子猫との日常 | ナノ


翌日。午前10時。

私と静雄はイザにゃんを連れて臨也のマンションの前に居た。


「静雄さぁ……」

「何だ?」

「いくら臨也んちだからって、マンションの入り口のドア壊すの止めなよ。他の人も住んでるんだよ?」


まだ修理し終えてない、ドアであったものをどかしている静雄に溜め息をつく。
管理人さんは臨也を入居させたことを後悔してるんだろうなぁ。まさかこんな被害に合うとは想像できないもんね。


「あいつが面倒くせぇ家に住んでるのが悪ぃんだよ」

「うわ、暴論だ。怖いねぇイザにゃん」

「?」

「るせぇ。さっさと行くぞ」


私は頭にはてなマークを浮かべているイザにゃんの手を引いて、ずんずんと中へ入っていく静雄の背中を追い掛けた。

ちなみに今のイザにゃんは子供服に帽子という、一見普通の男の子のような格好をしている。尻尾は背中にしまってある状態だ。
これなら表を堂々と歩いても目立たない。むしろ、バーテン服を着ている静雄の方が目立っている。

今日は日曜日。私は仕事が休みだけど、静雄は午後から仕事がある。
臨也のマンションに行った後まっすぐ仕事に向かうからとバーテン服を着たのはいいけど、私は視線が痛くてしょうがなかった。


「とりあえず、昨日のままだな」


静雄がマンションのある一室の前で立ち止まった。と言っても、最上階には臨也しか住んでないから部屋はここだけなんだけど。
そこにはまたも破壊されたドアが無理矢理はめられていた。


「こういう時ばっかりは臨也に同情するよ」

「つべこべ言ってねぇで、さっさと入るぞ」


静雄は躊躇いもなく部屋に上がっていった。

うわわ違うんですこれはあくまで確認の為であって空き巣とかの不法侵入ではなく……いや部屋に入る時点で不法侵入なんだけど、でも何も盗むつもりはなくて…………とりあえずまぁ、うん。お邪魔します。


「誰もいないね」

「部屋も昨日のままだ」

「イザにゃんは、どうしてここにいたの?」

「わかんない」


私を見上げてふるふると首を振る。ああ止めてくれもう可愛すぎてどうにかなりそう。

私が一人で色々なものを自制していると、静雄はイザにゃんを見下ろして言った。


「おい、ネコ野郎。わかんねぇってことはないんじゃねぇのか?」

「わっ、わかんない…!おきたらここにいたんだもん!」

「ちょっと静雄、恐がってるじゃない」


イザにゃんは私のスカートの裾をぎゅっと掴んで、静雄から隠れるように私に擦り寄った。
そんなイザにゃんの頭を撫でながら、非難の意をこめた視線を送る。静雄の睨みなんて慣れちゃって全然怖くないもーんだ。


「だってよ……じゃあこいつ、どっから来たんだ?」

「イザにゃん、ここに来る前はどこにいたの?」

「……わかんない」

「あ"ぁ?」


静雄の声にひゃっと声を上げて今度は完全に私の後ろに隠れる。
対する静雄は既にキレる寸前だ。きっと今に『臨也のモノだからいいんだよ』とか言ってテーブルに穴を開けるんじゃなかろうか。


「思い出せないの?」

「わかんない。きづいたら、ここにいたの」


うーん……。
猫耳と尻尾生えてる時点で特殊な存在だとは思ってたけど、記憶が無いとはなぁ。
まさかいきなり臨也のベッドの上にワープしてきたとか?それとも何かの突然変異で生まれた生命体?え、じゃあ臨也のベッドって一体どんななのよ。

