようにしてリビングに姿を現した八面六臂に、奏は目をぱちくりさせた。


「ろっぴ!!」


チビがソファから飛び降りて、八面六臂に抱きついた。随分な懐きようだ。
汗をだらだら流しながら、八面六臂はぎこちない手つきでチビの頭を撫でた。


「や、やぁ、イザにゃん…」

「静雄、どういうこと?」

「こいつ、あの八面六臂なんだと」


状況を飲み込めていない奏にそう言うと、奏は驚きながら納得した。さすがに臨也と別人だということは分かるらしい。だよな、臨也だったら手繋ぐとかありえねぇ。

奏は八面六臂の顔をじっと覗き込んで、にこりと笑った。


「えと…はじめまして。サイケたちから話は聞いてたけど、あなたが八面六臂だったんだね」

「ぅ…あ、うん……」


問題はこいつの方だ。

余程緊張してるのか何なのか知らないが、八面六臂は顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。
こんなんで大丈夫かよ?
目の前でうろたえる八面六臂に、俺は小さくため息を漏らした。





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