子猫との日常 | ナノ


朝目が覚めたら人数が増えていた。
という経験は二度目だからか、それとも前に一度会ったことがあるからか、イザにゃんの反応は比較的冷静なものだった。
それでも私の足にひっしりしがみついているのだけれど、少なくとも、サイケたちとの初対面に比べれば全然だ。


「……かなで、このひと、あたらしいかぞく?」

「そうだよ。イザにゃんは会ったことあるんだっけ」


ベッドで寝ているデリックを見つめながら、イザにゃんはこくんと頷いた。ちなみに静雄はまだ爆睡中である。まったく、ベッドから抜け出すのにどれだけ時間と体力使ったことか…!
たぶん今は私の代わりにサイケを抱きしめて寝ているに違いない。…起きたらびっくりするだろうな。

そして臨也と一緒に寝ていたイザにゃんも、私と同じ経緯を経て起きてきたらしい。ああ、臨也から抜け出すのも大変そう。

デリックの様子を見ようと入った部屋の中で、イザにゃんは静かにベッドに近づくと、まるで起きるのを待っているかのようにデリックを見つめた。
なんだろ、何か気になることでもあるのかな。


「おこしていい?」

「んー…いいんじゃない?」


そんなに早い時間でもない。
イザにゃんはその小さな手をデリックの胸に乗せて、ゆさゆさ揺らした。


「おきて」

「んむ……ぅ?」


うっすら開かれたピンク色の瞳と、大きくて真っ黒な瞳がばっちり合う。しばらくの沈黙のあと、デリックは勢い良くベッドから飛び起きてイザにゃんを抱きしめた。


「うわーイザにゃんだ!にゃんにゃんだ!俺のこと覚えてる?」

「う、うん」

「あん時は話できなかったけど、やっぱ可愛いなー!あ、俺のことはデリックって呼んで」

「で、りっく」

「そうそう!」


……朝から元気だなぁ。
ドアの前でぼんやりとその様子を見ていると、デリックは今気付いたかのように私に視線を向けた。


「おはようございまっす」

「おはよう。よく眠れた?」

「ああ。でもまだちょっと寝てたい、かも」

「そう。ならもう少し寝てていいよ。あとで起こすから」

「っす!」


朝からパタパタと尻尾を振っているデリックに笑っていると、イザにゃんがデリックのヘッドホンに触れながら言った。


「ろっぴは?」

「ん?」

「でりっくはこれるのに、どうしてろっぴは、こっちのせかいにこれないの?」


デリックはきょとんとして、そして少し困ったように笑った。


「……俺にもよくわからない。でも、あっちから俺たちのことは見えてるし、それにあっちの世界に自由に行き来できるようになったんだ。だからいつでも会える」

「ほんとう!?」

「ほんとほんと。にゃんにゃんは一人であっちに行けないから、行きたいときは俺か津軽かサイケに言えよ」

「うん!」


ぱあっと顔を輝かせたイザにゃんの頭を撫でて、デリックはもそもそとベッドに入り直した。うわ、本当に静雄そっくり。ヘッドホン付けてなかったら区別つかないかも。


「じゃあ、私たちは朝ごはんの準備でもしよっか」

「うん!」


ご機嫌なイザにゃんを連れて、私は階段を降りた。


















朝目が覚めたら目の前にサイケの顔があって、思わずベッドを壊すところだった。ヘッドホンが目に入らなかったら投げ飛ばしてたな、確実に。


「サイケ、起きろ」

「うぅ、ん…」

「……はぁ」


半ば強制的にサイケを引き剥がしベッドから出る。夜中に一度起きたからか、今日は寝起きが悪いな…。

下に行こうと廊下を歩いていると、ふと自分の部屋が気になった。あいつ、俺の部屋で変なことしてないだろうな。


「(…俺の服着ても良かったのに)」


部屋に入ると、ジャケットとネクタイ、ベルトがあまり使わないキャスター付きのイスの背もたれに掛けられていて、ワイシャツのままデリックが寝ていた。無造作に投げ出していないあたり、俺よりは几帳面、かもしれない。