そんな考えを静雄に話したら、あり得ねぇと一蹴された。酷いな。

それでも突飛過ぎずあり得そうな仮想を2人でした結果、このように落ち着いた。


@臨也が何らかの仕事で危ない物質を手に入れる。

A誤って又は興味本位でその物質を口にする。

B体がイザにゃんへと変化。共に脳、精神も退化。


臨也がただの興味本位で怪しい物を口に含むかどうかは別にして、たぶんこんなとこだろう。
つまりイザにゃんは臨也自身だということだ。


「そういえば臨也にもこんな純粋な時期があったよ」

「信じらんねぇ」

「静雄は臨也を何だと思ってるのさ。あいつだって最初からあんな性格じゃなかったんだよ?」


勝手にソファに腰掛けて割とくつろいでいる私たちってどうなんだろう……。まあいいよね、臨也んちだし。あれ、何か思考回路が誰かさんに似てきたような。

そんな考えを一回捨てて、私は自分の中での決定事項を静雄に言った。


「じゃあ、イザにゃんはしばらく私の家で面倒見るということで」

「……は?」

「私が預かるって言ってんの。聞こえなかった?」

「いや、訳がわからねぇ」


本当に訳が分からないような真顔で静雄が言う。
イザにゃんはどういう話をしているのかが分からないのか、子首を傾げていた。


「だって他に誰がお世話するの?」

「あの秘書とやらに頼めばいい」

「波江さんは絶対面倒見ないよ。自信ある。……そういえば波江さん、今日は仕事休みなのかな?」


いつも臨也に多量の仕事を任されている秘書が居ないことにはたと気付いた。
今の時間なら、とっくに出勤してると思うんだけど。


「いいじゃない!例え元が臨也だとしても、この子はあくまで純粋な臨也だよ?」

「まだそうと決まった訳じゃねぇだろ!それに、子供ったって人ひとり育てるのがどんだけ大変か……!」

「家賃はタダだもん!それに、こう見えて私貯金あるんだから!」


だからってなぁ……と静雄は額に手を当てて溜め息をついた。
いつもと立場が逆転している。……ちょっと悔しい。

私はムスッとして静雄から目線を外した。臨也の仕事のデスクへ目をやって、あ、と気付く。


「静雄、仕事の時間だよ」

「もうか?」


チッと軽く舌打ちをして静雄が立ち上がる。それと共に私とイザにゃんも立ち上がった。


「とりあえず、この子は家に連れて帰るから」

「……今日はな」


池袋に着くと静雄は上司のトムさんとの待ち合わせ場所にさっさと向かってしまった。今日の仕事は荒くなりそうだな……取り立ての相手に合掌。


「帰ろっか」


私も自分の家へと歩きだしたが、引いていたイザにゃんの手が小さく抵抗して私を引き戻した。


「どうしたの?」

「おねえちゃんとおにいちゃんは、ぼくがいるからけんかしたの?」


大きな瞳を不安げに揺らして、私を見上げる。
きっと帽子の下の耳は垂れ下がっているに違いない。そう思うと、不謹慎にもくすりと笑みが零れた。


「ごめんごめん。怖かった?」

「すこし……。でも、ぼくのせいでけんかしてるとおもったら、かなしかった……」


イザにゃんは見上げていた瞳を伏せて、ぎゅっとシャツの裾を握った。

なんて素直な子だろう。
そして、なんて純粋な子なの。
もしこの子が本当に臨也だったとしたら、元に戻った時に『どうしてこうなった』と一言言ってやる。

私はイザにゃんの頭に優しく手を乗せると、しゃがんで目線を合わせた。


「だーいじょーぶ!静雄はちょっとびっくりしただけだよ。きっと夜になったら頭冷えてるから」

「だから、静雄が帰ってくるまで、私と待ってよう?」


そう言って頭を撫でると、まだ瞳に少し不安を残したまま小さく頷いた。
それを見て再び手を取り歩きだす。今度はちゃんとついてきてくれた。


「あ」

「?」

「私のことは、奏って呼んでいいからね」

「……かなで」

「いい子。静雄も静雄でいいよ?」

「おにいちゃんが、いいってゆったら、そうする」

「……いい子」


本当にね。

その健気さに苦笑してから、私はイザにゃんの歩幅に合わせて、ゆっくりと家に向かった。





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