足を一歩踏み出す度に、ゆらゆらと揺れる感触が伝わってくる。
「(さいっあく……)」
今日はセルティに料理の本を貸すために新羅のマンションまで行った。そしたらセルティが急に仕事が入ったって言うから、本だけ置いて帰ろうとしたら、
「せっかくだから上がって行きなよ。この前会った津軽くんやサイケくんのこと聞きたいし」
ああ自分でも上手く嵌められたな、と思う。あまりにも自然な流れだったから、言われるままにお邪魔して、言われるままに出されたコーヒーを飲んだ。
……今思えば、あのコーヒーに何か入れたんだろう。
しばらくして、体に違和感。頭がぼーっとして何故か腰の辺りがムズムズした。
「あ」
「え?」
「すごいすごい!大成功だよ奏!」
「どういう、…………っ!」
少し興奮気味に話す新羅の視線の先を追って、違和感の正体に気付く。頭を触ると何かが生えていて、それはまるでイザにゃんの耳のようにふさふさで。
恐る恐るそっと引っ張った。生えてるんだから取れるはずが無いのだけれど。そして同じ違和感を覚えた腰に手を伸ばすと、尾てい骨の辺りから尻尾が生えていた。
「…新羅。これ、」
「そう、猫耳と尻尾を生やす薬!この前奏の家に行ったときに、イザにゃんの髪の毛と尻尾の毛くすねてきてそれを基に作ってみたんだよ!」
あんたはもう父親の元で働けばいい。そう思った。
「作ってみたって!そんにゃ簡単に作れるものじゃにゃい…………ん?にゃ?」
「あれ、言葉にも影響が出てるね。どっかで調合間違えたかな……」
猫耳尻尾に加え、あろうことか私は「ナ」と言おうとすると「にゃ」と発音してしまうようだった。首を傾げた新羅をとりあえず一発殴ったところで、インターホンが鳴った。
そこで私は思い出す。今日は静雄が仕事帰りにここに迎えに来てくれるんだったということを。
「あ、やばい」
「はいはーいっと…あ、静雄じゃん」
「新羅だめ静雄部屋に入れにゃいで!!!!って、う、あ…」
「奏、お前……」
これは私が馬鹿だった。新羅を止めるためにわざわざ玄関に走っていった私が馬鹿だったんだ。静雄はもう家の中に入っていたのに!
「ひ、や…やあぁああぁ!」
「えっ奏!?なにどうしたのぶふぅッ」
「おい新、新羅。あああれはどういうことだお前ええ」
「静雄、手!とりあえず手、離して!」
リビングに戻って縮こまっていると、新羅を片手に静雄が入ってきた。あ、新羅死にそう。でも今はいいや。なんて思って。
なんだかものすごく動揺している静雄に、恥ずかしさで死にそうになりながら説明すると、静雄は変な笑顔で新羅を掴んだ手に力を込めた。
「ぐぇっ!いたた、静雄、痛いってかくるし…!」
「おま、お前なぁ!やってくれるじゃねぇか!」
…あれは怒りの目なんかじゃなかった。完全に「新羅よくやった!グッジョブ!」みたいな目だった。思わずそっちかよ!とツッコみたくなったんだけど、何というか…静雄がそれどころじゃなくて。
というか、猫耳は可愛いと思うけど、それはイザにゃんみたいな小さい子に生えてるから子猫みたいに可愛いのであって……私みたいないい大人が生えてても全然可愛くないと思うんだ。
「いや、よく似合ってる」
静雄はそんな考えを一言でばっさり切り捨てた。
それからさっきの流れで私と静雄は今帰路についている。
「(みんなびっくりするだろうなー。というかそれ以上に恥ずかしい…!)」
新羅から借りた麦わら帽子のつばをぎゅっと握り締めながらなるべく早足で歩くんだけど……。
スカートの中で揺れる尻尾が地味に気になる。ああもう早く家に入りたい!でもみんなに見られたくない!ううー……。
「奏?」
「へっ、にゃに!?」
「いや、なんか難しい顔してるからよ。まあ…その、か、可愛いんだし、あんま気にすんな」
「う…あ、ありがとう」
そんな照れ顔で言わないでよ静雄こそ可愛いっつーの。
でも、まあ、うじうじしてもしょうがない。3日で消えるんだし、腹を括らないと。
「よし」
「ん?」
「いや、にゃんでも」
「そうか(時々にゃんって言うの可愛いな…)」
もう自分の家は目の前。
意を決してドアを開けた。
「ただいまー」
「おかえり!……?」
「んー?どうしたの、イザにゃん」
「かなで、ぼうし?」
「ああこれ……えっと、」
「なになにどうしたのーっと」
「きゃ、ちょっと臨也…、」
「…………わお」
自分で取ろうと思ったのに、臨也がいち早く取ってしまった。…私の覚悟は一体……。
って、ちょっと!
「耳…触るのやめっ、」
「ホントに生えてる。あ、もしかして尻尾も?」
「おい、ノミ蟲手前!」
「あんま触らにゃ……!」
「……にゃ?」
早速ぐにぐにと私の耳やら尻尾やらを触っていた臨也が、ぴくりと反応してこちらを見た。…ああ、もうホントそんな面白そうな目で見ないで。
「え?もしかして言葉もネコっぽくなってんの?」
「う、うるさい!」
「へぇ……」
臨也の驚いたような、意外そうな、何より面白そうな目。
その時私は直感した。
こ い つ が 黒 幕 か 。
伊達に幼馴染やってません。あれかな、今のこいつの心境を説明すると「猫耳尻尾は当たり前だけど、言葉までにゃんにゃんさせちゃうなんて、新羅やるじゃん」ってところかな。
「臨也くん、たまには二人でおはにゃししようか」
「……全力で遠慮するよ(時々にゃんって言うの可愛い…)」
「かなで、ぼくとおそろいだね!」
最初はびっくりしていたイザにゃんも、私の耳を見ながらにっこりと笑った。か、可愛い……。これじゃ猫耳生えても良かったかな、なんて思ってしまう…!
「みんな玄関でなにしてるのー?……あれ?見てよ津軽、奏にイザにゃんと同じ耳があるよ!」
「……そうだな」
「ああもうお前ら取り敢えず家に上がらせろ!」
「シズちゃんてば、そんな緩んだ顔で言われても全然怖くなーい」
「うるっせぇな。手前も人のこと言えねぇじゃねぇか」
「けんか、めーっよ?」
「はいはい」
ぎゃーぎゃー騒ぎながらみんなでリビングへ向かう。
「(魔の3連休になりそうだわ……)」
周りの声に取り囲まれながら、私は小さくため息をついた。