「んん……」


もぞり、と寝返りをうつデリックに、ふとあることを考える。

サイケもだが、こいつらがいつもしてるヘッドホン。流石に風呂の時は外しているけれど、それ以外は常に身につけている。

何を聞いているのか、それとも何も聞いていないのか。

単純な好奇心から、俺はデリックのヘッドホンをこっそり取って、自分の耳に当ててみた。


「(…マジでこれヘッドホンなのか?信じらんねぇ…)」


そう思えるほど、そのヘッドホンには違和感がなかった。というのは、ヘッドホンがまるで自分の耳であるかのようにしっくり馴染んだからだ。
見かけは結構ゴツイのに重さを感じない。試しに小さく手を叩くと、ヘッドホン越しとは思えないようなクリアな音が聞こえた。


「すげー…、?」


ヴヴ…とまるで機械を起動させるような音が突然耳に入り、辺りを見回した。なんだ、この音…?

そして次の瞬間、俺の視界は白に塗り潰された。


「……あ?」


上も下もよくわからない。真っ白な空間にただ俺だけがぽつんと存在しているようだった。…なんだこれ。何がどうなってる。

ぐるぐると思考を巡らせる俺の目の前に、じわり、と黒と赤が滲み出た。


「…デリック?」

「は?」

「え…もしかしてシズちゃんなの?」

「んだ手前」


それはノミ蟲と瓜二つの顔をした男だった。けど俺にはわかる。こいつはノミ蟲とは全然別の人間だ。そう俺の直感が告げていた。


「なんでシズちゃんが…」

「んなの俺が聞きてぇよ。それより、誰だ手前」

「……八面六臂」


出てきた名前に、俺はああと頷いた。津軽たちが口にしていたあいつか。まさかノミ蟲と同じ顔がサイケ以外にもいたとは。…いや、津軽とデリックがいる時点で一人とは限らない、か。


「てことは、ここは津軽たちの世界か?」

「そうだよ」

「お前は俺たちの世界に来れないって聞いた」

「…そうだよ」


八面六臂は視線を逸らして呟いた。なんだかそれが気に入らなくて、俺は一歩そいつに近づいた。


「俺は帰れんのか?」

「帰してあげる」

「お前はなんでこっちに来れないんだ」

「決まりだから」


俺にというよりは、自分自身に言い聞かせるように言葉を吐き出す。ああ、気に入らねぇ。まるで我慢してるようなその顔が、声が。


「行きたいと思ったことはねぇのか?」

「……ない」

「本当に?」

「ないよ。ここからいくらでも見れるし」

「じゃあ質問変える。会いたいと思ったことは?」

「……」

「どうなんだよ」

「…………あ、る」


着くずしたコートの袖で顔を隠すようにしながら、八面六臂は小さく呟いた。なんだこいつ、やっぱりノミ蟲とは全然違うな。素直だ。


「じゃあ来いよ」

「聞いてなかったの?決まりなんだよ、ここの。俺はこの世界から出られない」

「んなの関係ねぇ。お前が会いたいと思うなら会いに来ればいいじゃねぇか」

「だからそれは無理──」

「あーもう、ぐだぐだうっせぇな!」


俺は大声で叫ぶと、がしりとその手首を掴んだ。驚いたように紅い瞳が揺れる。

そしてまた視界が白に塗り潰された。


「……っ、」


ハッと我に帰るように目を開く。今のなんだったんだ?夢か?あ、でも何か掴んでる感触は確かに……。


「マジかよ…」

「それ、俺が言いたいよ」


何かを掴んでいる自分の手の先には、八面六臂がたぶん俺よりも驚いた顔で、俺に手首を掴まれたまま立っていた。





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