子猫との日常 | ナノ


「やぁっ!」

「だめだよにゃんこ。ちゃんと飲まなきゃ」


臨也がイザにゃんを抱きながら顔をしかめる。片手には小さなお椀を持っていた。


「飲まないと元気にならないんだよー?」

「やだっ、おいしくない!」

「あはは、苦戦してるね」


二人と対面するように座ると、臨也は疲れたように、イザにゃんは助けを求めるように私に視線を向けた。

なぜこのような状態なのかと言えば、イザにゃんが風邪をひいたからだ。
昨日発熱して新羅に診てもらったところ、症状は普通の風邪だし、体の構造は人間とほぼ同じだろうからと普通の薬を置いて帰った。

その薬がいま、臨也の持ってるお椀に入ってるわけで。


「こーら、にゃんこ」

「やっ」


粉薬をシロップで溶いたピンク色の液体。まあ、確かに薬をおいしいと言って飲む人はいないけどさ。
朝に飲ませたら本当に口に合わなかったらしく、以降こんな感じだ。


「俺だってにゃんこの辛そうな顔見たくないのにー…」

「治すのが最優先に決まってるでしょ」

「わかってるよ。にゃんこ、少しだけだから」

「いやっ!やだ、…いざやきらいっ!!」


あ……それ、は、禁句…。

そっと臨也に視線を向けると、目を見開いて固まっていた。これぞ正にブロークンハート。臨也のハートは見事粉々に砕けたみたいだ。


「も、もしもーし」

「きらいって、言った…」

「臨也くーん?」

「にゃんこが、俺を、きらいって……」


……予想以上に粉砕してる。

イザにゃんはそんな臨也の様子に気が付いているのかいないのか、ぷいっと顔を背けていた。


「何してんだ?」

「あ、静雄。おかえり。早かったね」

「今日は午前中で仕事終わったからな。……どうしたんだこいつ」


放心状態の臨也を指差して、静雄は首を傾げる。経緯を軽く説明すると、静雄はふぅんと適当に頷いて、臨也の腕の中からイザにゃんを抱き上げた。


「薬、飲まねぇのか」

「だって、おいしくない…」

「そうなのか?」


少し考えてから、静雄は何を思ったのか薬が入ったお椀を手に取った。


「……確かに不味いな」


そして飲んだ。
ごくりと喉を鳴らして一口で。これには私もイザにゃんもびっくりだ。


「何してんの」

「いや、こんだけ嫌がる味ってどんなだよと思ってな。でもほら、俺は飲んだぞ?」

「うー……」


んべ、と舌を出して飲み込んだことを証明しながらイザにゃんを見た静雄に、私はため息をつきながらもう一袋粉薬を開けて一回分のシロップで溶かした。


「だから、お前も飲めるな?」

「ぅー、うー……、うん」


小さく頷いたイザにゃんの口元に静雄がお椀を持っていく。イザにゃんはぎゅっと目を瞑ってこくりと薬を飲み干した。


「偉いねーイザにゃん」

「これからも飲めるな?」

「うん……」

「よし」


静雄は笑いながらイザにゃんの頭を少し乱暴に撫でた。イザにゃんは嬉しそうに耳をピコピコさせている。

うーん意外。まさか静雄がこんなにあっさり薬を飲ませられるとは。


「俺の時は、飲んでくれなかったのに……。シズちゃんだと飲むんだ…」


あ、忘れてた。
臨也はふらふらと立ち上がると、黙って部屋に戻ってしまった。


「なんだぁ?あいつ」

「素敵で無敵な情報屋さんも、イザにゃんには適わないみたいだね」


と言っても、さすがにこのままでは面倒なことこの上ないので、仲直りさせないと。


「イザにゃん、イザにゃんは臨也のこと、本当に嫌いになっちゃった?」

「ううん」


ふるふると首を横に振る。一時的に感情が高ぶって発してしまう言葉なんて本気なわけないのに。
臨也はそれをわかっててあんなにショックを受けてるんだから、本当にこの子の力は驚異的だ。


「でもイザにゃん、嫌いって言っちゃったよね?」

「うん……」

「もしイザにゃんが臨也に嫌いって言われたら、どうかな?」

「……かなしい」


イザにゃんはそう言うと、しゅんと耳をうなだれた。
風邪っぴきの子にあまり難しいことは考えさせたくないけど。熱は下がってるし、大丈夫だろう。静雄に抱かれたイザにゃんの頭を撫でる。


「じゃあ、きっと臨也も悲しいね」

「いざやも……」

「臨也に何してあげればいいと思う?」

「…ごめんなさい、する」


そうだね、と頷いてまた頭を撫でてあげる。イザにゃんは静雄の腕から抜け出すと、階段を上っていった。


「どっちが子供かわかんねぇな」

「どっちも子供だよ」


クスクスと笑っていると、不意に上からドタンバタンと物音がした。静雄と顔を見合わせて、首を傾げる。


「奏!奏聞いてよ!にゃんこが俺のこと大好きだって!」

「そ、そう…良かったね」

「やっぱりなぁ!にゃんこが俺のこと嫌いになるわけないもん。ね、にゃんこ」

「う、うん」


イザにゃんを抱いてくるくると回りながらリビングに入ってきた臨也に、私と静雄は揃ってため息をついた。






(ねぇにゃんこ、俺のこと好き?)
(好き)
(ただの好き?)
(んー…大好き!)
(俺も大好きだよー!)


(…どうしよう、ウザい)
(殴って黙らせるか…)





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