子猫との日常 | ナノ


夕飯の片付けをしていると、インターホンが鳴った。
モニターを見ると別れた時のままの格好で静雄が立っている。


「……来たか」


正直言うと、今の私の最大の敵は静雄だ。
イザにゃんの面倒を見るか否か、全ては静雄に掛かっている。と言っても過言じゃないと思う。

私だってあれからもう一度冷静に考えた。
でもイザにゃんの悲しそうな表情を思い出すと、やっぱり放ってはおけない。
私が家族になってあげたい。

……独りが寂しいのは、痛いほどわかるから。


「ご飯あるよ。食べる?」

「いや、いい」


食ってきた、と静雄は私と向かい合うように座る。
なんだか妙に緊張する。なんだこの感じは!

心拍数を上げた自分を必死に落ち着かせて、イザにゃんを見た。
一日中どこか不安げだった表情は、静雄を前にしてもう泣きそうだ。
イザにゃんの為にも、私が頑張らないと!


「あの、さ」


思ったよりも弱々しい声だった。でも声を発したからには言わなければ。ええい、言ってしまえ自分!


「私もよく考えた。けど、やっぱり放っておけないよ。覚悟だってしてる」

「…………」


静雄は何も言わずにただ真っ直ぐと私の目を見た。
サングラスを外した鋭い視線は容赦なく私を刺すけれど、私は目を逸らすことだけは絶対にしなかった。

その状態でどれくらい経ったんだろう。たぶんそれ程時間は経ってないだろうけど。時計の刻む音が異様に遅く聞こえる。

やがて、静雄が溜め息をついた。


「お前なら、そう言うと思ってたよ」

「え?」

「お前は一度決めたら曲げねぇし、第一こいつを安全に預けられる所なんて無いしな」

「って、ことは」

「俺はもうこいつのことで口出しはしねぇ」


本当に?と聞き返せば、静雄はこっくりと頷いた。
思わずイザにゃんに抱きつく。イザにゃんは何があったのか理解できなかったらしく、されるがままに抱き締められたり頬擦りされたり。

喜びに浸っていた私に、静雄は少し声を大きくして一言付け足した。


「ただし、だ」



「俺も一緒に住む」





…………………はい?

私はイザにゃんを抱いたまましばらく動けなかった。きっと物凄く間抜けな顔をしていたに違いない。

え、だってこんな小さい子を引き取ったらこんなでかい男が付いてくるとは夢にも思わないわけで。

我に帰った私は慌てて口を開いた。


「ちょっとそれ本気?」

「ああ」

「今住んでるアパートどうすんの」

「トムさんの知り合いに貸すことにした」


え、ちょ、私の知らないところで話がまとまりつつあるのは何で?

また呆けた私を見て、静雄はいきなりぶんぶんと手を振った。


「あ、悪い!いきなり一緒に住むって言われても迷惑だよな!無理なら無理でいい……いやでもこのネコ野郎と2人きりで暮らすっつーのも……」


少し顔を赤くしてブツブツと何かを言っている静雄がなんか可笑しくて。

──…そっか。静雄、心配してくれてるんだ。

さっきの衝撃はもう引いていて、代わりに一つの決断が浮かんできた。


「いいよ」

「だから俺としては一緒に暮らしたいけど、奏がどうしてもダメなら…………って、いいのか!?」

「うん」


ずいっと身を乗り出してきた静雄ににっこりと笑うと、静雄は安心したように長く息を吐き出した。

それを見て何故だか私も安心する。さっきよりも落ち着いた気持ちで、イザにゃんを抱き締めた。


「良かったねぇイザにゃん。一緒に暮らせるよ」

「いっしょ?」

「そう。静雄も一緒、イザにゃんも一緒。もちろん、私も一緒」

「ぼく、いっしょにいて、いいの?」

「うん!ね、静雄」

「ああ」


静雄の返事を聞くと、イザにゃんはぱあっと表情を明るくした。
やったぁと今度はイザにゃんから抱きついてくる。
耳をピコピコと動かしてぎゅうっと抱きついてくるイザにゃん。あ、駄目だ鼻血出そう。

イザにゃんは私から離れると、静雄の方を向いた。


「あのね、」

「あ?」

「ありがとう、おにいちゃん!」


そう言ってイザにゃんが満面の笑みを静雄に向けると、静雄は目を逸らして、おう、と短く返事をした。こいつ照れてるな。


「今日泊まってく?」

「ああ。いいか?」

「これから一緒に暮らす人が何言ってんの」


軽く笑えば、少し顔を赤くしてそれもそうだな…と返された。
そんな静雄を私の隣に座らせて、イザにゃんと向かい合う。


「じゃあ、イザにゃん。改めて宜しくね」

「もし奏に何かしたら、容赦はしねぇ」

「なんでそんな恐いこと言うの。……イザにゃん、今から私たち家族だからね」

「かぞく?」


そう、とイザにゃんの手を握る。


「大切な人のこと」

「ぼくは、かなでのたいせつなひと?おにいちゃんも?」

「うん。イザにゃんは、私のこと大切?」

「たいせつ!」

「じゃあ家族だ」

「奏、俺は?」

「……大切に決まってる。言わせないでよ恥ずかしい」

「ぼくも、おにいちゃんたいせつ!」


ビシッと手を上げて一生懸命言うイザにゃんを静雄は黙って撫でた。いや、撫でたというより頭を掴んで左右に揺らした。結構キツいと思うんだけど、イザにゃんはえへへーと笑っている。


「あ、そういえばイザにゃん、静雄のことは静雄でいいよ」

「いいの?」

「いいよね?」

「いやだ」

「いいって」

「おい!」

「しずお、たいせつ!」

「もう好きにしろ……」


その夜私たちは家族になって、すごく温かい時間を過ごした。











(こんにちは、子猫さん)





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