新羅のマンションから帰ってきた奏を見て、俺は心の中でにやりと笑った。
元々新羅に薬を作るよう頼んだのは俺だ。新羅も興味があるみたいだったし、正直俺も興味本位だったんだけど。
……新羅のやつ、案外いい仕事したよね。
時刻は午前5時。
俺はいま奏の部屋の前に居る。
何故こんな朝早くにこんな所に居るかって?……今に分かるよ。というわけで。
「お邪魔しまーす」
「おい」
「っ!なんだ、シズちゃん」
正に部屋に入ろうとドアノブに手を掛けた瞬間に声をかけられた。
振り向くと憎らしい金髪が眠そうにして立っている。眠いなら素直に寝てなよ。っていうか。
「なんでサイケが腰にくっついてんの」
そっとドアノブから手を離しながら、シズちゃんの腰にがっちり抱きついているサイケを見る。うとうとしているが、手に込められている力は相当強いみたいだ。
なんたってシズちゃんはサイケを引き摺るようにして立っているのだから。
「こいつ、津軽がバイトで居なくなると勝手に俺んとこ来んだよ」
「うえぇマジで?一人が寂しいなら俺のとこに来ればいいのに」
「シズちゃん…津軽とにてるから……」
サイケはそう言ってシズちゃんの背中に顔を埋めた。
「ああなるほど。外見はそっくりだもんね。…中身は全然違うけど」
「おい、なんか言ったか。つーかお前何しようとしてたんだよ」
だんだん目が覚めてきたのがキッと睨まれる。やだやだ、まるで野生動物だね。
「……でもこんな機会は滅多にないし」
「あ?」
「シズちゃん、絶対大声出さないでよ」
「だからなんで奏の部屋入ろうとするんだよ」
見れば分かるよ、と言ってドアノブに手を掛けた。静かに開ければ流石にシズちゃんも静かになる。
そろりと中に入って、ベッドを覗き込んだ。
「うわ……!」
「おい、どうし……、!」
俺もシズちゃんも思わず口元を押さえた。サイケが「なぁに?」と声を出したので、シズちゃんがもう片方の手でサイケの口を塞ぐ。
「……シズちゃん」
「な、んだよ」
「部屋に入って、良かったでしょ?」
「うるせ……」
目の前には、すやすやと眠る猫が2匹。いや人間なんだけどね。
これは……予想以上に、
「「(かわいい…!)」」
そう。いまベッドの中には奏とにゃんこが一緒に寝ているわけで。そんな2人の寝顔を俺は拝みにきたわけで。
俺たちの立てる微かな音に反応しているのか、時々耳がぴくりと動く。ああやばいなこれマジで破壊力抜群かも。
早速ポケットから携帯を出して写真を撮る。パシャリというシャッター音で起きるかと思ったけど、少し身じろぎをしたくらいだった。
「おい」
「なに?」
「それ、俺の携帯に送れ」
…何を言い出すかと思えば。俺が大嫌いな君に素直にはいどうぞってあげると思う?
