いない、いない、いない。
どこをどう探しても見つからない。
「奏、そろそろ…」
引き上げ時だ、とでも言いたげに静雄が眉を下げた。
そりゃそうか。辺りはもう真っ暗。ビルの光もまばらになって、街は眠りにつこうとしている。
ずっと歩き続けていたせいで、そんなにヒールが高くないパンプスでも靴擦れを起こしていた。うわ、今まで気付かなかった…。
……痛い、なぁ。
「奏」
「うん、わかってるよ。……帰ろう」
「…ん」
静雄はぐしゃりと私の頭を撫でた。私は俯いたまま家に向けて足を進める。踏み出すたびに靴擦れが痛い。
痛くて痛くて、目に涙が浮かんだ。
「奏?」
「ちが…これ、は、くつずれがいたく、って…」
「……、」
ひょいっと静雄が私を抱き上げた。ジンジンと痛む足首。新しい痛みは生まれることはないけれど、私の胸の中にはずっとチクチクとなにかが刺し続けていて。
私は静雄の袖をくいっと軽く引っ張った。
「どした」
「…おんぶ、がいい」
「わかった」
静雄は私を一回下ろすと、目の前で背中を向けてしゃがんだ。私はパンプスを脱いで片手に掴むと、そっと後ろから腕を回した。
静雄が立ち上がる。ぷらぷらと足とパンプスが揺れる。ジクジクする足は、冷たい風が少し染みた。
「……っふ、」
「……」
「ふぅ…っ、ひっく…」
嗚咽が押さえられない。声を出さないようにぎゅうっと静雄にしがみつく。
「足が、痛いの……っ」
「ああ」
静雄は一言だけ呟いて、私を背負い直した。
家に帰ると、当たり前だけどまだ電気はついていて、でも中にいるのは臨也だけで、きっとただいまと言ってもイザにゃんとサイケが突進してくることもなくて、その後ろで津軽が淡々と二人を引き離すこともなくて。
またじわりと視界が歪む。私は少しの間にだいぶ涙腺が緩くなったらしい。
──ドスン、がさっ
静雄がドアに手をかけたときだった。
庭の方から何かが落ちてきたような音。
静雄は私を下ろして、待ってろと言った。警戒してるんだろう。
だけどその警戒心は、早くも捨て去られることになる。
「っもー、おしり痛いよ!」
「つがる、だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だ」
聞き慣れた声。聞き慣れた口調。
気付くと私はパンプスを投げて走りだしていた。草が靴擦れに突き刺さって痛い。けれど、そんなのどうでもいいくらいに、
早く、会いたくて。
「────っ!」
目に飛び込んできたのは、白いコートにショッキングピンク、落ち着いた青い羽織、そして少し垂れた猫耳と揺れる尻尾。
「…かなで!」
「イ、ザにゃん…サイケ、津軽……」
「えへへ、ただいま!」
津軽も何か言おうと口を開きかけたけど、それよりも先に私は駆け寄った。
三人を腕のなかに入れて、ぎゅう、と力を込める。
「……っバカ!心配したんだからね!勝手にいなくなって……心配、したんだよ……」
「ごめんな」
「ごめんね」
「ごめんなさい」
腕の中から聞こえるそれぞれの言葉に、さっきまでチクチクしていた胸がすっと楽になった。ああ、この子たちが帰ってきた。帰ってきてくれたんだ。
三人を抱きしめたまま少し泣いた。零れる涙を津軽が袖で拭ってくれていると、サイケがあっと声を上げた。
「奏、足ケガしてる」
「…いたい?」
「ううん。痛くないよ。平気、平気だから」
私のことを心配してくれるこの子たちがたまらなく愛しいと思った。抱きしめる力を強めたところで、突然体が浮き上がった。
「ひゃ、」
「ったく。いつまで外にいんだよ」
「全くだね。不審な物音に来てみれば感動の再会中。おかげで俺の沸き上がった気持ちは吐き出されることのないまま萎んでいったよ」
「ご…ごめん」
いつの間に外に出たのか臨也も静雄の隣に立っていた。私は宙ぶらりんのまま謝る。あれ、これ結構恥ずかしいぞ?
臨也はため息を一つついて津軽とサイケの手を取って立たせると、イザにゃんを抱き上げた。
「事情はゆっくり聞かせてもらうよ?」
「あとお前ら拳骨一発ずつな」
「ちょっと待ってくれ、今回の事件には訳が…」
「うん。だから話聞いてから。ね?」
にっこりと笑う臨也が怖い。てかなに、なんで戻ってきたのにそんな怖いの。静雄も静雄だよ、静雄が拳骨なんかしたらサイケとイザにゃん死んじゃう。
さっきまでの感動はどこへやら、静雄に抱かれるままに家の中に入った。
あ、とふと気付く。
「三人とも、おかえり」
「「「…ただいま!」」」
不機嫌そうに笑う静雄と臨也を尻目に、私はにっこり微笑んだ。
(心配かけた罰)
(あと奏を泣かせたことと、)
(奏に長時間抱きつかれてたことな)