子猫との日常 | ナノ


日が傾き、空がだんだん赤くなり始めた頃。だいぶ回復した奏が楽しげに言った。


「最後はやっぱアレだよね」


夕日に光る大車輪。ジェットコースターやお化け屋敷に負けないくらい人気のある、観覧車を指差して奏は笑う。

俺がちらりと津軽を見れば、津軽は無言で頷いた。


「4人乗りかぁ。どうやって分かれる?」

「んなの適当でいいだろ。ほら、さっさと並べ」


奏を先頭に静雄、ちっこいのと臨也、俺、津軽、サイケの順に並ぶ。ゴウンゴウンと音を立てながら回る機体の扉が開いた。


「どうぞ」

「わ、これって動いたまま乗るんだっけ」

「早く乗ってよ奏。俺とにゃんこが乗り遅れちゃ、う?」


奏と乗る気満々だった臨也が後ろにバランスを崩す。静雄が乗ったのを確認して俺が臨也の帽子を引っ張ったからだ。


「津軽、」

「ああ」

「え、ちょドタチン!てか津軽も共犯!?」


俺が臨也の腕から落ちないようにちっこいのを取り上げて、津軽が臨也を後ろから羽交い締めにする。きょとんとしている静雄にニヤリと笑うと、静雄はサンキュ、と言って中に入った。


「あ、俺たちはいいんで」

「はぁ……」


係員は首を傾げながらも慌てて扉を閉めた。俺たちの後ろに誰も並んでなくて良かった。


「ちょっとドタチン、どういうこと」

「お前なあ…。子供じゃねぇんだから少しは気遣えよ」

「我慢、だ。臨也」

「どたち、のらないの?」

「そうだよー。おれたちはこれに乗らないの?」

「いや、普通に乗るけど」

「もーさいっあく……」


ちっこいのは人数に数えられないらしいので、俺たちは5人で観覧車に乗り込んだ。ちなみに奏たちが乗った機体とは2つ間が空いている。これなら、あいつらも心置きなく甘い時間を過ごせるだろ。

最後くらい、邪魔者は消えてやらなきゃな。
















「あれ、みんなは?」


まだ私と静雄しか乗っていないのに、係員が扉を閉めたことに驚いて静雄に尋ねる。静雄は少し笑って私の隣に座った。


「門田たちが気ぃ遣ってくれた」

「へ?」

「だから、その…ふ、二人きりになれるように」


ぽりぽりと頬をかきながら静雄が目を逸らす。「二人きり」という単語に少なからず頬を赤くした私も、なんだか中学生みたいだ。
最近こうした密室で二人きりということがなかったから、今更ながら気恥ずかしく思えた。ドタチン、お礼を言いたいのか言いたくないのか複雑な気分だよ。


「……奏、」

「はい?」

「手、繋いでいいか?」

「う、ん……」


静雄の手が私の手を優しく包む。跳ねるように動いていた心臓が、だんだん落ち着いてきた気がした。

……変なの。普通触れられたら一層ドキドキするものなのに。あ、そうか。


「私、静雄の手好きだな」

「あ?なんだよいきなり」


重ねていた静雄の手を取って、両手で包みながら手の甲を撫でる。


「大きくて、温かくて、優しい手。だから、安心するんだなぁ」


私よりずっと大きい手のひら。少し骨張った細長い指。いつも私を包んでくれる、優しい手だ。
両手で静雄の指を動かしたりして遊んでいると、静雄がもう片方の手で私の頭を撫でた。


「手、だけか?」

「……っばか。全部、だよ」


そう言うと静雄は私を抱きしめた。なんとなく顔が赤かったのは、夕日のせいだけじゃなかったと思う。そう言う私の顔も、きっと夕日に負けないくらい赤いんだろう。


「俺も、好きだ。奏のこと全部。声も、手も、髪も、お前の優しさも温もりも、全部、全部」


耳元でそんなこと言われたら、嫌でも更に顔に血が上っていくのがわかる。私はただ一言、蚊の鳴くような声で、うん、と呟いた。
静雄は体を離すと私の顔を見て小さく笑った。


「顔、真っ赤だな」

「……うるさい」


20歳過ぎの女が、こんなんでいいのだろうか。私は俯いて熱が冷めるのを待った。けれど静雄はそんなの待ってくれなくて。

頬に添えられた手が熱い。静雄だって照れてるじゃん。そう言う前に唇を塞がれた。


「ん…」


唇を離すと、静雄は私の首筋に顔を埋めた。額をすり付けてくる静雄の頭を撫でてあげる。


「奏に頭撫でられんの、気持ち良くて好きだ」

「そりゃどーも」

「なぁ奏」

「ん?」

「俺を好きになってくれて、ありがとうな」


腰に回された手に力が入る。私も頭を撫でていた手を静雄の背中に回して、ぎゅうっと抱きついた。心臓はドクドク脈打ってるのに、心は穏やかで、なんだか変な気分だ。けれど、心地よくもあった。


「私も…私を好きになってくれて、ありがとう」


観覧車の頂点は、とても高くて遠くまで見渡すことができた。それでも私のこの目に映る景色は世界のほんの一部でしかない。
とても広い、広い世界。その中で静雄に出会えた奇跡。この温もりに出会えた奇跡。あまり好きな言葉じゃないけど、これが運命というものなんだろう。


「静雄」

「ん」

「たくさんいる人の中で、私を見つけてくれてありがとう」

「……ん」


観覧車は15分で1周する。とても短かったような、長かったような、不思議な時間だった。
手を握って、一度だけキスをして、それからまた手を繋いで。
ドタチンが思ったほど、恋人らしい過ごし方はできなかったかもしれないけど、



とても、幸せな時間だった。












俺たちは観覧車から降りると、一足先に降りた奏と静雄の元へ向かった。臨也は奏たちを見つけると俺を睨み付けた。


「そう睨むな」

「別に、睨んでなんかいませんけどー?」

「臨也、ごめんな」

「……津軽は許す」

「なんでだよ!」


でも、ま、奏と静雄の顔を見れば結果オーライかなんて思ってしまう。それほど二人は幸せそうな顔をしていた。


「みんなおかえりー」

「「ただいま!」」


微笑む奏に、サイケとちっこいのが手を挙げて答える。そしてたたた、と奏に駆け寄ると観覧車の魅力を語りだし、奏は良かったね、と二人の頭を撫でた。


「そろそろ帰ろうか」

「えー、もっと遊びたい!」

「でももう暗くなってきたし、閉園時間近いし」


日の入りが早くなってきたこの時期、さっきまで浮かんでいた夕日はもう沈み切ろうとしていた。
駄々をこねるサイケの頭に、津軽がぽんと手を乗せる。


「我慢だ、サイケ。臨也だって我慢しただろう」

「うー…わかった」

「我慢してくれてありがとな、臨也くんよぉ」

「まじシズちゃん死ねば」

「臨也が我慢ってなに?」


たぶんただ一人意味をわかっていないであろう奏が、首を傾げる。何でもねぇよと軽く答えて、それより帰るんだろと催促すれば奏は頷いた。


「またみんなで来ようね」


そう言って笑う奏につられて、俺たちも笑って頷いた。






(遊んで笑って幸せに)


(みんな寝ちゃった。疲れたんだね)
(そうだな)
(私も眠くなってきちゃったな。ドタチン、駅に着いたら起こして)
(俺は寝かせてくれないのかよ……)
(……ごめん)
(いや、気にすんな(我ながら世話焼きだな俺…))





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