「条件」
「は?」
「俺に奏を一日貸してくれたら、送ってあげる」
「んなことできるか」
「じゃああげない」
「じゃあ俺が携帯取ってくればいいってことだな」
「じゃあ取りに行ってる間に奏起こす」
「てめぇ……!」
そこでシズちゃんは何かに気付いたようにニヤリと笑った。あー単細胞のくせに変なところで頭回るんだから。
「……サイケ、部屋から俺の携帯取ってこい」
「サイケ言うこと聞かなくていッ──」
「いつも置いてるとこだ。分かるな?」
こくんと頷いてサイケは部屋を出て行った。俺はというと、片手で口を塞がれ片手で両手首をひとくくりにされている。くっそ、力じゃ勝てるわけない。
戻ってきたサイケから携帯を受け取って、なんの躊躇いもなく写真を撮るとシズちゃんはサイケの頭を優しく撫でた。うえ…気持ちわる。
「よし。あとは好きにしろ」
「あームカつくなぁ。でもやっぱ可愛いよね!起きるまでここに居ようかな」
「は?手前ふざけんなよ」
「シズちゃんだってずっとこの寝顔見てたいくせに」
そう言うと、シズちゃんはうるせぇと少し頬を染めた。……わかりやすい。
「ぅ…ん……」
だんだん遠慮が無くなっていた声の大きさに奏がもぞもぞと動く。やば、マジで起きたかも。でもいいや、実は寝起きも見たかったから。
やがて奏はうっすらと目を開けた。
「ふにゃ…いざゃ……?」
「(あ、やばい可愛すぎる)…おはよ」
「にゃんでここに……あれ、静雄も?」
「……はよ(うわ、そんな上目遣いでこっち見んな)」
まだ寝呆け眼で奏は体を起こすと、こしこしと目をこすった。それがまるで本当の猫みたいで、思わずもう一枚撮ってしまった。
「ぅわっ……消してよ…!」
「やだ」
「消してってば……!」
「うにゅ……?かなで?」
今度はにゃんこが起きた。知ってる?寝起きのにゃんこって、いつもより舌っ足らずでにゃんにゃん言うから可愛いんだよね。
「あ、いじゃやとしじゅおとさいけ…?おはよぉ……」
「「「(なにこの天使)」」」
「おはようイザにゃん、奏」
サイケがシズちゃんの後ろからとてとてと出てきて2人にぎゅうっと抱きついた。なんだろうこれ。やばい朝から興奮するんだけど。
「ねぇ、俺ってこんなに可愛い顔してたんだね」
「安心しろ手前は歪み切ってるから。だから何げに混じろうとすんな」
襟首をぐいっと引っ張られた。ほんっとこいつ何なの!邪魔!俺にとって邪魔以外の何物でもないよ本当に!
「てか休みにゃのににゃんでこんにゃ早く起きにゃきゃいけにゃいの…」
「(にゃのオンパレードだな)文句ならノミ蟲に言え」
「(にゃのオンパレードだ)いやいや、シズちゃんも結構ノリノリだったじゃん」
余程眠いのか、奏はどうでもいいやと言ってまたベッドに潜ってしまった。あ、と顔を半分だけ出す。
「静雄、今日仕事にゃんじからだっけ……」
「今日は朝から」
「そう……。じゃあ7時に起こして…」
「いや、朝は自分で食ってくから。眠いなら寝てろ」
わかった、と返事をして今度こそ奏は寝たようだった。なんかイライラするなあ。…あれ、てことは今日はシズちゃん朝から居ないのか。
「臨也」
「なに?」
「俺がいない間、奏に変なことすんなよ」
「するわけないじゃん」
「信用できねぇ……」
「いざや、だっこ」
「え?もう起きるの?」
すっかり目が覚めてしまったにゃんこがこくりと頷いたので、俺はその小さい体を抱き上げた。
「あー…俺も目冴えちまったし何かで暇潰すかな」
「おれまだ眠い」
「なら寝ればいいだろ」
「うー…じゃあ奏と寝る」
そう言ってサイケは奏のベッドに遠慮無くお邪魔した。羨ましい奴め。俺もサイケのフリして入ればいけるかな。
「今変なこと考えただろ」
「シズちゃんさぁ、ほんと野生本能働きすぎだよ。なに、もうエスパー?エスパーなのそれ」
あんまり騒ぐと奏とサイケに迷惑だから部屋を出ながら一瞥をくれてやると、ピキピキと青筋を立てる音が聞こえた。
もうめんどくさいや。さっさと仕事に行って欲しい。
「(シズちゃん居なくなったら、奏に何しよう)」
今日一日どう楽しもうかと考える。シズちゃんが居なくなるまでの辛抱だ。
後ろから絶えず放たれる殺気を流しながら、心なしか足取りを軽くして階段を降りた。
シズちゃんが居ないだけでいいんだよ。